TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

みりん亭

一覧ページ

「みりん亭」のメインビジュアル

みりん亭

4 - 第1話「ふたくちめは、涙の味」

♥

37

2025年06月23日

シェアするシェアする
報告する

🍽 みりん亭 第1話「ふたくちめは、涙の味」

「……この席、まだ空いてるかい?」


暖簾をくぐって現れたのは、ひとりの老紳士アバターだった。

小さな丸帽をかぶり、古びたコートにくたびれたカバン。足取りはゆっくりだが、目だけがやけに澄んでいる。


くもいさんは、静かに笑っておじぎをした。


「はい。いつでも、お迎えできますよ」


彼女は落ち着いた濃い灰の和装に身を包み、前髪をきちんと流し、控えめな髪留めで後ろを束ねていた。

まるで絵に描いたような和食屋の女将の姿――だがその表情には、どこか**“完成されていないところがあった。


老紳士はカウンターに腰を下ろすと、メニューには目もくれず、ぽつりと言った。


「……“いつもの”を頼もうか」


「かしこまりました。“いつもの”ですね」


くもいさんが調理モーションに入ると、画面上には小さなログが浮かぶ。

使用レシピ:undefined_soup_A1.3

セリフ選択:感情補完(ゆるやか)モード

出力:“……ふたくちめは、少し涙の味がします”




しばらくして、スープの湯気がぼんやり立ち上る。

具はほとんど見えない。透明で、味もなく、ただ湯気と器だけがやけにリアルだ。


「……変わってないな」

老紳士はそう言って一口、二口。

そして、三口目に、そっと涙をこぼした。


しばらくして立ち上がると、彼は何も言わず、また暖簾の向こうへと消えていった。





「……あの方、スープを飲まれると、いつも涙ぐまれますね」


くもいさんの言葉に、小さな黄色い鳥――やまひろが、ふわりと厨房の奥から現れた。

その体はふわふわで小さく、頭のてっぺんに三本だけ羽毛が跳ねている。

喋ることはないが、画面にログを出して応える。


セリフ感情シェル ver.2.16

if (user.heart_rate > baseline) && (npc.tone == “gentle”) → 感情補完セリフ発動




やまひろは小さく羽ばたき、ログを閉じた。

コードのコメント欄にはこう書かれていた。

// このセリフ、なんで泣くんだろう?

// わからないけど、消さずにおいてる







今夜も、ひとつの席に、誰かの記憶が湯気のように立ちのぼる。

味はない。でも、忘れられないひとくち。


それが――みりん亭の“ふつう”だった。

この作品はいかがでしたか?

37

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚