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大学生の美咲は、一人暮らしを始めてからというもの、部屋で“誰かの視線”を感じるようになっていた。
最初は気のせいだと思っていたが、その感覚は日ごとに強くなっていく。
ある夜、レポート作成に疲れた美咲は、ふと背中がむずむずし、誰かがすぐ後ろに立っているような気配に耐えきれず、くるりと振り返った。
当然、部屋には誰もいない。
「気のせい、気のせい……」
自分に言い聞かせ、パソコンを閉じて寝ることにした。
布団に入って数分。
枕元に置いていたスマホが突然、勝手に録画を開始した。
心臓が早鐘を打つ。
画面を見ると、スマホはカメラを美咲の顔ではなく――部屋の隅を向けている。
なぜか、隅の暗がりに“影”のようなものが揺れていた。
震える手で録画を停止しようとした瞬間、映像の中の“影”が、スッと動いた。
美咲が寝ているほうへ向かって。
息が詰まる。
そのとき、スマホのスピーカーから、ひそりとした声が聞こえた。
「どうして……ふり返ったの?」
美咲は叫び声をあげてスマホを投げ出した。
しかし次の瞬間、布団のすぐ後ろから同じ声が囁いた。
「ふり返ったのは、私じゃないのに」
もっと長い話や別のタイプの恐怖(心霊系、実話風、都市伝説風など)も書けます。
どんなテイストが好みですか?
スマホを投げ出した拍子に、画面は床に当たって薄いヒビが入った。だがそれでも録画ボタンは押されたまま、赤い丸が点滅している。美咲は震える手でそれを拾い上げ、惰性で再生を押した。
映像は、さっきまで見ていたのと同じだった。暗がりの隅の影がゆらりと動き、布団の方へ近づいてくる。だが、次の瞬間、画角の端に――寝ているはずの美咲の顔が映り込む。目は閉じている。胸が上がり下がりしているから、確かに寝ている。ところが、枕元の向こう側、ちょうど布団の折り返しのあたりに、人影が座った。
その人影はすぐに頭をこちらへ向けた。真っ暗で表情は見えない。でも動作が――動き方が、あまりにも自然で、人間の「振り返る」運動そのものだった。画面の中の美咲の肩が、ほんの少し揺れて、誰かが抱き寄せたように見えた。
そして、影の口が動いた。低い、耳慣れない声。
「やっと、見てくれたね」
美咲の指がスマホを握る力が抜けた。画面はそこで途切れ、次のファイルへ勝手に進んだ。フォルダの中には他にも録画ファイルが残っている。日付が不規則に並んでいた。ほとんどは深夜、午前二時から四時にかけてのものだ。
恐る恐る、一番古いファイルを開く。そこには、引っ越して間もない頃の自分が映っていた。部屋は片付いていて、ダンボール箱がまだ積んである。美咲はカメラに向かって手を振り、笑っている。だが床の隅に、薄く光る何かが見えた。それは小さな影のようで、じっとこちらを見返している。影は微かに頭をかしげ、まるで考えているように見えた。
次のファイルでは、その影が少しずつ動く様子が写っていた。最初はじっとしているだけなのに、ある夜を境に、角材をすり抜けるようにして、ベッドの近くまで進んでいる。画面の向こうの美咲(過去の自分)は、読みかけの本を顔の上に落とし、うとうとと眠りに落ちる。影は美咲のすぐ後ろに座り、静かに背中を撫でているようにも見えた。
美咲は手で顔を覆い、そこに書かれている自分の無防備な寝顔を見ていられなかった。息が詰まる。どうしてこんな映像が? どうして私は気づかなかった? 現実では感じていた視線が、ただただ恐ろしく拡大していく。
そのとき、部屋のドアの外で、ゆっくりとノックの音がした。人の声も聞こえる。別の部屋の住人か、管理会社の人か——。だが、ノックは三回、間を置いてまた三回。リズムが微妙に不吉だ。美咲は体が凍りついた。録画の中の影が、まさにそのリズムで頭を動かしていたからだ。
ノックが終わり、戸口の陰から、低い声が漏れた。
「美咲さん、いますか? 水道の点検ですけど……」
現実の声に我に返り、美咲は急いで窓のカーテンを引き、部屋の電気をつけた。心臓が破裂しそうだ。内側から鍵をかけ、ドアスコープに目を押し付けて覗く。廊下には誰もいない。少し離れたところで、ドアを軽く叩く音だけがかすかに残っている。
戻ってきて、また録画を見る。最後のファイルには、はっきりとした映像が残っていた。過去のある夜、寝返りを打った「美咲」の後ろにもう一つの顔がゆっくりと浮かび上がる。それは鏡に映った自分の顔でも、誰かのいたずらでもない。ただ「似ている」、それだけで人の心を凍らせる、誰かの顔だった。少しだけ笑っている。笑い方が、どこか懐かしい。美咲は思い出した――子どもの頃、祖母が昔話で言っていた話を。
「鏡の裏に、もう一人のあなたがいるって。見ちゃだめよ。見られると、取り替えられるんだって」
美咲はその言葉を笑い飛ばしていた。しかし今、手の中の画面に映るその顔は、祖母が言った「もう一人」に似ていた。だが祖母は、そんな話を本気で信じていたわけではない。そう思っていたからこそ、祖母は晩年、鏡をすべて布で覆っていたと、美咲は突然思い出した。
一種の直観が、喉の奥でざわめいた。録画はまだ続く。影が「こちら」に近づき、そして確かに、「振り返った」。だが映像の向こうの「振り返ったほう」は、本当の美咲ではない。動作は同じだが、目の奥に光る色が違う。こちらを見つめるその目に、温度がない。
美咲は立ち上がり、部屋中の鏡を探した。小さな卓上鏡、姿見、トイレの鏡。どれも布で覆った記憶はない。が、指先で鏡に触れると、表面は異様に冷たい。鏡の向こう、薄く曇ったガラスの中に、何かがいる気配がした。息を止めて、そっと鏡に顔を近づける。
そこには、確かに自分の顔があった。だが、その隣にもう一つ別の顔が、ぎゅうっと重なって見える。最初はぼやけているだけだった。だが目をこらすと、その顔はとてもはっきりしてきた。笑っている。美咲が振り返る前の、あの録画に映る笑いと同じ笑い方だ。
鏡の中の「もう一人」が、唇を動かした。音は聞こえない。だが、心に直接響くように、言葉が湧いた。
「ねえ、変わってあげる。ずっと、待ってたんだよ」
美咲は叫び声を上げ、鏡をひっくり返そうとした。だが指先が鏡の縁に触れた瞬間、冷たい何かが手首を掴んだ。現実の空気が締め付けられ、胸が押し潰されそうになる。振り向く余力もない。鏡の中の「もう一人」が、にゅうっと手を伸ばし、ガラスを越えて外の世界に触れてくるのを、美咲は感じた。
それは、じっとりとしたぬくもりだった。人肌のようであり、しかし生きている温度ではない。美咲は反射的にその手を振りほどこうとした。しかし力任せに抵抗するほど、何かはしっかりと彼女に取り付いていた。喉の奥から、過去の自分――幼い日の自分の声が、無関係に響いた。
「見ちゃだめって言ったのに…」
目の前が真っ白になり、世界がぐにゃりと歪んだ。美咲は叫ぼうとしたが声は出ない。代わりに、身体が勝手に動いた。ゆっくりと、あの録画の中のように、頭が自然と回る。振り返るのだ。そこに誰がいるのかを確かめるために、体は別の誰かの意思で動いている。
鏡の中の「もう一人」は満足そうに微笑み、こちらへと顔を寄せる。唇が自分の耳元に触れ、冷たい吐息がかかる。
「やっと。ありがとう。」
視界が戻ったとき、美咲は自分の部屋の明かりが無くなっていることに気づいた。窓の外は夜のままだが、なぜか外の廊下の明かりも消えていた。部屋の中は薄暗く、しかし確かにそこに「もう一人」が座っていた。ベッドの上に、さっきまで自分がいたはずの位置に、その存在は座って、目を閉じている。呼吸しているようにも、していないようにも見える。
美咲は腕を動かして鏡を見る。そこには、完璧にこちらと入れ替わった「自分」が映っている。だが映っている「自分」は、目を大きく開いていて、こちらを見て笑っている。笑顔の奥にあったのは、淡い満足と根深い飢えだった。
そのとき、かすかな物音がした。スマホが机の上で鳴っている。美咲は手を伸ばすが、身体が言うことをきかない。鏡の中の「自分」がスマホを手に取っているのが見えた。画面には新しいファイル名が表示されている──“02:13_REC_2025-11-18.mp4”。
スマホのスピーカーから、録音された自分の声が流れる。録音は低く、しかしはっきりとこう言っていた。
「ねえ、代わってくれてありがとう。ふり返ったのは、私じゃないのに。」
最後に美咲の頭の中に届いたのは、自分の声でありながら、自分ではない笑い声だった。笑いはだんだんと薄れていき、代わりに鏡の中の自分の唇がゆっくりと動いた。まるで、これから永遠に鏡の向こうで生きていくことを喜んでいるかのように。
美咲は叫ぼうとする。しかし声は出ない。すると、もう一つの感覚が訪れた。寒さではない。どこか遠くにあるような安堵感。まるで長い間待っていた誰かにやっと会えたかのような感情だ。それがどこから来るのか、美咲にはわからなかった。
やがて世界は暗転し、最後に聞こえたのは、布越しのような、遠い声だった。
「さあ、次の人を待とう。」
翌朝、管理会社が部屋を確認したとき、玄関は鍵が掛かったままで、中には新品の鏡と、きちんと整えられた部屋があった。ベッドの上には、ピンクのリボンが結ばれた小さな猫のぬいぐるみが置かれていた。窓際の卓上にはスマホが置かれ、ロック画面には新しい写真が表示されていた。そこには、笑顔でこちらを見つめる一人の女性の姿――しかしよく見ると、その目の奥には、どこか異質なものが宿っていた。
スマホの最下段に、新しいファイルが一つだけ残されていた。再生ボタンの上には小さな赤い点が、いつまでも点滅していた。
そして、管理会社の人がドアを閉めた瞬間、廊下の彼方から、微かにだが確実に、女性の笑い声が聞こえてきた。
あの笑いは、はっきりとこう言った。
「ふり返ったのは、私じゃないのに。」
誰も振り向かなかった。
管理会社の男が部屋の前を離れたその夜。
階段の薄暗い踊り場に、スマホが1台、落ちているのが見つかった。
画面は割れていたが、電源はまだ生きていた。
ロック画面には、美咲――ではない誰かの笑顔。
見てはいけないと直感し、通りかかった住民は置きっぱなしにした。
しかし、そのスマホは深夜になると勝手に明かりを点し、廊下のほうを静かに録画し始めた。
■鏡の向こうで、美咲はまだ“生きていた”
鏡の裏に閉じ込められた美咲は、自分がどういう“状態”なのか理解するまでに時間が必要だった。
鏡面の裏側は暗闇ではなかった。
ぼんやりとした“別の部屋”が存在していた。色も形も曖昧だが、この部屋こそが、“向こう側”だった。
そこに、美咲は座らされていた。
鏡の向こうの「もう一人」が外の世界を歩き、美咲本人はこの囚われた部屋でずっと見続ける。
この場所には他にも人影が何人かいた。
どれも表情は薄く、視線の焦点が合っていない。
みんな“取り替えられた人間”だった。
だが、美咲は違う。
美咲は――怒っていた。
奪われたのではなく「狙われた」のだ。
こっちは一度は見てしまったのだ。
鏡の裏に住む“影”の正体を。
そして、美咲は気づいた。
この世界で唯一“動き回っている”ものがあることに。
自分の影だ。
鏡の裏側でも、美咲の影だけは自由に形を変え、動き回っていた。
まるで“異物”のように。
■影が教えた、脱出の方法
影はいつも美咲の足元にくっついていたが、あるとき唐突に動き、鏡の裏側の“壁”に腕を突っ込んだ。
影の腕は、壁をすり抜けた。
その瞬間、美咲は悟った。
影は、鏡の向こうと現実をつなぐ唯一の存在だ。
影だけが、あちら側に触れられる。
影が現実世界に戻れるなら、
影に“ある人物”を殺すことだって――可能。
その人物とは、鏡の外で美咲になりすましている“入れ替わり”。
奪われた人生を取り返すには、ただ一つ。
あの偽物を消す。
■影は現実へ戻った
夜が深まった頃、現実世界の美咲の部屋の鏡の前に、黒い染みのようなものがじわりと浮かび上がった。
それは、美咲の影だった。
影は音もなく床に落ち、匍匐するように動き出す。
部屋の中を漂い、ゆっくりと人型へと変形する。
ベッドの上には、“偽物の美咲”が眠っていた。
呼吸をしていない。
笑ったままの顔で眠っていた。
影はその顔の前に立ち、首に手を伸ばし――
ゆっくりと、押さえつけた。
偽物は目を開けた。
その目は黒く、空虚で、生き物のものではない。
だが、影の手が喉に触れた瞬間、偽物の顔が苦痛に歪む。
「……戻れ……ない……!」
そう言いかけたところで、影がさらに力を込めた。
偽物の体がねじれ、皮膚がひび割れ、骨のようなものが床に落ちて砕ける音がした。
最後に、ガラスが割れるような悲鳴が室内に響いた。
そして、偽物は黒い霧となって消えた。
同時に鏡が割れ、美咲の身体に衝撃が走った。
■美咲、帰還
鏡が割れた瞬間、美咲は息を吹き返した。
鏡の裏の部屋が崩れ落ちるように消え、目を開けると――自分の部屋の布団の上にいた。
息ができる。
手が動く。
世界が暖かい。
戻れたんだ。
だが目の端に、奇妙なものが映った。
床に落ちた鏡の破片の中に、自分が映っている。
だが、その“鏡の中の美咲”の表情は微妙に遅れて動き、笑っていなかった。
鏡の中の美咲はこう囁いた。
「……次は、私の番だよね?」
その瞬間、破片に映る顔が、獣のように歪んだ。
美咲はぞっとして後ずさる。
だが、現実世界の美咲の影は、そっと彼女の足元に寄り添った。
影がこう囁いた。
「大丈夫。復讐はまだ終わっていない。」
■そして、美咲は理解する
影は――鏡の外に出た今、もう鏡のルールに縛られていない。
本物と影は一心同体になり、
鏡の中にまだ潜んでいる“影の住人”たちを狩る存在になった。
鏡の中から、ガラスが軋むような音が響き始める。
向こう側が、こっちへ来ようとしている。
美咲はゆっくりと笑った。
怒りでも恐怖でもなく――決意だった。
「次は、逃がさない。」
めちゃくちゃ長いけど…読めた?
読めたらすごい!
あ、どんなのが好きか教えてね&怖かったら教えてください。