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るるくらげ
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大通りに戻ると喧騒が二人を包み込んだ。ゼータはその中を縫うように進み、やがてひときわ大きな荒々しい紋章が掲げられた建物の前で立ち止まる。ソラスも一生懸命にそれに追従した。国境や背景などの垣根を越えた、屈強な冒険者たちが出入りする冒険者ギルドだ。
「ここが……」
ぽかん、と口を開け、ソラスは頭上の看板を見上げながら呟いた。
「エルナの来たかもしれない場所、なんですね」
「ええ。ここがグランフォートの心臓部である”万象契約院”――通称、冒険者ギルド」
重厚な扉を見上げながら、ゼータは静かに言った。彼女の視線はソラスではなくギルド内にいるであろう人々に向けられている。
「あんたの知り合いが本当にここに来たのなら、登録か依頼のどちらかでしょうね。受付に行けば何か分かるかもしれないけど、まずはあんた自身が冒険者登録して”よそ者”を脱しなさい」
しかし、と彼女は言葉を続ける。その表情は再び冷たいものに変わっていた。
「勘違いしないで。私はここまで案内しただけ。これ以上あんたの友人関係に付き合う義理はないわ。私は私の用事があるから」
そう言い捨てるとゼータは踵を返し、ギルドの中ではなくその脇にある通用口の方へ向かおうとした。その態度はあまりに素っ気なくまるで道端の石ころでも見るかのようだ。
「ゼータさん!」
その背中を、ソラスの澄んだ声が呼び止める。
「見ず知らずの私に優しくしてくれて、本当にありがとうございました! 私にできることがあれば、今後、喜んで力になりますからね」
立ち去ろうとしていたゼータの足がぴたりと止まった。彼女は振り返らず、背を向けたまま静かに言う。
「……そっか」
その言葉に彼女の口元が微かに歪むのを、もし誰かが見ていたとしたら、果たして嘲笑のように見えたかもしれない。
「覚えておくわ、その言葉」
それだけを言い残すと、ゼータは今度こそ迷いなく歩き去り、建物の間の影へと溶けながら姿を消した。それを見計らうかのように、ソラスの後方から快活でよく通る男の声が投げかけられる。
「ようこそ冒険者ギルドへ!」
目を丸くしながら振り返ると、受け付け横の男が大仰に身を乗り出し、ごつごつとした手でソラスや他の客に道を示しているところだった。
「新規の方はそちらの列にお並びください! ベテランの皆さんは依頼ボードはあちらですぜ!」
中に入ると酒と汗の匂いが混じり合った熱気がソラスに襲いかかった。掲示板に張り巡らされた依頼書を吟味する者、仲間と武勇伝を語り合う者カウンターで報酬を受け取る者。誰もが一癖も二癖もありそうな強者の風格を漂わせている。ソラスはその喧噪の中で少し気圧されながらも、新規登録者のための列にちょこんと並んだ。
――誰もが使い込まれた武器や防具を提げており、しかしそれ以上に、ギラギラした光を宿す目が印象的だった。
「はい、次の方どうぞ!」
威勢のいい声に呼ばれ、ソラスははっと顔を上げた。順番が回ってきたらしい。カウンターの向こうには、人の良さそうな笑顔を浮かべた浅黒の男性職員が座っていた。彼は山のような書類を捌きながらも、手際よく冒険者をさばいている。
「冒険者ギルドへようこそ! 新規登録でよろしいですかね?」
こくりと頷くソラスを確認し、袖を捲り上げた毛深い手で、羊皮紙と羽根ペンを差し出した。
「こちらの用紙にお名前とご年齢、それから得意な武器や魔法なんかを書いて頂けますか? 簡単な自己紹介みたいなものです。身分証は特に必要ありません」
「あ、はい! よし……!」
意を決したソラスは職員からペンを受け取り、さらさらと用紙に記入していった。
『名前:ソラス。歳:十七。得意な武器または魔法:氷で剣とか隕石を作ったり、影を操って相手の動きを封じたりできる。それから重力操作。自分で勝手に動いて戦ってくれる人形を、土とか氷とか木とかでたくさん作れる。唄で人の傷を癒したり眠らせたり強くしたりもできる。あと誰かが私を攻撃しようとすると、世界が勝手に動いて止めてくれるような気がする。備考:唄と編み物が好き』
「……こんな感じ、かな」
彼女がそっとペンを置くと、そこにはつたない文章が刻まれていた。職員はにこやかな笑顔で書き終わるのを見守っていたが、差し出された用紙に目を落とした瞬間、その笑顔が凍りつく。
「……へ?」
彼の灰色の目は、名前と年齢の欄まで問題なく追った。しかし、そこから先のおよそ信じがたい文字の羅列を読んだ瞬間、彼の思考が停止する。
「ええと……こ、氷の剣に隕石……? 重力操作に……人形、いやゴーレム生成……おまけに歌で回復と……何だこれ、攻撃阻止……?」
職員はどもりながら一文字一文字を指でなぞる。その顔からはみるみる血の気が引き、額には脂汗が滲み始めた。
「お、お客さん。これはその、最近流行りの冗談というやつでしょうか……? にしては少しタチが悪いというか、なんというか」
彼は必死に笑顔を作ろうとするがその口角はひくひくと痙攣している。明らかに目の前の少女をやばい奴だと認識し始めていた。
「ま、まあ、書けと言われたことは書いて下さいましたし! とりあえず、魔法使い用の実力測定だけでもやっていきますか? きっと何かの間違いだって、すぐに分かりますから! ……ははは……」
職員の口は完全に乾き切っていた。
「ぜし! あ、ぜ、ぜひ! お願いします!」
盛大に噛みながらソラスはもう一度頭を下げた。こちらへどうぞ、と職員は引きつった笑いを顔に貼り付けたまま、慌てて席を立つ。まるで猛獣でも案内するかのように、おどおどとした手つきでギルドの奥を指し示た。
「あちらが測定室になっておりますので」
銀髪の少女が、彼の後ろをふわりとついてくる。
「う、うーん……これはギルマスに報告した方がいい案件か……? いやでもなあ」
ぶつぶつと独り言を呟きつつ、彼は先導して歩き出す。その背中は明らかに緊張で強張っていた。
⬛︎
測定室は広く中央に黒曜石でできた台座が鎮座しているだけの、至って簡素な部屋だった。壁には魔力を吸収する特殊な鉱石が埋め込まれている。
「この台座の上に手を置いて、魔力でも闘気でも、何か得意なものをぶわーっと出してみて下さい。台座が光って、あなたの潜在能力をランク付けしてくれます」
そこまで言い終えると、男は戦々恐々といった様子でソラスに耳打ちした。
「えっと……くれぐれも、さっき書かれたみたいな、とんでもないことは起こさないで下さいね? ね? ちゃんとお願いしましたよ」
職員は懇願するような目でソラスを見つめた。その目には”頼むから普通であってくれ”という切実な願いが込められていた。
初めてでよく分からないけど、魔力を込めるってこんな感じかな――手のひらに意識を集中させたソラスは、その無尽蔵の魔力をありったけ測定器に注ぎ込んだ。次の瞬間、測定器であるはずの黒い台座が甲高い悲鳴のような音を立てた。
キィィィンッ!
台座に刻まれた魔術回路が目に見えるほど激しく明滅し――閃光。測定室どころか、ギルド全体を揺るがすほどの凄まじい光量が迸った。職員はうわっと短い悲鳴を上げて思わず目を覆う。光はあらゆる色を乱反射させ、虹色の嵐となって測定室を荒れ狂った。
やがて光が収まった時、職員が恐る恐る目を開けると、そこには前代未聞の光景が広がっていた。
「な、な、な」
もはや言葉にすら上手く出ない。測定台座はソースに漬けられた野菜のようにぐにゃりと融解し、原型を留めていなかった。その台座があった場所から、天井を突き破り巨大な氷の結晶が生え出している。それは美しくも鋭利で、ダイヤモンドダストを煌めかせながら、測定室全体を飲み込んでいく。床はひび割れ、そこからは溶岩がマグマのように隆起しようとし、さらに天井からは鋼鉄の槍が無数に垂れ下がり、壁は瞬く間に深い森の木々に覆われていた。
四大元素、いやそれ以上のあらゆる属性の力が制御を失って暴走していた。世界の法則そのものが、この小さな少女の魔力によって書き換えられていくような混沌とした空間。
「ひぃぃぃ……! 魔力暴走どころの騒ぎじゃねえ! ギルドが! グランフォートそのものがッ……!」
腰を抜かした職員が後ずさりながら泣き叫ぶ。短く切り揃えられた顎ひげを携えるその顔が、涙と鼻水にまみれていた。当然、弾け飛んだ扉の向こうも騒がしい。逃げ惑う者、何事かと様子を見て唖然とする者、敵の襲撃かと武器を構える者、それぞれの様相でギルドは乱れていた。
轟音と閃光。そして溢れ出す規格外の魔力。ギルド内は、突如として発生した天変地異にパニック状態へと陥っていた。
「あ、あれ……? ちょっと、力をこめただけで……」
自身の引き起こした惨状の中心で、ソラスは青ざめていた。無意識のうちに作動した”世界の保護”が彼女自身への被害を完全に弾いているため、ソラスの周囲だけはぽっかりと安全地帯になっている。だが、その外側では氷床がうねり、溶岩が爆ぜ、茨が壁を砕くという地獄絵図が展開されていた。
「だ、誰か! ギルドマスターを呼べ!」
「馬鹿野郎、逃げるのが先だ! 建物が崩れるぞッ!」
怒号と悲鳴が交錯する中、突如としてギルドの奥へと続く大扉が、強烈な衝撃波と共に蹴り開けられた。
「おいおいおい! 真昼間から何の騒ぎだァ!? 街のど真ん中で迷宮でも決壊したってのか!?」
鼓膜を震わせるような豪快な声と共に現れたのは、熊を思わせる巨躯の男だった。歳は三十代前半。短く刈り込んだ黒髪に、野性味と愛嬌を併せ持つブラウンの瞳。身の丈ほどもある巨大な戦斧”崩斧グラウ”を軽々と肩に担ぎ、左腕には決して砕けないと言われる伝説の大盾”聖盤ボルガノス”を装備している。
男――カイルは、筋骨隆々とした太い腕で大盾を前面に突き出し、測定室から飛散する氷の礫や溶岩の飛沫から、逃げ遅れた冒険者たちを庇うように立ち塞がった。
「怪我人は下がってな! ……おいハイネス! 受付の野郎が腰抜かしてやがるぞ、引っ張ってやれ!」
「……了解」
カイルの怒鳴り声に、短く感情の読めない声が応じる。いつの間にか、床にへたり込んだ職員の横に、一人の青年が降り立っていた。
透き通るような薄い紫髪をショートボブに切り揃え、宝石のアクアマリンのように冷たく澄んだ瞳を持つ男、ハイネス。その顔立ちはあまりにも中性的で美しく、一見すると女性と見間違えてしまうほどだ。
元盗賊という経歴を持つ彼は、足音ひとつ、風の音すら立てない。腰に提げた二本の短剣――対象を遅延させる”影縫い”と無音の刃”音喰い”には手をかけず、彼は無言のまま職員の首根っこを掴み、瞬きする間に安全圏へと引き摺り出した。
「ちょっ、ちょっと待ってカイル! これ、迷宮の魔物じゃない! 凄まじい密度の魔力が、四大元素を巻き込んで暴走してるんだよ!」
続いて、透き通るようなソプラノの声が響く。倒壊した壁をふわりと跳び越えて姿を現したのは、十代後半ほどの見目麗しい女性。雪のように純白の長い髪が、魔力の余波を受けてサラサラと宙に舞う。その瞳は最高級のルビーのように赤く、そして明るい光を宿していた。
彼女の名はメルティナ。アイオロスでも有数の魔法の使い手だ。彼女は好奇心旺盛な目を輝かせながら、無詠唱で幾重もの防御結界を展開し、暴走する魔力の中心――測定室のど真ん中へと視線を向けた。
そして、 炎と氷と緑の嵐の中心にぽつんと立つ、一人の銀髪の少女と目が合った。
「――っ!」
ドクン、と、メルティナの心臓が未だかつてないほどの大きな音を立てて跳ねる。白髪の魔法使い――メルティナは、その場に縫い付けられたように動けなくなった。彼女のルビーの瞳がソラスの空色の瞳に吸い込まれる。
――な、なんなの、この胸の鼓動……!?
ドクンドクンと繰り返し、自分の心拍音がやけに大きく聞こえる。今までどんなに格好いい男性冒険者を見ても、美しいエルフの騎士を見ても、こんな風に息が詰まることはなかった。さらに相手は同性だ。それなのに、あの純白の肌と、困り果てて揺れる青い瞳を見た瞬間、雷に打たれたように全身の血が沸騰していくのを感じていた。
「わ、わたし、どうしちゃったの……っ。顔が、すっごく熱い……!」
メルティナは両手で自分の頬を覆い、必死に赤面を隠そうとする。しかし、真っ赤に染まった耳たぶまでは隠し切れていない。
助けに行かなきゃ。先輩冒険者として、かっこいいところを見せなきゃ。そう思うのに、足が震えて、気の利いた言葉が一つも出てこない。生来嘘をつけない彼女の態度は、誰の目から見ても心を奪われていることがバレバレだった。
「おいメルティナ! 何ぼけっとしてる、防壁が先だ!」
カイルの制止も聞かず、混乱する頭で突進しようとするメルティナ。だがそれよりも早く、鋭い金属音が空気を裂いた。
キィィィンッ!
ソラスの周囲を取り囲むように急成長していた氷壁と茨が、亜音速の斬撃によって十字に両断され、崩れ落ちる。
「……遅いわよ、あんたたち。遊んでないで制圧に回って!」
瓦礫を蹴り立てて最前線に躍り出たのは、つい先ほどソラスを裏路地で試し、このギルドへと案内した張本人――ゼータだった。
黄金の糸を紡いだような美しい金髪ロングを揺らし、青の瞳を鋭く細めている。その両手には、魔法や結界を無効化して斬り裂く”黎刃”と、万物を両断する極硬の剣”暁影”が握られていた。
A級冒険者にして、泣く子も黙るグランフォート最強のパーティ”暁月の四星”のリーダー。その肩にのしかかる強い責任感が、彼女を誰よりも早くこの危機的状況へと走らせたのだ。
「私が魔法の核を断つ! カイルは盾で魔力の余波を散らして! ハイネスは建物の補強、メルティナは――ちょっとメルティナ、何にやついてるのよ!」
的確な指示を飛ばしながら、ゼータは諸悪の根源である暴走の核へと鋭い視線を向けた。一体いかなる凶悪な魔術師か、はたまた未知の魔獣か。彼女は黎刃を上段に構え、煙が晴れた先を睨み据える。
しかし、そこにいたのは。つい数十分前、自分に編み物が得意だと無邪気に語っていた、あの世間知らずな少女だった。
「ご、ごめんなさい! 機械が、急に壊れちゃって……!」
必死に両手を合わせ、涙目でペコペコと謝り倒しているソラス。その姿を認めた瞬間、ゼータは構えていた双剣を取り落としそうになるほど、盛大に顔を引きつらせた。
「は……? あんた、登録しに来たって……ただの能力測定で、これをやったって言うの……!?」
ゼータの戦慄の入り混じった声が響く。
「ち、違うんです! ただ手を置いて、魔力をこめただけで……こんなことにするつもりはなくて! 本当に、ごめんなさい……!」
ソラスは涙ぐみながら、周囲の惨状を見渡した。砕け散った壁。床から突き出した巨大な氷柱。燃え盛る炎と、絡みつく木々。自分の不用意な行動でたくさんの人を怯えさせ、建物を壊してしまった。その罪悪感が彼女の胸を締め付ける。
「元に、戻って……お願いだから、元通りになって……っ!」
彼女は両手を胸の前で組み、祈るように、ただ純粋にそう願った。
魔法の詠唱ではない。
魔力の行使ですらない。
ただの、悲痛な意思の吐露。
――だが、世界は、彼女を悲しませることを許さなかった。
と吹き荒れていた熱風と冷気が、フッ、と嘘のように凪いだ。
「え……?」
「なんだ、おい……何が起きてる……?」
盾を構えていたカイルが驚愕に目を見開く。ハイネスもまた、アクアマリンの瞳を微かに揺らす。
まるで、時間が巻き戻っているかのようだった。ギルドを突き破ろうとしていた巨大な氷柱が、音もなく光の粒子となって空間に溶けていく。壁を覆い尽くしていた緑の茨は、まるで映像の逆再生のようにスルスルと後退し、ただの埃となって消滅した。融解してドロドロになっていた黒曜石の台座は、見えない巨人の手で粘土を捏ね直されるように、元の四角い形へと再構成されていく。砕け散った木材の破片が宙を舞い、元の床板や壁の形へとパズルのように組み合わさっていく。
「そんな……バカな」
ゼータが乾いた唇から掠れた声を漏らす。一流の魔法使いであるメルティナも、初恋の動悸を忘れるほどに見入っていた。
破壊そのものは魔力さえあれば誰にでもできる。だが、己の引き起こした破壊を無かったことにする修復――物理法則やエントロピーを完全に無視した現象は、魔法の次元を超えている。それは神の御業に等しい。
ほんの数十秒後。冒険者ギルドの測定室は、埃一つない、完全に元通りの姿を取り戻していた。唯一違うのは、能力を測定するための黒曜石の台座が魔力回路を完全に焼き切られ、ただの黒い石の塊になって沈黙していることだけだ。
水を打ったような静寂がギルドを支配した。誰もが言葉を失い、信じられないものを見る目で、中央に立つ銀髪の少女を見つめている。
「……あ、あの。直り、ました……よね?」
ソラスが恐る恐る上目遣いで周囲を窺う。ゼータは手から滑り落ちそうになった双剣をギリギリで握り直し、深いため息と共に天を仰いだ。
「……生まれつき。……そういう存在」
路地裏でソラスの放った言葉が自然と口をつき、ここにきてゼータの脳裏で重い真実となって響き渡る。
「……カイル。ハイネス、メルティナ」
ゼータは振り返らずに仲間の名を呼んだ。その声はかつてないほど疲労していた。
「この子……ちょっと、ギルマスのところに連れて行くわ」
A級冒険者たちですら圧倒される、理不尽なまでの世界の寵愛。”風紡ぎの国”アイオロスの冒険者ギルドに、伝説上にしか存在しない異能が顕現した瞬間だった。
「お、おい……今の見たか? 壊れた壁が、勝手に直ったぞ……?」
「魔法じゃねえ、あんなの……神の奇跡か何かかよ……」
遠巻きに様子を窺っていた冒険者たちが、信じられないものを見る目でソラスを指差す。――かと思えば彼らの視線はすぐに、彼女を取り囲む四人の姿へと吸い寄せられた。
「嘘だろ、あれ……”暁月の四星”だ!」
「ゼータ様だ……! それに不動のカイルまでいるぞ!」
「雲の上のトップパーティだろ? すげえ、今夜はよく眠れそうだ」
アイオロスの冒険者にとって”暁月の四星”は生ける伝説に近い。A級冒険者のみで構成され、巨大迷宮”逆さまの蒼穹”の最前線を切り拓く彼らは、畏敬と憧れの的だった。そんな街の英雄たちが、得体の知れない銀髪の少女を囲み、あろうことか普通に会話を交わそうとしているのだ。
「すげえ……あのゼータ様が、初対面のガキ相手に武器を下ろしてるぞ」
「あの銀髪、一体何者なんだ……? まさか、他国の王族のお忍びか?」
周囲のひそひそ声が波紋のように広がる中、当の四星の面々は、それぞれの反応を見せていた。
「おいおいおい、嬢ちゃん!」
沈黙を破ったのは、巨漢のカイルだった。彼は戦斧グラウを肩に担ぎ直すと、呆れと感嘆が混じったような豪快な笑い声を上げる。
「見た目は風で飛んでいきそうなくらいちっこいのに、とんでもねえ化け物だな! 迷宮の深層にいるドラゴンだって、あんなデタラメな真似はしねえぞ! ハッハッハ!」
「ば、化け物……」
その言葉に、ソラスはしゅんと肩を落とした。エルディアで恐れられていた頃の記憶がよぎったのかもしれない。青い瞳が、申し訳なさそうに足元をさまよう。
「うわうわカイル! デリカシーないよ!!」
落ち込むソラスを見て堪らず飛び出してきたのはメルティナだった。彼女はカイルの分厚い胸板をポカポカ叩くと、深呼吸を一つして、ソラスの前に立つ。雪のように白い髪がふわりと揺れた。
「あ、あのっ!」
メルティナは両手をぎゅっと握り締め、ルビーの瞳を潤ませながらソラスを直視した。その顔が茹で上がったタコのように真っ赤だ。
「わ、わたしはメルティナって言います! メ、メルって呼んでくれても、その、いいよ!? じゃなくて、いいですっ!」
「……は、はい。私はソラスと申します……」
急の猛烈なアプローチにソラスが戸惑い会釈すると、メルティナは”がふっ”と変な声を漏らした。
――か、可愛いっ……! 声も透き通ってるし、お肌なんて陶器みたい……! だめ、私、こんな気持ち初めて……っ。相手は女の子なのに、どうしてこんなに胸が苦しいの……!?
頭の中で大混乱を引き起こしているメルティナは、もじもじと身をよじりながら、ソラスの銀髪を食い入るように見つめている。同性へ対する未知の感情は、彼女のキャパシティを超えているようだった。
「……魔力の残滓がない」
そんなメルティナを他所に、静かに呟いたのはハイネスだった。彼は音もなくソラスの横に歩み寄ると、修復されたばかりの床板や、沈黙したままの測定器の台座にアクアマリンの瞳を向ける。
「魔法で直したわけじゃない。恐らく彼女が”直れ”と願ったから、世界がそれに辻褄を合わせた。……規格外だ」
「えっ、あ、あの……ごめんなさい?」
無表情な青年にじっと見つめられ、ソラスはとりあえずもう一度謝った。
「……何を謝る? ただの事実だ」
ハイネスは短く答えると、それ以上は踏み込まずにふい、と視線を外した。だがその冷たい瞳の奥には、強い興味の色が隠されている。
個性豊かな仲間の反応を横目に、リーダーであるゼータはひどく深くため息をついた。路地裏で見せられた氷の剣や重力操作だけでもA級クラスの異常事態だったのに、今の現象はそれを遥かに凌駕している。
「……あんたたち、少しは状況を考えなさい」
ゼータが冷ややかな声で告げると、四星のメンバーたちはぴたりと動きを止めた。彼女は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえ、周囲の野次馬たちを鋭い碧眼で一瞥する。
「見世物じゃないわよ。散った、散った! ギルドの設備が壊れたってんなら、後で私が報告書を書いておくから!」
A級冒険者、それも街の治安維持に一役買っているゼータの睨みに、冒険者たちは慌てて視線を逸らし、蜘蛛の子を散らすように本来の業務へと戻っていった。それでも、遠くからこちらを窺う視線は絶えない。
ゼータは再びソラスへと向き直る。その瞳には、路地裏で向けたような品定めの色はない。ただ圧倒的な力を持つ存在に対する、一人の人間としての警戒と、そして微かな庇護欲が混ざっていた。
「ソラス、だったわね」
「はい……」
「あんたの”生まれつき”ってのがどういう意味か、少しだけ分かった気がするわ。……でも、ここは自由の国アイオロスよ。どんな力を持っていようと、その力に見合った責任とランクが与えられる」
ゼータは双剣を腰の鞘に収めると、顎でギルドの奥――重厚なマホガニーの扉が設えられた階段の上を指し示した。
「あそこがギルドマスターの執務室よ。これだけ派手にやらかしたんだから、普通の登録手順じゃ済まないわ。……私たちがついて行ってあげるから、腹を括りなさい」
それは街の英雄である彼女なりの、不器用な優しさだったのかもしれない。ソラスはぱあっと顔を輝かせ、艶やかな銀髪を揺らして頭を下げた。
「はいっ! ありがとうございます、ゼータさん! カイルさんも、メルティナさんも、ハイネスさんも!」
「ひゃああっ、名前呼ばれちゃった……っ!」
「おいおいメルティナ、しっかり立て。気絶すんぞ」
崩れ落ちそうになるメルティナをカイルが片手で支え、ハイネスが静かに歩き出す。ゼータは呆れたように肩を竦め、ソラスの背中を押した。
こうして”騎士の国”エルディアからやってきた魔女は、暁月の四星という強力な後ろ盾――それに約一名の熱狂的なファン――を伴い、自由の国の深部へと足を踏み入れていくのだった。