テラーノベル
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桜の舞い散る、四月。
私は憧れの大学のキャンパスで、新しい紺色のスーツに身を包み、人込みの中に立っていた。
あの過酷な高校時代から、丸三年。
私を苦しめていたあの「能力」は完全に鎮静化し、私はどこにでもいる普通の女子高生として高校生活を終え、無事に大学生になることができた。
死者の声も聞こえない。血の惨劇の記憶も流れてこない。
もう、誰も死なず、誰も傷つかない。
そんな平和で退屈な「普通」を噛み締めながら、私は新歓のチラシを配る先輩たちの間を歩いていた。
「皐月……渚ちゃん……?」
ふと背後から聞き覚えのある声がして振り返ると、そこには私服の上に警察のジャケットを羽織った佐藤さんの姿があった。
「佐藤さん!? なんでここに……」
「あ、いや! 実は警視庁の地域防犯のPRで、新歓の警備に駆り出されちゃいまして。……渚ちゃん、スーツ姿すごく似合ってますよ! 峯岸先輩にも見せてあげたかったな」
佐藤さんは嬉しそうに目元をほころばせた。
峯岸さんは昨年、警部補に昇進してさらに忙しくなったけれど、今でも月に一度はあのファミレスで三人でポテトを突っついている。私の「普通の生活」を、ふたりは誰よりも喜んでくれていた。
「ありがとうございます。……ふたりのおかげで、私、ちゃんと大学生になれました」
私が小さく笑いかけた、その時だった。
——ひゅん、と。
頭上の空気を激しく切り裂くような、嫌な風切り音が聞こえた。
「……え?」
見上げた瞬間。
講義棟の5階のテラスから、ひとりの女子学生が、まるで糸の切れた人形のように真っ逆さまに落ちてくるのが見えた。
**ぐしゃっ!!**
嫌な肉のつぶれる音と、激しい重低音。
私の目と鼻の先、わずか数メートルの石畳の上に、その女子学生は叩きつけられた。
周囲は一瞬の静寂のあと、狂ったような悲鳴に包まれた。
「うわあぁぁぁッ!?」
「きゃあああぁぁッ! 人が! 人が落ちてきた!!」
飛び散る鮮血。不自然な方向に曲がった手足。
佐藤さんが慌てて「みんな離れて! 警察です、下がってください!」と叫びながら駆け寄っていく。
私も恐怖で足がすくみ、息が止まりそうになった。
見たくない。関わりたくない。私はもう「普通」なんだから。
だけど——逃げ出そうとした私の目が、倒れた女子学生の顔を捉えてしまった。
彼女は、頭部から血を流しながら、死んでいるはずのその目を開き、**じっと私を見つめていた。**
(……嘘……でしょ……)
喉の奥がヒッと鳴る。
眠っていたはずの「それ」が、私の中で恐ろしい勢いで目を覚ますのが分かった。
鼓膜を突き破らんばかりに響き渡る、大音量のノイズ。
冷たい氷の針を全身に刺されたような激痛。
そして、目の前の死者の口が、声にならない声で確かに動いた。
『……た……す……け……て……』
言葉が脳内に直接響いたと同時に、私の右手の中指が勝手にぴくりと跳ねた。
視界が急速に色を失い、歪んでいく。
倒れている女子学生の背後に、黒い影のようなものがゆらりと立ち上がり、落ちてきた講義棟の上層階を指差しているのが「視えた」。
触れてもいないのに、彼女の死の瞬間の記憶——背中を誰かに強く押された感覚と、落ちていく最中の底知れない絶望が、津波となって私の中に流れ込んできた。
「があっ……ハッ……っ!!」
私はたまらず石畳にひざつき、胸をかきむしりながら激しい過呼吸を起こした。
「渚ちゃん!? 渚ちゃん、大丈夫ですか!?」
人混みを押し分けて駆け寄ってきた佐藤さんが、私の肩を抱きかかえる。
「あ……が……佐藤……さん……」
私は激しい吐き気と痛みに耐えながら、血のついた指先で講義棟の屋上を指さした。
「……自殺……じゃない……」
「……え?」
「押されたの……っ! 上に……まだ、犯人が……いる……っ!!」
私の言葉に、佐藤さんの目の色が一変した。
三年間の沈黙を破り、私の中で「霊感」が再び牙を剥いた。
キャンパスに舞い散る桜の花びらが、まるで血のしずくのように赤く染まって見えた。
私の平穏な日常は、この瞬間、完全に終わりを告げたのだ。
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コメント
1件
第1話、読ませていただきました。桜舞うキャンパスという新生活の象徴的な舞台で、いきなりあの衝撃——「ぐしゃっ」という生々しい音と、死んでいるはずの女子学生が目を開けて「たすけて」と訴えるラスト、ぞっとしました。三年間鎮静化していた霊感が、まさに「牙を剥く」という表現がぴったりな再燃の仕方で。主人公の平穏が一瞬で崩れる、その対比の描き方がとても巧みです。続きが気になります。