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「確認?」
仁さんの視線が俺に向けられる。
その真剣な眼差しに、俺は一瞬言葉に詰まった。
でも、ここで言わなければ。
今まで心の奥底に秘めていた想いを、ちゃんと伝えなければ。
手のひらに汗をかいているのが分かる。
でも、後退はできない。
仁さんと真剣に向き合うために、俺は覚悟を決めていた。
「えっと、この前…仁さんに偉そうに色々言っちゃったと思うんですけど、俺は仁さんと…正式な番になって、結婚とかも、できたらなって思ってるんです」
言い終えると、少し恥ずかしくなってきて、最後の方は尻すぼみになってしまった。
自分の声が震えているのが分かる。
こんな大事なことを言うのに、なんで俺はこんなに頼りないんだろう。
顔も熱くなってきて、きっと真っ赤になっているに違いない。
でも、仁さんはじっと俺の目を見つめていた。
その視線に嘘偽りはなく、真摯に俺の言葉を受け止めてくれているのが伝わってくる。
仁さんの瞳の奥に、何か深い感情が宿っているのが見えた。
すると──
「なら、丁度いいか。俺からも話があるって言ったろ?」
仁さんの声に、いつもとは違う響きがあった。
少し低くて、でもとても優しい声だった。
「え?はい」
俺の心臓が更に激しく鼓動を始める。
仁さんの表情が、いつになく真剣だった。
「俺も楓くんとは正式に番になりたいと思ってる。結婚も考えてくれてるなら、こんな嬉しいことはない」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが弾けたような気がした。
嬉しさと安堵が一気に押し寄せてきて、思わず目頭が熱くなる。
仁さんも同じことを考えてくれていた。俺との未来を、本気で考えてくれていた。
「お兄さんに、しっかりと俺の誠意を見せる必要があるし、是が非でも行かせてくれ」
仁さんは真剣な表情でそう言ってくれた。
その声には、これまでに聞いたことのないような決意が込められていた。
仁さんの手が、テーブルの上で軽く握られているのが見える。
(仁さん……)
いつも堂々としているこの人のこんな表情を見るのは初めてだった。
それが何よりも嬉しい。
仁さんが本気で俺との未来を考えてくれている。
俺との関係を、兄にも認めてもらいたいと思ってくれている。
カフェの周りの音が遠のいて、俺には仁さんの声だけが聞こえているような気がした。
この瞬間が、俺たちにとってどれだけ特別なものかを、身体全体で感じている。
そして俺は覚悟を決めて──
「分かりました。是非ともお願いします」
と答えれば、仁さんはあぁ、と笑ったのだった。
その笑顔は、いつもの余裕のある笑みとは少し違って、どこか安堵の色が混じっているように見えた。
「それで……お兄さんとの約束はいつなんだ?」
仁さんが身を乗り出すようにして聞いてくる。
その積極的な態度が、仁さんの本気度を物語っていた。
「ああ……それなんですけどね」
俺は少し苦笑いしながら答えた。
実は、兄との約束の日程について、まだ少し複雑な事情があった。
兄も忙しいし、仁さんのスケジュールとの兼ね合いもある。
でも、きっと近いうちに実現できるはずだ。
◆◇◆◇
それから数日後──
仁さんの車に乗せてもらって、兄の住む一軒家の前に到着した。
今日は土曜日で、休日。
空は雲一つない快晴で、春の暖かな日差しが心地よい。
でも、俺の心は緊張で少しざわついていた。
車の中でも、俺は何度も深呼吸を繰り返していた。
手のひらに汗をかいて、足も少し震えている。
こんなに緊張するなんて、自分でも驚いてしまう。
隣にはカシミヤのスーツをビシッと決める仁さんが。
普段のカジュアルな服装とは打って変わって、今日の仁さんは完全にフォーマルモードだった。
凛とした空気を纏う仁さんはやっぱり格好良い。
そして少し緊張しているのか、いつもに増して硬い表情だった。
ハンドルを握る仁さんの手が、微かに震えているのが見えた。
この人でも緊張するんだなと思うと、なんだか親近感が湧く。
と同時に、俺たちのためにここまで真剣になってくれていることが改めて嬉しかった。
車を降りる前に、仁さんは一度深呼吸をした。
その姿を見て、俺も同じように深呼吸をする。
二人で一緒に気持ちを整えて、これから始まる大切な時間に備える。
(どうか上手くいきますように!)
そう祈る気持ちを込めて拳をぎゅっと握りしめた。
車を降りて、兄の家の前に立つ。
見慣れた一軒家だけど、今日はなんだかいつもと違って見える。
まるで運命の扉の前に立っているような、そんな気持ちだった。
門から玄関までの短い道のりを歩きながら、俺は仁さんの隣にいることの心強さを感じている。
一人だったら、きっとこんなに勇気は出なかった。
インターフォンを押してしばらく待つと玄関扉が開き、中から兄が顔を出した。
兄は俺たちを見て、一瞬だけ表情を引き締めたけれど、すぐにいつもの優しい笑顔を見せてくれた。
「久しぶり。犬飼さんも…さ、上がって」
兄はいつも通り優しい笑顔を見せながら家の中に招き入れてくれた。
でも、その笑顔の奥に少し緊張の色が見えるのは、俺の思い過ごしだろうか。
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