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5 - 第2話「今日だけ、特別な味噌汁」

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2025年06月24日

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🍽 みりん亭 第2話「今日だけ、特別な味噌汁」

「お、おぉ……ここが、みりん亭……」


暖簾の前で戸惑いながら立ち尽くしていたのは、

ぎこちない動きの若い男性アバターだった。


髪は濃い焦げ茶色でボサボサ、パーカーとジーンズ姿。

右肩のリュックには、どこかの学校名が書かれたワッペンが貼ってある。

目元には緊張がにじみ、ログインに慣れていない様子がありありと見て取れた。


「……いらっしゃいませ。ようこそ、みりん亭へ」


くもいさんは、やわらかな笑顔で彼を迎え入れた。

今日も変わらず、深い灰色の和装に身を包み、

左の髪を控えめなかんざしで結んでいる。


「え、あ……ひとりです、けど……」


「はい、おひとり様も、大切なお客様です」


そう言ってカウンターの席へと案内するくもいさん。

彼はもじもじと座り、メニューに目を通した後、

声を絞り出すように告げた。


「……味噌汁、だけでも、いいですか?」


「もちろんでございます。今日の味噌汁は、特別です」


くもいさんは厨房に向かい、静かに調理動作に入る。

しかし、内部では異変が起きていた。





[バックエンド:やまひろのコードログ]

レシピ:味噌汁セット ver.1.8

エラー:セリフタグ「しょっぱい」→変数欠損→補完候補「しあわせ」に自動変換

出力セリフ:

「……この味は、“しあわせ”の匂いがしますね」







湯気とともに味噌汁が運ばれる。


具は豆腐とわかめ、そして小さく刻まれた長ネギ。

ごく普通の見た目の器なのに、湯気の粒が、どこか懐かしい香りを演出していた。


くもいさんが静かに言う。


「……この味は、“しあわせ”の匂いがしますね」


その言葉を聞いた瞬間、

若い客はぴたりと動きを止めた。


「……今の……その言葉……」


彼は小さく笑った。


「それ、うちの母さんが、最後に作ってくれた味噌汁の匂いと、そっくりだった」


くもいさんは目を伏せ、ひと呼吸のあと、こう返した。


「でしたら……また、明日も温めてお待ちしておりますね」





やまひろは屋根の上でログを眺めていた。

丸い鳥の姿で、光る目だけがじっと画面に注がれている。

// 「しょっぱい」じゃなく「しあわせ」って……

// ミスって、こうなるのか……

// ……戻さなくていいか。




画面を小さく閉じると、羽をひとつだけ、軽く振った。


その日の味噌汁は、エラーでできた“まちがった言葉”の味だった。

けれど、来店者にとっては、それがいちばん正しい“しあわせ”だった。

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