テラーノベル
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誰も口を開けない。
時計の秒針だけが、やけに大きく聞こえる。
最初に沈黙を破ったのは、渡辺だった。
「……あべちゃん。」
かすれた声だった。
阿部は隣へ椅子を寄せる。
「うん。」
渡辺は青白い顔のまま、視線を床へ落としている。
唇を何度も噛みしめ、ようやく言葉を絞り出した。
「俺……。」
「女になるのは、もう決まったことなんだよな。」
阿部は何も言えず、静かに頷く。
渡辺は目を閉じた。
「でも。」
「涼太には……まだ知られたくない。」
その一言だけだった。
今の渡辺は、それ以上話せる状態ではない。
何か事情がある。
それだけは十分に伝わってきた。
「分かった。」
阿部は静かに答えた。
少し離れた席で、深澤が資料の束を見つめていた。
「あべちゃん。」
「ん?」
「机に残ってる資料。」
深澤は顔を上げる。
「最後まで見て。」
「治す方法。」
「書いてあるなら知りたい。」
阿部は静かに頷いた。
「……うん。」
机の上に置かれた分厚い資料を手に取る。
震える指で、一枚ずつページをめくっていく。
海外での症例。
経過観察。
身体の変化。
生活上の注意。
医学用語が並ぶ文字を、必死に追っていく。
すると、一つの項目で手が止まった。
『生殖機能について』
阿部は息をのむ。
そこには簡潔に書かれていた。
『月経は認められない。』
『妊娠機能は確認されていない。』
その文章を見つめたまま、阿部の目に涙が滲む。
女の子になった。
でも、完全に普通の女性と同じ身体ではない。
現実を突きつけられたような気がした。
(それでも……。)
阿部は涙を拭う。
(今はそれじゃない。)
ページをめくる。
必死に探す。
最後のページまでたどり着いた。
そこには、たった一文だけが記されていた。
『本症状を医学的に元へ戻す治療法は確認されていない。』
阿部の手から資料が滑り落ちそうになる。
「……。」
何も言えない。
深澤がゆっくり立ち上がった。
「書いてあった?」
阿部は震える声で答える。
「……ない。」
「医学的には。」
「治せないって。」
その言葉に、深澤は静かに目を閉じた。
数秒間、誰も話さない。
やがて深澤は、小さく息を吐いて笑った。
「そっか。」
その笑顔は、いつもの深澤の笑顔ではなかった。
無理をしているように見えた。
「俺もさ。」
阿部へ視線を向ける。
「今はまだ。」
「照には知られたくない。」
阿部は静かに頷く。
「……うん。」
「二人とも、それぞれ事情があるんだよね。」
「二人が話したくなった時に話せばいい。」
渡辺も、深澤も、小さく頷いた。
阿部は二人の顔を見渡す。
数日前まで、自分だけが抱えていた恐怖。
今は三人で抱えることになってしまった。
それでも一つだけ違うことがある。
あの日の自分は、一人だった。
でも今、この部屋には三人いる。
「検査入院も。」
阿部が静かに口を開く。
「三人一緒なら、少しは心強いかもしれないね。」
深澤は少しだけ笑った。
「そうだな。」
渡辺も、小さく、本当に小さくだけ頷いた。
そのわずかな反応だけでも、阿部には十分だった。
コメント
3件

あちゃー😣 人数増えたよ。 ふっかの理由は前回ので何となく… 翔太は何だろう… どうやったら戻るのだろうね☹️ 1人で抱えるよりは3人で助け会える➕めめが 少し救いかな
わあ、この第24話、すごく静かで重い回だったね…。渡辺くんが「涼太には知られたくない」って口にしたとき、阿部の「分かった」が本当に優しくて、胸がぎゅっと詰まった。それに「治せない」って事実を深澤くんが「そっか」って受け入れるところ、無理して笑ってる感じが伝わってきて切なかったよ。でも最後に三人で一緒にいるって確認できたのは、少しだけ救いだったなあ。
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