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《総理官邸・大会議室(全閣僚・関係機関合同会議)》
長机がコの字に並べられ、
その外周に、各省庁と機関の責任者たちが
ぎっしりと座っていた。
防衛、外務、国交、警察庁、消防庁、
厚労、文科、総務――
そしてオンライン画面には、
JAXA/ISASの白鳥レイナたち技術陣と、
IAWN経由で共有された最新データのダッシュボード。
鷹岡サクラは、
机の上の紙を一度だけ見てから顔を上げた。
「では、始めましょう。」
「まず、いちばん大事なところから確認します。」
「“今、オメガの60メートルコアが
どこをどう進んでいて、
何が分かっていて、
何がまだ分からないのか。”」
「中学生でも分かるように、
かつ、大人が逃げたくならない程度には
正確に説明してください。」
白鳥レイナが、
スクリーンの共有をオンにする。
日本列島と東アジアをまたぐ
細い赤い帯――オメガコリドーが映し出された。
「現在、
美星スペースガードセンターを含む
IAWNの複数観測点からのデータで、」
「60メートルコアの“通り道”は
かなり絞れてきています。」
「ただし――」
レイナは、
帯の幅にポインタを走らせた。
「この赤い帯の中なら
“どこに落ちてもおかしくない”。」
「今日の時点で言えるのは、
東アジア一帯と日本列島の一部が
まだ“候補の中に残っている”というところまでです。」
「市や県の単位で
“ここに落ちます”と言えるようになるには、
あと9日前後の追観測が必要。」
「それまでは、
どうしても数百km単位の幅が残ります。」
サクラが頷く。
「つまり、
“日本以外かもしれないし、
日本のどこかかもしれない”段階は
まだ続く。」
「その前提で、
今日は“もし日本に落ちたら”の話を
徹底的にやりましょう。」
《同会議・スクリーン1:海上落下シナリオ》
藤原危機管理監が
資料をめくる。
「まず、“海に落ちた場合”です。」
スクリーンに、
日本列島と太平洋側の海域図が映し出される。
白鳥が補足する。
「60メートルと聞くと
小さく感じるかもしれませんが、」
「地球の速度と合わせた衝突エネルギーは、
広島型原爆の“数千発分”クラスと
見てください。」
ざわ、と空気が揺れる。
「仮に、
関東沖~日本沖の太平洋上に落ちた場合。」
藤原がページを押さえる。
「広範囲に“メガ津波”――
数十メートル級の津波が発生する可能性があります。」
「第一波だけでなく、
何度も押し寄せる波で、」
「太平洋側の港湾、
沿岸都市、
発電設備、
高速道路網のかなりの部分が
一度に機能を失う。」
国交省の担当者が続ける。
「東北から関東・四国・九州太平洋側まで、
“高さ10m以上の津波が到達しうる地域”は
現段階の粗い試算でも
数百km単位です。」
「もし太平洋落下が分かった場合は、」
「“揺れが来る前に逃げろ”ではなく
“波が来る前に高台へ”という、
通常の地震津波とは逆の意味での
周知が必要になります。」
佐伯防衛相が、
自衛隊の資料を指さす。
「沿岸の部隊と装備は
津波で壊滅する前提で、」
「内陸の基地を“第二の牙”として
どこまで残せるかが鍵になります。」
《同会議・スクリーン2:都市部落下シナリオ》
画面が切り替わる。
首都圏の地図の中央に、
赤い円が重ねられた。
白鳥が静かに口を開く。
「次に、都市部。
特に東京圏に落ちた場合です。」
「落下地点から半径数十kmの範囲で
直撃の衝撃波と熱線。」
「建物は広範囲で倒壊、
窓ガラスはさらに外側の
数十km圏まで飛散します。」
警視庁長官が、
前へ身を乗り出した。
「火災の同時多発も
確実でしょう。」
「震災とは違い、
事前に“時刻が分かっている災害”です。」
「しかし逆に言えば、
“その時刻にまだ都心に残っている人”が
大量にいる可能性がある。」
「避難が間に合わなかった通勤者、
病院、
高齢者施設、
地下の商業施設――」
厚労省の担当者が続ける。
「医療体制は、
“首都圏が焦土になった場合”を
前提に組み替える必要があります。」
「周辺県で受け入れる
広域医療ネットワークを
事前に構築しなければ、」
「最初の数日で
救える命も救えなくなります。」
文科省の担当者が、
震え気味の声で言った。
「学校は…?」
藤原が代わりに答える。
「“原則休校”を
どのタイミングで打ち出すか。」
「首都圏だけか、
コリドー上の全国か。」
「これも今日から
具体的にシミュレーションしてもらいます。」
《同会議・スクリーン3:山間部・内陸落下シナリオ》
三枚目の図には、
山岳地帯を含む内陸の地形図が
表示されていた。
国交省の防災担当が説明する。
「山間部や内陸に落ちた場合でも、
被害は局所とは限りません。」
「大規模な山体崩壊、
土石流、
ダムの破壊、
河川のせき止め。」
「それらが数日~数週間のタイムラグで
下流域の都市に
第二・第三波の被害をもたらす
可能性があります。」
白鳥が補足する。
「山間部落下は、
“直撃圏の人口”だけを見れば
他のシナリオより少ないこともあります。」
「ですが“その後の日本列島の地形変化”という意味では、
最悪レベルのケースでもある。」
「川が変われば、
農地も、
街も、
一度全部地図を書き換えなければならない
可能性があるからです。」
サクラは、
三つの図を順番にながめた。
「どれも、
“外れてくれればいい話”だけど。」
「外れる前提で、
何もしないわけにはいかない。」
《同会議・方針決定》
サクラは、
資料を閉じて顔を上げた。
「では、ここからは
“政治の仕事”に入ります。」
「今日聞いた三つの“もしも”――
海、都市、山。」
「この三つそれぞれについて、」
「“どのタイミングで
どこまでの範囲に
どんな避難指示を出すか。”」
「“その時、
どの交通機関を止めて、
どこをあえて動かし続けるか。”」
「“どの自治体に、
どれくらいの人を受け入れてもらうか。”」
「細かい数字まで含めて、
今から“避難シミュレーション”を
作ってください。」
藤原が引き取る。
「各省庁ごとにバラバラに作るのではなく、」
「内閣官房で“一本のストーリー”に
まとめます。」
「例えば、
“太平洋落下が判明した場合の
T-48時間からの行動計画”。」
「同じように、
“都市直撃・山間部直撃”の
時系列シナリオを
三本用意していただきます。」
佐伯が確認する。
「国民への説明は?」
サクラは、
少しだけ息を吸った。
「“具体的な地名”と“時間”がはっきりしない段階で、」
「“ここに落ちたらこうなります”と
地図付きで出すのは、」
「一歩間違えれば
“その地域だけが見捨てられた”という
メッセージにもなり得ます。」
「なので、」
「今すぐ全部は
国民に見せません。」
「ただし――」
「“政府として避難シミュレーションを
作り始めた”こと自体は、」
「今夜の会見で
はっきり言います。」
「『黙っているのではなく、
準備をしている』と。」
静かな頷きが
部屋のあちこちで連鎖した。
田島外務大臣が
付け加える。
「国際的にも、
“日本が逃げ出す国ではなく、
準備する国として動いている”ことを
示すことになります。」
「これは
他のコリドー上の国々への
圧力にもなり得る。」
「“あなた方も自国民を守る準備を
ちゃんとやっていますか?”という。」
サクラは、
最後に言った。
「宇宙の石の動きは、
科学にしか読めません。」
「でも“落ちた後のページ”は、
私たちの準備次第で
変えられるかもしれない。」
「そのページを、
まっ白のまま
迎える気はありません。」
「――以上です。」
「各省庁、
今日から“もしも日本に落ちた場合”の
本気の避難シミュレーションを
始めてください。」
《ニュース番組・スタジオ》
夜のニュース。
スタジオのテロップには
大きく一行が出ている。
〈政府、“オメガ日本落下”想定の避難シミュレーション着手〉
キャスターが説明する。
「政府は本日、
オメガコアが日本国内に落下するケースを前提に、」
「太平洋上、都市部、山間部という
三つのタイプ別シミュレーションを
作成する方針を明らかにしました。」
コメンテーターが眉をひそめる。
「“日本に落ちる可能性がある”ことを
あらためて認めた形にも見えますね。」
別の識者が首を振る。
「いえ、
“そうならないことを祈りつつ、
最悪を想定して動く”のが
本来の防災です。」
「むしろ今まで
このレベルの具体的な議論が
表に出てこなかった方が
異常だったのかもしれません。」
テレビの前で、
それぞれの家庭が
それぞれの顔で画面を見ている。
「ねえ、
“海に落ちるパターン”とか
“山に落ちるパターン”とか、」
「ゲームみたいに言わないでほしいよね。」
「でも、
考えないわけにもいかないんだろうな。」
Day21。
オメガ予測落下日まで、あと21日。
宇宙で進む石の軌道は
相変わらず一本の線のままだが、
地上の政府と役所の間では、
「海」「都市」「山」という
三本の“もしも”のストーリーが
静かに描かれ始めていた。
そのどれもが、
できれば二度と
開かずに済んでほしい
シナリオであることを
誰もが分かっていながら――。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.