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目が覚めた。
琥珀さんの顔が見えた。
でも、
茜さんはいない。
ここは薄暗い牢屋の中。
あの出来事は、夢ではなかった…
わかってはいても、夢であって欲しかった。
茜さんの、笑顔が見たかった。
僕の手で…
『甘ちゃん、もう大丈夫?』
琥珀さんが、こちらを見ていた。
『あぁ、』
この世界は、残酷だ。
幸せなんてそれほど多くないのに、
辛いことばかり起こる。
誰かの指示を聞いて、奴隷のように従って、
辛いことをずっと耐えて、やっと少しの幸せを手に入れられる。
世の中には、もっと辛い思いをしている人がいるんだろう。
でも、それでも、
辛いものは辛い。
誰かにとっては大したことないとしても、
僕にとっては、かなり辛い。
そして、琥珀さんも茜さんも辛いはずだ。
耐えられないくらいに。
それが、人生なんだろうな。
『・・・』
そして、
多くの人が、
生き物の命を軽く見ている。
自分と大事な人だけは重く見て、それ以外はどうでもいいと思っているようだ。
弱くて優しい人が苦しんで、
強くて悪い人が幸せになる。
正しことをしても苦しむ。
いや、
正しい人ほど苦しむ。
誰かのために自分が苦しんでも、報われないことを知った。
なら、優しくなんてしようとは思えないよな。
損なんてしたくない。
自分から辛い道を歩きたくない。
そうだよね。
僕だって、嫌だよ。
なんで、辛い思いをさせてきた人たちを守らないといけないんだろう。
これまで、多くの人を助けてきたつもりだ。
でも、その中には、
僕のことを、人狼を悪く言う人がたくさんいた。
『は?なんでお前らに助けられなきゃいけないんだよ!』
『人狼かよ。助けたからっていい気になるなよ。』
『お前らが剣士にいるなんて、安心できねぇな。今すぐやめちまえよ。』
『人狼なんかいらない。二度と見たくない。』
色々言われた。
散々な目に遭った。
『人狼は、もう二度とここに来るな。』
『これ、お前らには似合わないと思うけど?金を払ってはくれるんだろうな?』
『人狼が3人も…迷惑料も払ってもらおうか!』
『お前ら人狼は、この島から出ていけ!』
散々な扱いを受けた。
皆を守って、助けて、自分が苦しめば、認めてくれると思っていた。
でも、変わらなかった。
結局、全て無駄だった。
何をしてたんだろ。
『甘ちゃん、辛そうな顔してる…』
琥珀さんが、優しく頭を撫でてくる。
『あぁ、辛いな…』
僕にとっての居場所を一つ奪われて、大事な人をまた1人失って、こんな薄暗くて狭い場所に入れられて、
もう、何もかもがどうでも良くなってきた。
あとは、もう…
琥珀さんくらいだろう。
琥珀さんだけは、失いたくない。
絶対に、守らないといけない。
何があろうとも、僕が守るんだ。
『ーーー』
『銅.甘、銅.琥珀、君たちの無罪が証明された。こちらへ。』
1人の警備員が、牢屋の扉を開けた。
無罪?
何があったのかはわからないけど、出られるようだ。
僕と琥珀さんは、牢屋を出る。
その後は、謝罪を受けて、
外に出た。
とはいえ、もう、薄暗くなってきていた。
長い間、眠っていたみたいだな。
『2人とも、無事出られたみたいだね。』
建物の影から、レインが姿を見せた。
『レインが、何かしたのか?』
あそこを出られたのは、レインが何かしたからだろうか。
『まぁ、少しだけね。とは言っても、僕の顔は剣士の数人に見られているから、リンネにお願いしたんだけどね。』
レインの隣に、リンネがいた。
『なぜ助けたんだ?』
『それは、仲間として助けるのは当たり前だと思うけど?』
仲間…
『仲間になった覚えはない。』
そう言った。
しかし、レインは笑った。
『君が剣士を辞めたあの時点で、僕たちの仲間になったも同然だと思うけどなぁ。』
『それは、茜の居場所を教えてもらうためだ。』
『給料はあげただろう?つまり、そういうことさ。』
!
給料。
あのお金は!
『そんなこと、聞いてないぞ!』
『安心して、君に人殺しはさせないから。今まで通り、誰かを守るために戦えばいい。』
『何が、目的だ、』
『君は、剣士たちから気に入られていたみたいだね。君の無罪を証明するのはかなり簡単だったよ。』
『誤魔化すな、答えろ。』
しかし、レインは答えなかった。
『悪いけど、それは言えないな。でも、いつか分かる時が来るさ。』
やはり、怪しい。
信じられない。
『はい、給料。』
『僕は、何もしてないけど?』
『いいのさ。君が、甘が仲間になっただけでそれなりの価値があるってこと。だから遠慮はいらないよ。』
価値…
何を言っているのかがわからない。
『いらないし、仲間になるつもりはないよ。』
『そういうわけにはいかないなぁ。命をかけてでも、君が必要なんだよ。』
『僕が、必要?』
『そう、君の力が、』
僕の力…
やっぱり、何もわからない。
『僕は、人を助けたいだけなのさ。それは、君も同じだろう?』
人を助けたい、だと?
『人をコロしておいて、嘘をつかないで。』
『前に、言っただろう?人を救うためには、犠牲も必要なんだよ、ってね。まぁ、人に限ったことではないけどね。』
犠牲、
『人を守りたいんだったら、コロしはしないはずだ。』
『それはね、僕の言う守りたい人っていうのは、善人のことだよ。善人だけ。』
善人だけ。
『悪人は助けるつもりはない。逆に、邪魔にしかならないんだ。だからコロす。』
『それは、人を守るとは違う気がする。あまりにも冷たいんじゃないか?』
『でも、悪人がいたら善人が苦しみシぬ。だから、仕方ないからコロす。そうしなければ、本当の平和なんてこないと思うよ?』
そうなのかもしれない。
でも、
『誰だって、人を傷つけることはあると思うし、間違えてしまうことはあると思う。元々、正しさを知らない人だっていると思うし、辛くてそうしてしまった人だっている。きっと色々あって、悪いことをしてしまったんだと思う。』
きっと、本当に悪い人もいるんだとは思う。
救われるべきではない人もいるだろう。
『僕だって、人を傷つけたことはあります。間違えたこともあります。人を…コロそうとしたことも、実際にコロしたこともあります。』
自分でも、許せない人はいる。
自分が許せないとも思う。
『でも本当は、助けて欲しかった。そんな時もあったんです。だから、そんな人たちを正すことも大切だと思います。だから、見捨てるつもりはありません。』
牢屋の中で、嫌になっていた。
人を守りたい、助けたいと思うことも、優しくしようと思うことも、
全てがどうでも良くなっていた。
『それこそ、新しい人も苦しんで、傷つける人が増えていくだけ。それに、そんな人々を正していくなんて、かなり効率が悪い。そうは思わないかい?いつまでも、終わらないよ。』
でも、
それでも、
『甘ちゃんは優しい子なんだから、悲しそうな顔はしないで欲しいな。』
『優しい子にはいいこと、きっと起こるよ。』
『茜ちゃんはきっと、甘ちゃんといられた時は幸せだったはずだよ。甘ちゃんがいてくれたから、幸せになれたはずだよ。』
『琥珀も、幸せだったよ?ずっと、甘ちゃんといる時は幸せだった。』
『これからも、一緒にいて欲しいな。』
牢屋の中で、琥珀さんは言ってくれた。
だから、
『君がそう思うのならそうすれば良い。でも、僕は違う。僕は、苦しみを知っているからこそ、あの人たちみたいに誰かを傷つけたくはない。損だと思われても、大事な人ができた。それだけでいい。後悔はない。』
これが、今の僕の答えだ。
『そうか、あの時とは変わらないか。でも、あの時より意思が強いみたいだね。君は、本当にお人好しみたい。実に、君らしい答えだ。』
それが、正しいかなんてわからない。
もしかしたら、レインの方が正しいかもしれない。
でも、否定されようとも僕の答えを信じたい。
実際、正しい答えはあるのだろうか。
ないかもしれない。
なら、
僕が正しい答えになろう。
できなくても、やろうという気持ちが本気であればいい。
できなくても、夢をみることくらいはしたい。
周りがなんと言おうとも、自分の気持ちを簡単に変えてはいけない。
自分が信じた方へいこう。
『残念だよ、君がその道を進むなんてね。でもいい、いつか分かる時が来るだろうから。それまで待っているよ。』
レインはそう言って、去って行った。
『銅様、剣士に戻られるのですか?』
リンネが訊いてきた。
『もう戻りはしないと思う。罪を背負ってでも、このナイフで自分なりにやってみるしかないな。』
まだ剣士に戻ってもいいのかがわからない。
戻る勇気もないしな。
『そうですか、申し訳ございませんでした。』
『え、』
リンネが、頭を下げた。
『レイン様の言ったことは怪しく聞こえたと思いますが、レイン様なりに悩んで考え、導き出された答えなんです。ですか、正しい答えは私にもわかりません。』
レインはレインなりに考えていたんだな。
レインの言ったことは、確かに正しいのかもしれないと思った。
だけど、やっぱり…
嫌だった。
『レインはもう行ったけど、いいのか?』
『私は、銅様に仕えるはずでした。ですか、残念ながらお断りされたもので…』
『え…』
仕える…
『その後はレイン様から、銅様を仲間に引き入れるよう誘導しろと指示があったのでここにいます。』
『あ、あぁ…』
そこまでするのか…
『私の名前は、星名.凛音[ホシナ.リンネ]と申します。精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします。』
『銅.甘です。よろしくお願い……え?』
頑張ります?
『星名.凛音です。』
『よ、よろしくって…』
『これから仕えさせていただきますので…』
『え?』
『見習いではありますが、レイン様の指示なので…』
『いや、そういうのは大丈夫だから…』
だから、様って言ってたのか…
『そういうわけにはいかないのです…』
『僕は、レインたちの仲間になるつもりはない。だから、戻ってくれ。』
凛音も、レインの仲間だ。
戦うことにも慣れているみたいだったし、何をしてくるかはわからない。
『今は銅様に仕えています。銅様の指示なら、聞かざるを得ません…』
『なら、レインのところに戻っていいよ。』
『承知いたしました…』
凛音…星名は、レインが行った方へ向けて走って行った。
悪いことをしてしまったかもしれない。
でも僕は、自分の道を歩くと決めたから。
僕は、剣士署を見た。
もう、戻るつもりはない。
これで、最後…
そこに、
『・・・』
奏さんがいた。
奏さんは、こちらを見ていた。
『ええと、何かな…』
『別に。』
それだけが返ってきた。
そして、去ろうとしている。
だが、止まった。
そして、こちらを見た。
『はやくーーーし、ね。』
何かが聞こえた。
『え?』
早く、シね?
こわ!
でも、長さ的に違う気がする。
なんて言ったんだろう。
わからない。
『さみしぃ…』
『え、今…』
でも、奏さんは最後まで聞かず、行ってしまった…
寂しい?
たしかに、寂しそうな顔をしていた。
やっぱり、瑠璃さん…なのかな。
だんだん、そんな気がしてきた。
でも、隠している。
なぜだ?
まだ、記憶が足りない。
早く、思い出さないと。
家に帰る。
家には、2人だけだ。
でも、
テーブルに、3人分の皿やコップを持って行っていた。
いつもの癖だ。
『・・・』
本当に、いないんだな…
『っ…』
涙が、また溢れた。
思い出が多い分、悲しみも多い。
会わなければ、こんなに悲しむことはなかった。
でも、あんなに幸せにもなれなかっただろう。
2人がいたからこそ、あんなに幸せになれたんだ。
1人でも、欠けてはいけなかった。
皿の上には、焼き魚があった。
この魚にも、家族がいたのだろうか。
友達はいたのだろうか。
『ごめんね、これしかなかったの…』
『大丈夫。魚、好きだから…』
見るのも、食べるのも、好き。
でも、魚にも命はある。
豚も牛も鶏も、生き物だから命があるんだ。
『ごめんね、お魚さん…』
琥珀さんも、涙を流していた。
『茜ちゃん、料理…教えてあげられなくて……ごめん…なさい………』
茜さんの身体は、どこにあるのだろう。
茜さんの魂は、どこにあるのだろう。
『ううっ…』
手が震えている。
忘れられない。
茜さんの苦しむ声も、ナイフを刺した感覚も…
離れない…
食事どころではない。
涙が止まらない。
しばらく会話がないまま、ベッドで横になる。
眠れない。
眠るのが、怖い。
牢屋で、眠ったとはいえ、
忘れてしまう気がするから。
琥珀さんまでいなくなってしまう気がしたから。
琥珀さんは、僕の胸で泣いていた。
『僕が…』
その事実は、何があろうとも変わらない。
『甘ちゃんは、悪くない…茜ちゃんのために、茜ちゃんの願いのために、したことでしょう?』
そうだけど…
もっと、何かできたんじゃないだろうか。
助けられたんじゃないだろうか。
『琥珀さん。もし僕が間違った方に進んでも、一緒にいてくれる?』
『何を、するつもりなの?』
『もし、だよ。まだわからないけど、選択肢を選んではいられないこともあると思うから。』
琥珀さんは、どんな時でも一緒にいてくれるだろうか。
『ずっと一緒にはいたいと思ってるよ?でも、琥珀が間違えだと思ったら止める。甘ちゃんには、間違った選択肢を選んで欲しくないし、茜ちゃんもきっとそう願っているはずだから。だから、復讐なんてしないで、』
復讐、
僕は、復讐をしようとしてたんだろうか。
わからない。
わからないことが多すぎる…
ー10月になった。
少しずつ、涼しくなってきた。
何度も何度も、瑠璃のところに行った。
『今日も、コスモスは綺麗に咲いてるよ。』
相変わらず、コスモスの花は綺麗だった。
とは言っても、
少しずつ、花が減ってきているみたいだ。
一部では、もう枯れている。
もう、見れるのもそれほど長くはないだろう。
寂しく見える。
『この子、枯れてる…』
琥珀が、枯れてるコスモスを見ていた。
『そうだな…』
季節的にも、変わり始めている。
長い間、咲いていたし、
弱いものから枯れていく頃だろう。
『植物って、生きてるのかな…』
植物は生きてはいない…
とは言えないかも?
『生きてるよ。』
『え、』
瑠璃が、言った。
『こんなに小さな種から芽が出て、茎が伸びて、葉っぱをたくさんつけて、綺麗な花を咲かせて、種を作る。それってもう、生き物だと思わない?』
たしかにそうだ。
こんな小さな種が、こんなに大きくなるんだもんな。
『自由に動けるわけじゃないから動物ではないとしても、生き物ではあると、私は思うよ。』
植物。
それは、生き物なんだ。
風が吹く。
コスモスが揺れる。
生き物、か。
多くの人たちに、遠くから見に来てくれるなんて、羨ましいな。
俺は、邪魔者扱いされるのに…
でも、寿命は短いみたいだな。
歩いて、近づく。
茶色くなって倒れているコスモスも、少なからずある。
もちろん、このコスモスも生きていたんだ。
綺麗な花を咲かせて、人々に感動を与えたうちの一つだったんだ。
『お疲れ様…』
枯れてしまったコスモスに言った。
『甘くんって、優しいんだね。』
『うわあぁ⁉︎』
瑠璃が、後ろにいた。
『驚かせちゃってごめんね。』
『べ、別に、大丈夫だし…』
心臓が止まるかと思った。
『って、優しくなんてない。俺は、優しさなんか捨てたんだよ。』
『どうして優しさを捨てちゃったの?』
『それは、優しくすればするほど、周りから舐められるからだ。優しくする必要を感じなくなった。損はしたくないからな。』
最近は、ちょっとずつ戻ってきてしまったかもしれない。
『でも、優しい方が、私は好きだなぁ、』
『そ、そうか…』
優しい方がいいのか。
2人になら、優しくしてもいいかもな。
『甘ちゃんは、植物も大切にする優しい人だよ?』
『はあ⁉︎』
な、何を言ってんだよ!
『私がね、お花を摘んだ時にね、甘ちゃんが、「お花が可哀想だろ!」って言ったの!』
『おい!それは…ほら、汚れたくないからだって言っただろ!あと、俺の真似すんな!』
『本当は優しい子なんだって知ってるよ?』
『お、おまえぇぇ…!』
琥珀は笑顔だった。
『そうなんだ〜』
瑠璃も笑っていた。
『はぁ〜』
疲れた…
『でも、恥ずかしいことじゃないはずだよ?逆に誇るべきことだよ。』
『ほこる?』
どういう意味だ?
『え、えと…いいことをしたから……』
瑠璃が、困っているみたいだ。
『まぁいいや。でも、恥ずかしいわけじゃ…ない…よ?』
『甘ちゃん、かわいい♡』
『おいごらそこ!静かにしろ!』
琥珀を指差す。
でも、笑っていた。
,,>_<,,
『やっぱり恥ずかしいんでしょ?』
『そ、そうだよ!恥ずかしいよ!何か悪いか!』
開き直ってみた。
『優しいのはいいことなのになぁ、』
『・・・』
『甘ちゃんってこんなに面白いんだね!』
『こぉ〜はぁ〜くぅ〜?』
圧をかけて言う。
『あ、ごめんなさい…』
琥珀は謝った。
『ふふふっ、2人は面白いのね。』
『面白くなんか…』
『面白いよ?』
瑠璃は微笑んで言った。
『・・・』
恥ずかしい…
『う、うるさい!もうかえる!』
俺は、瑠璃に背を向けて歩きだす。
『ま、待ってよぉ〜』
琥珀が後ろをついてくる。
『もう帰っちゃうの?』
『じゃあ、2人で遊んでこいよ。』
『3人の方が楽しいのにな…』
『知るかぁ!』
でも、戻って、
3人で、暗くなるまで遊んだ。
特に、大したものはなくて、
ただ歩き回って、
何かを見て、
人と会っては悪口を言われて、物を投げつけられた。
でも、3人なら、
怖く感じなかった。
この3人の誰1人欠けてはいけない、そんな存在だと思った。
2人でもいいけど、3人だからこそってこともたくさんあった。
『甘くんは1人だけ男の子だけど、寂しくない?』
『寂しくなんてない。そんなのは、関係ないだろ?違うか?』
『そうだね、関係なかったね。でも、甘くんの女装姿も見てみたいな。』
じょそう、ジョソウ、助走…
『じょ、そう?』
!
『除草⁉︎』
『女の子の格好をするの。』
『え”ぇ”っ”』
女の子の格好をするのぉ⁉︎
『それ、いいね!やろう!』
『ふあぁ⁉︎』
琥珀も、乗り気みたい…
『でも、できる?』
『残念だけど、今は難しいかな…』
た、たすかったぁぁぁ!
『私の服、着てみる?』
『ゑ?』
『私のでもいいよ?』
『よくないよ?』
何もよくない!
『なら、また、いつかね?』
『い、いつかですか…』
いいよそんなのは、
『もう、行くぞ!』
俺は、一番前を速く歩く。
『まってよぉ!』
2人が、後を追いかける。
枯れ葉が落ちてきた。
もう、秋も終わりに向かっている。
もう少しで冬が来るのか。
今年は、2人と冬を過ごせる。
幸せだろうな。
そう思った。ー
『んんっ…』
目が覚める。
『おそよう、甘ちゃん。』
『んぇ?おそ…よう?』
まだ、眠い。
時計を見る。
11時11分
わぁ!幸せになれそう!
・・・
『え⁉︎』
こんな時間になってたの‼︎
今までずっと寝ていたのか…
昨日、寝たのが遅かったからかな…
『ごめん、もう起きる…』
ベッドから、身体を起こす。
もう、昼食じゃん…
ご飯を食べようとした。
ピーンポーン!
インターホンが鳴る。
誰だろう。
インターホンが鳴るのは珍しい。
『・・・』
前は、酷い目にあったしな…
でも、待たせるわけにはいかないし…
インターホンの画面を見る。
と、
『え”、』
そこに、見覚えのある人が映っていた。
『誰だった?』
琥珀さんが訊いてきた。
『知らない人…』
うーん、
仕方ない、行くか…
玄関に向かい、ドアを開ける。
『急に来てしまい申し訳ございません。体調はいかがでしょうか。』
あれ?この声、聞き覚えが…
『あ、えと、こんにちは。げ、元気だよ?』
この顔に、見覚えがある。
まさか…
そこに、私服姿の星名さんがいた。
フードがないので、緑色の髪が見える。
髪を横で結んでおり、メガネをかけている。
あれ?こんな子だったっけ?
なんでここにいるんだ?
『それはよかったです。すでに、17回お呼びさせていただいたのですが、何かございましたか?』
17回も⁉︎
『あぁ、今まで寝てて…』
『左様ですか…では、まずはぬるい水を、コップ一杯飲まれた方がよろしいかと思います。』
『え?ちょっと、まっ!』
星名さんに、手を引かれる。
『失礼いたします。』
家に上がって、
『こちらでよろしいでしょうか。』
僕のコップを手にする。
『それは、僕の…』
星名さんはコップに、バッグから取り出したペットボトルの水を入れた。
『こちらは、綺麗な水です。ゆっくりお飲みください。』
『あ、あぁ…』
この水、大丈夫だろうか…
『毒などは入れておりません。そんなことはいたしませんよ。』
『そうですか…』
飲むか…
水を飲む。
味は、普通の水。
大丈夫そうかな。
『この時間、お食事はこちらをお食べください。』
星名さんがバッグから、バランス栄養食?を取り出して、差し出してきた。
『あ、ありがとうございます?』
受け取り、食べてみる…
まぁ、美味しいな。
『日の光には当たりましたでしょうか。外に出た方がよろしいと思います。』
『あの…』
『はい、何かございましたでしょうか。』
『えと…もう大丈夫ですので…』
『勝手なことをしてしまい、申し訳ございませんでした。私に、罰をお与えください。』
え⁉︎
『いやいやいや!そんなことはいいから!その、そういうのは大丈夫だから、普通にしてて大丈夫だから、その、どうすればいいかわからないので…』
『申し訳ございませんでした。普通にします。』
よかった…
『その、レインから何か言われたの?』
『はい、レイン様からは、銅様についておけと。』
レイン…
まだ、諦めていないみたいだ。
『それと、銅様にこれを渡すようにと、』
『ううっ…』
お金…
『昨日は渡せなかったので、今日は受け取ってください。』
『あ、あぁ…』
大金…
受け取る…
『・・・』
『・・・』
これから、どうしよう…
『お着替えは、なさいますか?』
『う、うん…』
『銅様に合わせた服をお持ちしました。』
『え、』
星名さんのバッグから、たくさんの服が出てきた…
『こちらと、こちらと、こちらと…』
何その貴族が着てそうな服は⁉︎
『こちらはいかがでしょうか。』
『うーん…』
それも、貴族の着てそうな服だな…
『では、こちらはいかがでしょう。』
『えぇ…』
女性向けじゃない?
それも、
肩が出るし!
ピンクのリボンがあるし!
『それはまずいかと…』
琥珀さんと星名さんならいいだろうけど、
僕が着るべき服では…
?
待てよ?
もしかしたら…
『その服、使えるかも。』
『かしこまりました。では、こちらでお着替えを。』
『え?』
『私が、お手伝いさせていただきます。』
『いや!そういうのはいいって!』
『申し訳ございませんでした。』
『大丈夫だから、ね?』
あ、今はいいんだけど…
今は、他のかいいんだけど…
・・・
仕方ない、
着替える。
・・・
失敗した…
恥ずかしい…
『似合っております。』
『・・・』
『か、かわっ!』
『え?』
カシャカシャカシャ!
琥珀さんが、スマホのカメラを向けていた…
『ちょっとやめてぇ‼︎』
『お化粧はいたしますか。』
え、お化粧?
『や、やめときます…』
『そのままでもお素敵です。』
『・・・』
一体、何をさせられているんだろう…
まぁ、服は僕が選んだんだけど…
でも、今はまだ…
まだ、時間ではない…
『ウィッグとコンタクトもありますが…』
『えっと、だい…』
『こちらはいかがでしょう。』
『長くない?』
それは、
琥珀さんと同じくらいの長さのウィッグだった。
『いいと思う!』
『いやあ!だめでしょ!』
・・・
そうして、
『お外に出た方がよろしいかと思いますがいかがなさいますか?』
この服で…
この髪で…
『ちょっとだけ…』
外に出る…
『この服、星名さんの方が似合うのではないかな?』
『私には可愛すぎますし、大きさも合いませんので。』
『大きさは合わないかもしれないけど、似合うとは思いますよ?』
『銅様の方がお似合いです。』
『いやいや!女性向けっぽいし、星名さんの方が似合うかと思いますよ。』
『私だって男ですので、似合いませんよ。』
男?
おとこ?
オ・ト・コ?
『え?』
一瞬、男が何かわからなくなった。
『私、よく間違えられますが男です。』
『・・・』
マジか…
信じられない。
それほど、少女に見えていた。
『女の子だと思ってた…』
琥珀さんもそう見えていたようだ。
『申し訳ございません。隠していたつもりではなかったのです。』
そうか…
ずいぶんと可愛らしい男だこと…
その後、歩き回って、
『・・・』
剣士署の前を通る。
と、
奏さんがいた。
そうか、もうお昼か。
ちょうどいいな。
行こう。
『か、かなで…さん……』
緊張して、声が裏返った。
奏さんが、こちらを見た。
恥ずかしい…
『え、誰…』
少し、驚いているようだった。
『アカガネ…』
『なに、してるの…』
奏さんは、引いていた。
『え、えと…女装……』
夢で見た。
確か瑠璃さんは、
女装した姿が見たいとか言っていた。
もし、奏さんが瑠璃さんなら…
『刑務所に戻した方が良さそうね。』
『え…』
怪しい物を見るような目。
あ、僕が怪しいのか…
あれ、女装ってこういうことじゃないのか?
化粧をするべきだった?
『・・・』
奏さん?
『こちらを睨みながら無言で剣を抜かないでぇ!』
『いまさらーーーーーー』
『え?』
奏さんが何かを言ったが、よく聞こえなかった。
『かわいくなんて…ないんだからねっ‼︎』
『はあっ‼︎』
奏さんの頬が、赤くなっていく。
ほぼ、確定した。
この人、瑠璃さんだわ。
『その、僕は記憶喪失で、記憶がなかったんですけど、最近は思い出してきてるんです。瑠璃さんのことも、思い出してきてるんです。』
『瑠璃なんて、知らないわ。』
奏さんは、知らないふりをした。
『お待たせしてしまって、申し訳ございませんでした。その、お久しぶりです、瑠璃さん。』
『だから、知らないって言ってるでしょ!』
『コスモス畑で会って、シロツメクサの冠をつくっ…』
『なにもしらない!きょうみない!』
『瑠璃ちゃん、無事だったんだね。また、あそぼう?』
『あそばない!』
琥珀さんも声をかけたが、認めない。
なぜだろう…
『その、何か、悪いことをしたなら謝る。だから、昔みたいに仲良くしてくれないかな。』
『仲なんて、よくない。人違いよ。』
『そんな…』
ある程度、わかってきてはいた。
でも、
まだまだ足りないのだろう。
もう少し、時間が必要だ。
『銅様の言う、‘瑠璃さん’については分かりませんが、‘こちらの方’の反応を見ると、何かを隠しているように見えます。』
『かくしてない!かってなこといわないで!』
そうは言うけど…
星名さんまでそう思うんだ。
やっぱり、そうなんだろうな。
『奏って、ツンデレなのか?』
『は、はあ⁉︎』
『あ…』
奏さんの後ろから、如月さんが歩いてきた。
『よっ!久しぶりだな、あかが……誰?』
『久しぶ……』
如月さんは、笑顔から不思議そうな顔に変わる。
気まずいな…
色々な意味で。
『銅…だよな?甘の姉さん?妹さん?』
『銅.甘です…』
気まずっ!
『甘なのか⁉︎はははっ!面白い格好してんな!』
でも、如月さんはあまり気にしてないみたいだ。
『あなた、私に向けてツンデレと言ったの?』
『そうだけど?だって、どう見てもツンデレじゃん。』
『ちがう!ツンデレなんかじゃない!』
『顔、赤くなってんぞ?』
『う、うるさい!もうかえる‼︎』
『まだ仕事、終わってないぞ?』
『・・・』
奏さんは、僕たちに背を向けて歩き出した。
あんな奏さん、初めて見た…
『奏って、あんな感じなんだなぁ。ツンデレ奏、悪くないな。』
『あぁ、そうか…』
消え入りそうな声で言った。
『んで、どうしたんだ?そんな格好してよぉ。』
『ええと…奏さんが、昔の友達なんじゃないかと思って…』
この空気、ツラい…
『え、そうなん?友達なん?』
『でも、あんな性格ではなかったはずなんだけどな…』
夢の中の瑠璃さんは、優しい人だった。
でも、
奏さんは…ツンデレ?だった。
『へぇーそうなんだ。そんで、剣士はどうすんのか、あん時何があったのかを訊いてもいいか?』
『・・・』
如月さんに、言いたくない…
言うのが、怖い…
『そうか。』
?
何も、言ってないはずなのに…
『無理はするなよ。銅なら、どんな選択をしても上手くいくさ。でも、ここにいつ戻ってきてもいいんだぜ?いつでも待ってるからよ、その時はまた一緒に、この島を平和にしてやろうぜ。』
如月さんは、笑顔だった。
『はい…』
泣きそうになった。
いつかまた…戻れるだろうか。
『桜乃のヤツ、泣いてたぞ?』
『っ……これからは、お願いします…』
『わかった、任せとけ。』
『今まで、ありがとうございました…』
寂しいな。
でも、寂しいということは、
楽しかったんだろうな…
『おう!こっちこそ、ありがとな!』
如月さんが手を振る。
僕は少しだけ笑顔を見せて、歩く。
長いようで短かった。
もっと、あそこに居たかった…
『銅様、悲しい思いをさせてしまい申し訳ございません。』
『構わないよ。僕も、強くならなきゃいけないから。』
そうだ、
いつまでも、弱いままではいられない。
落ち込んでいる場合ではない。
深呼吸をする。
『もう、これくらいでいいよ。僕たち2人でも、問題ないから。ありがとね。』
『左様ですか。』
星名さんが、少し寂しそうな顔をしたように見えた。
星名さんと別れて、家に帰る。
『甘ちゃん。琥珀も、頑張るね。』
『あぁ、強くなって、大事な人を守れるようにならないとな。』
強くなるために、できることをしよう。
自分から幸せを掴みにいこう。
体力をつけるためにランニングをして、
筋力をつけるために筋トレをして、
ナイフを振る。
それから、本気で頑張った。
琥珀さんも、一緒に頑張ってくれた。
そして、
夢を見た。
何度も、瑠璃さんのところに行って、コスモスを見て、人気のない道を歩き、色々話した。
幸せな日々が続いた。
ー『もう、枯れちゃったね…』
『あぁ、寂しいな…』
『綺麗だったのに…』
畑にあるコスモスは、茶色くなって萎れていた。
いつかは来るもの、
それはわかっている。
でも、悲しい。
ずっと、綺麗な花をつけてくれていた。
見惚れてしまうほど綺麗だった。
『お疲れ様、だね。』
『それは…』
前、俺が言ったこと…
『コスモスさん、お疲れ様でした。』
琥珀さんは目を閉じて、両手を合わせて言った。
今は、あの鮮やかな色がなくとも、
コスモスなんだ。
『楽しませてくれて…ありがとうございました。』
俺も、目を閉じて手を合わせる。
生き物、なんだよな。
コスモスにとっての終わり。
『でも、今年はいつもより長い間咲いててくれてたんだよ?』
『そうなのか…』
だけど、
たったの3ヶ月くらいしか見れなかった。
いつから芽が出始めたのかはわからないけれど、1年さえもたないんだ。
花なら、一週間くらいで枯れる。
それほどしか寿命がない。
自由に動くこともできず、暑い中、青空を見上げることしかできなかったんだ。
俺たちと、どちらが辛いだろうか。
風が吹いた。
落ち葉が、どこからか舞い落ちてくる。
今は、11月になった。
『瑠璃、酷いいじめは受けてないか?』
『毎回訊いてくるね。やっぱり優しいんだね。』
瑠璃の怪我は、見るたびに酷くなっているような気がする。
『そんな怪我をしてれば、気になるに決まってる。』
『大丈夫だよ。これくらい、慣れてるから。』
瑠璃とは、学校が違う。
だから、学校では守ってあげられない。
『本当に、大丈夫なのか?』
『うん。』
そうは言うけど、
寂しそうに見える。
俺と琥珀は学校に行っていないのでいじめられることはほとんどない。
たまにあった人から物を投げられたりするくらいだ。
『瑠璃も、学校なんていかなくてもいいんじゃないか?』
でも、
『親に、迷惑はかけたくないから。』
親のことばかり考えているみたいだ。
自分が傷つこうとも、親に心配をかけたくない、か。
その気持ちはわかる。
俺も、本当の親には隠していたっけ。
傷のせいでバレたけど、ギリギリまで誤魔化していた。
『親はその傷を見て、何も言わないのか?』
『親も、いじめられてるから。それどころじゃないの。』
親も…
『親までいじめられてるのか?』
『私のせいなの。私が人狼だから、昔は優しかった親が、今はおかしくなっちゃった。だから、家にはなるべくいない方がいいの。』
『それは、瑠璃のせいじゃない!人狼だからって、いじめる周りが悪いんだよ!』
人狼が、なぜいじめられるのか。
その理由は、能力と筋力が、普通の人間より高いからだと聞いた。
ただそれだけ。
なのにいじめられるんだ。
まずそれが、おかしいんだよ。
『だったら、3人で暮らそうよ。』
琥珀が言った。
『え?』
『今は甘ちゃんと、こんてな?に住んでるの。近くに前行ったお弁当屋さんがあって、お弁当も食べれるから大丈夫だよ。』
そうだ。
そういう守り方もできるんだ。
『そうだな。俺も琥珀も、家出したし学校にも行ってない。瑠璃だって、家にも学校にも行かなくたっていいんだよ。』
さっき、あまり家にいない方がいいって言っていた。
ならいっそ、家を出ればいいんだ。
その方が、苦しむことも少ない。
圧倒的に少なくなったんだ。
そうすれば、きっと…
『それはとっても嬉しい提案だね。だけど、親のために、しないといけないことがあるの。今の親は、精神的におかしくなっているから、私がお世話をしてあげなきゃいけない。』
『本当に、そうしなきゃいけないわけじゃないだろう?そんな苦しんでまで…』
『私が原因だから。それに、苦しくなんてないよ。大事な人たちだから、私くらいしか優しくしてあげられないから、いいの。』
『親からは、いじめられてないんだよな?それなら…』
いいのだろうか。
やっぱり、わからない。
『大丈夫、大丈夫だよ。私がそうしたいんだから、平気だよ?』
瑠璃は笑顔だった。
そうか、大丈夫か…
今の俺に、できることは少ない。
でも、少しだけでもいい、
できることをしてあげよう。
あの後も、俺と琥珀は、コスモス畑だった場所に行った。
『今日も、来てくれたんだね。もう、来なくなるんじゃないかと思ってたよ。』
『友達なんだろ?くるに決まってる。コスモスだけを見にきてたわけじゃないからな。』
『そうだよ?今日もあそぼうよ。』
『ありがとう、いつも来てくれて。』
瑠璃は、笑顔を見せる。
でも、どこか遠くを見ているような、
何かが違う気がした。
『暇だからな。』
何も、することはなかった。
だからここにくる。
今日も、あてもなく歩く。
それだけでも楽しくて、幸せだから。
今日は、森の中を歩く。
この時期は、木の葉っぱが綺麗だから、見て歩くことになった。
もうだいぶ落ちてしまっていたけど、地面が綺麗だ。
確か、これが…
モミジ、だったっけ。
落ちてしまっていたモミジの葉っぱを手に取る。
不思議な形だ。
『それはちょっと大きいから、カエデかな。』
カエデ?
たしかに、モミジより大きいかもしれない。
俺の手より大きかった。
他にも、見てまわる。
と、
何かが聞こえてくる。
水の流れる音?
少し進むとそこに、
川があった。
少し高いところから水が落ちている。
綺麗な水だった。
こんなに綺麗な水が流れる川なんて、見たことがない。
落ち葉も流されていて、それも綺麗に見えた。
『川に入ってもいいかな?』
琥珀が言った。
『からだも洗いたいし…』
またか。
まぁ、仕方ない。
しばらくの間は、水道の水で体を洗っていたからな。
でも最近は、冷たいからと嫌がっていた。
でも、
『川も冷たいんじゃないか?』
琥珀は、川の水を触った。
『うん、冷たい…』
やっぱりな。
『お風呂、入りたい…』
食料なら弁当があるし、
水なら、近くの公園に水道があるし、トイレもある。
でも風呂なんて、そんなものはない。
『ごめんね。私のところも、難しいかな…』
瑠璃の親のことは聞いている。
これ以上、人狼とは関わらないようにした方がいいだろう。
『ならはいる…』
11月、
もう、肌寒い季節だ。
そうなると、
もうそろそろ、弁当屋のおじさんが言ってたところに泊めさせてもらった方がいいだろうか。
まだ怖いけれど、
そこなら、風呂だってあるだろう。
今日、行ってみるか。
『甘くん、琥珀ちゃんが入るって言ってるよ?向こうに行こう?』
『え、ほんとにこんな冷たい川に入るのか?』
『ちょっとだけ入る。』
そうか…
『今度は転けないよう、気をつけろよ?』
前は、転けそうになってたからな…
琥珀が、服を脱ぎだす。
『甘くん?そういうのはよくないと思うよ?』
『え?』
瑠璃に、手を引かれた。
そして、草木の裏まで連れてかれる。
『いや、前に…川で転けそうになってたから…』
『そうじゃなくて、男の子が女の子の裸を見るのはよくないんだよ?』
『え、そうなのか?』
知らなかった…
って、前に見たような…
どうしよう…
『甘くんは、ここにいてね?』
瑠璃にそう言われて、置いてかれた…
俺は、近くの木にもたれかかる。
1人か。
『・・・』
“1人は、周りに合わせる必要はないし、自分の好きなように、自由でいれる。だから、友達なんていらない。”
昔、俺はそう言っていた。
そのはずだ。
なのに…
1人って、こんなに寂しかったっけ?
昔は親しかいなくて、1人が当たり前だったはずなのに…
『こんなに、寂しいなんてな、』
今では考えられない。
今は、2人の友達がいて、1人とはほぼずっと一緒にいた。
1人じゃなくなったんだ。
初めは、出会って、
あの子を守って、
あの子が後をついてくるようになって、
あの子と友達になって、
あの子に名前をつけて、
琥珀と近くを歩いてまわって、
琥珀と家出をして、
琥珀と一緒に倉庫に住んで、
琥珀とお花畑を見て、
また新しい友達ができて、
その子にも名前をつけて、
瑠璃と、3人で遊んで、
楽しくて、幸せになった。
『友達って、いいな。』
こんな気持ちになったのは、初めてかもしれない。
親とは違って、同じくらいの年齢で、
人狼だからだろうか。
本当に安心できる気がする。
でも、
変わってはいないこともある。
空を見上げる。
木の葉の隙間から、光が見える。
眩しくて、目を細める。
父と母は、俺のことを見ているだろうか。
神様は、俺のことを見ているだろうか。
『俺は、間違っているのだろうか…』
この世界は、誰かにとっては天国で、
誰かにとっては地獄、
そういう場所なのかもしれない。
なら、俺は…
どこかで、間違えたのかもしれない。
それは、あの2人に失礼か。
色々考えた。
でも、答えは見つからない。
まだ、情報が足りていないのだろう。
『なぜ、人狼はこんな目に遭わなきゃいけないんだ?』
答えは、返ってこない。
静かに、水の流れる音が聞こえる。
そして、鳥の鳴き声も聞こえた。
それだけだった。
しばらくして、
『甘ちゃん、待たせちゃってごめんね?』
琥珀と瑠璃がきた。
『気にすることじゃない。』
俺たちは、来た方向へ戻る。
そして、瑠璃と別れる。
『またね、』
手を振って、歩く。
でも、帰らない。
『甘ちゃん?どこに行くの?』
僕は答えない。
そのまま、弁当屋へ行く。
『どうだ?決めたか?』
弁当屋のおじさんが訊いてきた。
『泊めてください。いえ、住まわせてください。お願いします。』
俺は頭を下げて言った。
この人なら、信じてもいいだろう。
『俺のことを信頼してくれたみたいだな。大変だったろ?もう少し待ってろ、店を閉めるからな。』
おじさんは、片付けを始めた。
『手伝うよ。』
俺は、片付けを手伝おうとした。
『いや、いい。そこで待ってろ。』
だが、断られた。
なら、ここで待っていよう。
『甘ちゃん、住むって?何かあったの?どうするの?私、1人はいやだよ…』
琥珀が、俺の体を揺らしてくる。
『宿屋とかいうところに住まわせてもらえるらしい。だから、2人で住むんだよ。』
これで、琥珀は喜ぶと思っていた。
でも、
『え…』
琥珀は、悲しそうだった。
『風呂にも入れるだろうし、布団で寝られるだろうし、その他にも色々あると思うぞ?』
だけど、
『人がいるところ、や。』
琥珀は、嫌がった。
『見るだけでもいい。この人なら、信じてもいい気がする。』
俺の、予想でしかないけれど、
あんな狭くて何もない場所にいるよりはいいだろう。
と、
弁当屋のおじさんが、スマホを取り出す。
そして、耳に当てて、話し始める。
?
何をしてるんだろう。
スマホとやらは、すごいんだな。
もちろん、触ったこともない。
しばらくして、
『今から行ってもいいってさ。』
今から行く、のか…
少し、怖くはある。
でも、行こう。
『じゃあ、行くぞ。』
俺は、後ろをついていく。
琥珀も、俺の後ろに並ぶ。
琥珀が、手を握ってきた。
少し、震えている。
怖いのか…
少し歩いて、
『ここだ。』
宿屋に着いた。
建物に入る。
と、
『あらあら、可愛らしい子ね。』
1人の女性が立っていた。
『この2人が、電話で言った子だ。お願いしてもいいか?』
女性は、俺たちを見た後。
『もちろんよ。私たちがこの子たちを幸せにするわ。』
優しそうな笑顔。
でもその笑顔がいつまで続くのか、俺にはわからない。
あの母も、最初の方はそうだった。
だから、信じられない。
最悪、すぐに本性を現すだろう。
『銅.甘。よろしく、お願いします。』
頭を下げる。
『銅.琥珀です。よろしくお願いします…』
琥珀も、真似をするように頭を下げた。
『うふふ、いい子たちね〜。私は、田沼.藍子[タヌマ.アイコ]よ。よろしくね〜。』
にっこりと、優しそうな笑顔をした。
そこでなんとなく、
この人は、あの母と違う気がすると思った。
本当に、優しくしようとしてくれているような…
よくわからない。
でも、この人は…
大丈夫なのかもしれない。
その後、
『ここと隣の部屋は自由に使っていいからね〜』
部屋へ案内された。
2部屋も使わせてもらえるなんて、思ってなかった。
『ありがとうございます。』
何度も頭を下げた。
本当に何一つ不便はなかった。
『はっはっはっ、久しぶりに若い子が来たなぁ!』
父だろう男性も、優しそうだし、
ご飯も風呂も布団もちゃんと使わせてもらえる。
『ここ、いいかも。』
琥珀も、もう安心しているようだった。
これなら、もっと早くくればよかった。
逆に少し後悔してしまうほどだった。
でも問題は、
いつまで続くかだ。
最初だけなら意味がない。
どうか、この幸せが終わらないように願うしかなかった。
『甘ちゃん、一緒に寝てもいい?』
琥珀が、隣に座った。
『隣の部屋にも布団、あるぞ?俺がそっちでもいいけど、』
『一緒がいいな。』
『一緒、か…』
『うん、』
琥珀と、同じ布団で寝ることになった。
狭いけど、
まぁ、いいか?
久しぶりの布団。
いつのまにか、意識が遠くなっていた。ー