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《アメリカ・ホワイトハウス/国家安全保障会議》
窓の外には、
相変わらず静かなワシントンの夜景が広がっていた。
だが会議室の中の空気は、
いつも以上に重かった。
大統領ジョナサン・ルースは、
机の上に並んだ資料から
一枚の紙を指先で押さえる。
「“核オプション”——」
その言葉だけで、
何人かの顎の筋肉がぴくりと動いた。
「本当に、
ここに来て
この単語が出てくるとはな。」
国家安全保障担当補佐官が
慎重な声で続ける。
「PDCOとSMPAGの一部メンバーから、
“検討だけはしておくべきだ”という
意見が上がっています。」
「“小型核弾頭による
近接爆発・スタンドオフ・デトネーション”。」
「直接ぶつけるのではなく、
オメガの近くで爆発させて
“押す”形です。」
軍制服組の一人が
補足する。
「通常弾頭のミサイルで
あの質量・あの速度の岩を砕くには、
“数十・数百発を完璧なタイミングで命中させる”
必要があります。」
「現代のミサイル防衛(MD)は
敵のミサイル一本を撃ち落とすことは想定していますが、」
「60メートルの“自然の岩”を
時速数万kmで正確に叩き壊す想定ではありません。」
PDCOの代表が、
データを映す。
「プラネタリーディフェンスの観点から言えば、
“核の近接爆発”は
“最後の最後のカード”として
昔から議論はされています。」
「ただし、
ASTEROID DEFLECTIONにおける
Nuclear option は
“条約上・政治上のハードル”が
極めて高い。」
「宇宙空間での核爆発は、
軍事利用との線引きが
非常に難しいからです。」
ルースは、
資料から視線を上げた。
「科学的には?」
「確実に救える見込みがあるなら、
政治的な火の粉は
私がかぶればいい。」
PDCO代表は、
慎重に言葉を選ぶ。
「“確実”はありません。」
「爆発の位置とタイミングが
少しでもずれれば、」
「偏向ではなく“細かく砕く”方向に働き、
“より多くの破片”が
広い範囲に降り注ぐリスクもあります。」
「つまり——
“人類を救う”と同じくらい、
“被害を世界中にばらまく”可能性もある。」
沈黙。
ルースは、
額に手を当てた。
「…分かった。」
「これは、
今すぐ“やる・やらない”の話ではない。」
「“このカードをテーブルに乗せるかどうか”を
まず同盟国と共有する。」
「特に——」
彼は、
ある国の名前を心の中で思い浮かべる。
「唯一の被爆国とはな。」
《総理官邸・執務室》
夜の官邸。
窓の向こうに
霞が関のビル群の光が滲んでいる。
鷹岡サクラは、
外務大臣・田島から渡された
一枚の電報要約に目を通していた。
「…“核による近接爆発案が
アメリカ内部でテクニカル・オプションとして
検討リストに載った可能性”?」
田島が頷く。
「はい。
あくまで“検討の検討”段階、
という但し書き付きですが。」
「正式な提案というより、
“いざという時に選択肢ゼロでは困る”という
官僚的な動きかと。」
佐伯防衛大臣が
腕を組む。
「技術的には
完全な“トンデモ”でもありません。」
「ただし、
失敗した場合に
どんな形の地獄になるか、
誰にも正確には読めない。」
藤原危機管理監が
静かに言葉を足す。
「国内の世論も問題です。」
「“核を宇宙で使うべきかどうか”という議論は、
おそらく一度火がつけば
止まりません。」
サクラは、
机の端に置かれた
広島の白黒写真に目をやった。
小さな子どもを抱いた母親。
焦げた鉄骨。
一瞬だけ視界が揺れ、
彼女はまばたきをした。
(あの日からずっと、
“核は二度と使ってはいけない”と
この国は言い続けてきた。)
(その国の総理大臣が、
“地球を守るためなら核も選択肢だ”と
言えるのか?)
(言わなきゃいけない瞬間が
本当に来たら、
私は何を選ぶ?)
口から出た声は、
思ったより落ち着いていた。
「アメリカには
“正式に議題に上げる前に、
必ず日本とも共有してほしい”と伝えてください。」
「その上で、
IAEAや国連、SMPAGの場にも
必ず乗せること。」
「“裏でこっそり決めた核”は、
どんな大義があっても
世界中を敵に回します。」
田島が頷く。
「国内向けは?」
サクラは少し考えた。
「今夜の会見では、
“核”という単語は出しません。」
「ただし——
“オメガに対するあらゆる選択肢が
国際的に議論され始めている”こと。」
「“日本としては
人類全体の安全と、
唯一の被爆国としての歴史の両方を見ながら
判断する”こと。」
「そこまでは、
正直に言いましょう。」
(逃げられない話題から
いつまでも目をそらしていたら、)
(誰かが“日本はもう核に口を出す資格はない”
と言い出すだろう。)
《ゴールデンタイム・報道特番》
画面左上のテロップには
大きくこう書かれている。
〈緊急討論:
“核で隕石を砕けるのか?”〉
スタジオには、
宇宙工学の教授、
元航空自衛隊の幹部、
おなじみのコメンテーターたち。
司会者が切り出す。
「アメリカで、
あくまで“技術的な案”としてですが、
“核によるオメガ破壊”が
検討されているという情報が入ってきています。」
「先生、
そもそも技術的に
そんなことは可能なんでしょうか?」
宇宙工学の教授が
少しだけ肩をすくめる。
「“不可能ではないが、
リスクが非常に大きい”というのが
専門家の多くの見方だと思います。」
「核爆弾をオメガの表面か近くで爆発させれば、
確かに強いエネルギーで
軌道を変える効果は期待できます。」
「ただし、
爆発が強すぎたり
位置が悪かったりすると、」
「“一つの大きな石”が
“たくさんの小さいがまだ危険な石”に
ばらまかれてしまう可能性がある。」
元自衛官が続ける。
「視聴者の方が
よくイメージされる
“アクション映画的な粉々”とは違って、」
「現実には“細かい破片の雨”という
最悪のケースもあるわけですね。」
コメンテーターが口を挟む。
「じゃあ核じゃなくて、
“普通のミサイル”じゃダメなんですか?」
「地球には
ミサイル防衛システムもあるわけで、
それをもっと強化して
岩を撃ちまくれば…」
教授は苦笑した。
「ミサイル防衛(MD)は、
“人間が作ったミサイル”を想定しています。」
「比較的小さくて、
ある程度“素直な軌道”で飛んでくるものです。」
「でもオメガは直径60メートル、
時速数万kmで飛ぶ岩。」
「“野球ボールを撃ち落とす”のと、
“ダンプカーを真横から止める”くらい
難易度が違うと思ってください。」
「通常弾頭のミサイルで砕くには、
“何十・何百発も
完璧なタイミングで当て続ける”必要があり、」
「それ自体が
ほとんど“核と同じレベルの難しさ”を
持ってしまうんです。」
元自衛官も頷く。
「しかも、
それを今から作って
試験して、本番に間に合わせる——」
「そう考えると、
“核以外のミサイルでなんとかしてほしい”というのは
お気持ちは分かるんですが、」
「現実的には
ほぼ“魔法のお願い”に近い。」
司会者がまとめる。
「つまり、
“核を使えば一発で解決”という
単純な話ではないと。」
教授がきっぱりと言う。
「はい。」
「“核を使えば安全”ではなく、
“核を使っても危険は残る”。」
「だからこそ
プラネタリーディフェンスの国際会議では、」
「“核は本当に最後の最後の手段か?
そもそも人類がそこまで踏み込むべきか?”が
長年議論されてきました。」
画面の端には
視聴者コメントが流れていく。
〈核でも何でも使えよ、死ぬよりマシ〉
〈日本が賛成って言えるわけないだろ〉
〈ミサイルでなんとかならないの?〉
〈また専門家は“難しい”って言うだけ〉
《総理官邸・執務室(同時刻)》
テレビの同じ番組が、
音量を絞られた状態で流れている。
サクラは、
画面を横目に見ながら
会見用のメモを取っていた。
(核、ミサイル、最後の手段。
言葉だけが一人歩きし始めている。)
(でも本当に必要なのは、
“どの選択をしても
完璧な正解はない”という現実を
どう伝えるか。)
デスクの上のペンが止まる。
(私は、
“唯一の被爆国の総理大臣”として
この議論に向き合わなきゃいけない。)
(でも同時に、
“オメガの落下コリドーの真ん中近くにいる国”の
トップとして、)
(“国民を死なせないために
できることは全部考えたのか?”と
問われもする。)
藤原から届いた
メモの一行が目に入る。
〈核使用の是非は、
科学の問題であると同時に、
“人類史の問題”でもある〉
サクラは、
ゆっくりとペンを走らせた。
「——今夜の会見では。」
「“核”という言葉は出さない。」
「でも、
“どこまでを許して
どこからを許さないのか”を
世界と一緒に考えなければならない時間に
入った、ということだけは。」
「…逃げずに言葉にしよう。」
Day20。
オメガ予測落下日まで、あと20日。
宇宙の石を動かすために
“人類がどこまで自分たちのルールを破るか”という
問いが、
静かに、
しかし確実に
各国の首脳とテレビの前の視聴者の
胸元に忍び込み始めていた。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.