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雫石しま
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干し柿作りの翌週末。
縁側に吊るした柿の実が、少しずつ色づいて、表面が白い粉をふいてきた。甘い匂いが風に乗って、庭いっぱいに広がってる。私はハサミを持って、紐から1つずつ丁寧に切り取る。拓也さんが隣で、籠に受け止めてくれる。
「これ、いい感じに熟れてるな。もう食べ頃だ」
「本当ですか? じゃあ……今、食べてみましょうか」
声が少し上ずっちゃった。拓也さんがくすっと笑って、籠から1つ取り出す。表面は白い粉がふいて表面はカサカサしている。触ると中はフニャっと柔らかい。
「はい、里奈から」
「え……ありがとうございます」
指先が触れ合って、ドキンって鳴る。私は半分を口に運ぶ。甘くて、ねっとりして、ほんのり渋みが残ってる。でも、それがすごくおいしくて、目が細くなる。
「……うまい」
拓也さんが自分の分を食べて、頷く。
「うん。じいちゃんの作り方通りだ。里奈の手も入ってるから、特別甘いかもな」
「そんな……!」
顔が熱くなって、慌ててもう一口かじる。縁側に並んで座って、干し柿を交互に食べていく。秋の陽が柔らかくて、白山が遠くに静かに佇んでる。風がススキを揺らして、さらさら音がする。
「里奈」
拓也さんが突然、静かに呼ぶ。
「ん?」
「この1ヶ月、ほんとに楽しかった」
「……私もです。毎日、拓也さんに会えるのが楽しみで」
言葉が出ちゃった。拓也さんが干し柿を置いて、私の方を向く。目が近い。いつも患者さんに見せる優しい目じゃなくて、少し真剣で、でも温かい。
「里奈、俺……前から思ってたんだけど」
「は……はい!」
とうとう愛の告白かと私は身構え、干し柿をギュッと握った。
「副業、始めたらどうかと思うんだ」
「は、はい!?」
一瞬、頭の中が真っ白になる。干し柿の甘い匂いが鼻をくすぐってるのに、胸がズキンって痛む。え、副業……?告白じゃ、なかったの……?私は干し柿を握ったまま、固まって、拓也さんの顔をじっと見つめる。拓也さんは少し照れたみたいに頭をかいて、続ける。
「クリニックの仕事はありがたいけど、里奈のYouTubeチャンネル、10万人超えてるだろ。動画の編集とか、投稿のペースとか、もっと本腰入れてやったら、もっと伸びると思うんだ。テレワークで収入も安定するし、村にいながら続けやすいだろ?」
「……副業、ですか」
声が小さくなる。期待してた言葉と全然違って、ちょっと肩が落ちる。でも、拓也さんの目は真剣で、私のチャンネルを本気で考えてくれてるのが伝わってくる。
「里奈の動画見てると、毎日元気もらってる人、たくさんいるよ。コメント欄見てもわかるだろ。あの社畜OLが田舎で勝ち組になった話、みんなの希望なんだ」
拓也さんが干し柿をもう一つ取って、私の手に乗せる。
「俺は医者だから、里奈が無理しない範囲で、って思うけど……もし本気でやりたいなら、クリニックのシフト調整するし、編集の時間も作れるようにするよ」
胸の奥が、じんわり温かくなる。告白じゃなかったけど、これはこれで……拓也さんが私のことをちゃんと見てくれてる証拠だ。
「……ありがとうございます。拓也さん」
私は干し柿を一口かじって、甘さを噛みしめる。
「副業、考えてみます。動画のペース上げて、もっと村の日常とか、クリニックの裏側(もちろん患者さん許可取って)とか、投稿してみようかな」
拓也さんがくすっと笑う。
「いいね。里奈のチャンネル、俺も毎回見てるからな。コメントで『先生の白衣姿カッコいい』とか書かれてるの、ちょっと嬉しい」
「え、見てるんですか!?」
顔が熱くなって、干し柿を慌てて口に詰め込む。拓也さんが私の肩を軽く叩く。
「もちろん。里奈の笑顔が一番の癒しだから」
「……!」
今度は、ちゃんと甘い言葉。干し柿の甘さが、胸に染みて、涙が出そうになる。副業の話から始まったけど、結局、拓也さんは私の全部を見てくれてる。YouTubeも、クリニックの仕事も、この村での暮らしも。そして、私の気持ちも、少しずつ気づいてくれてるのかも。縁側で二人、干し柿を食べながら、秋の陽がゆっくり傾く。
白山が静かに見守ってる。これからは、副業YouTuberの里奈として、拓也さんの隣で、少しずつ新しい夢を広げていく。最高じゃん。本当に、楽しいんですけど、もう胸が熱すぎて言葉にならない。
そこで私は、YouTubeの反響を見て、それを活かせるテレワークがないかネットで検索した。そこで目に止まったのが、ネットセラピスト。拓也さんが『里奈は人の話を聞くのが上手だから』と褒めてくれたことを思い出した。
ネットセラピストの資格は通信教育でも資格が取れる。興味が湧いた。パソコンを膝に置いて、縁側で検索を続ける。
「ネットセラピスト 資格 通信」ってキーワードで出てきたページを、次々開く。日本心理学会認定のカウンセラー講座とか、オンラインで学べる傾聴スキル講座とか、心理カウンセラー養成コースとか。
どれも数ヶ月で修了可能で、修了証がもらえて、独立開業もOKって書いてある。動画のコメント欄に「里奈さんの声、癒される」「話を聞いてくれてるみたいで落ち着く」って言葉がたくさんあって、ふと胸が熱くなった。YouTubeで日常を晒してるだけじゃなくて、誰かの心に寄り添える仕事……。
社畜時代は、上司の愚痴を聞くのも自分の仕事の愚痴を言うのも、ただのストレスだった。でも今は違う。クリニックで患者さんの話を聞いて「ありがとう」って言われるたび、心が軽くなる。拓也さんが「里奈は人の話を聞くのが上手だから」って言ってくれた言葉が、頭の中でリピートされる。
「……やってみようかな」
メモ帳に「ネットセラピスト 通信講座 候補」と書いて、気になる3つのスクールをピックアップ。費用は10万前後、期間は3〜6ヶ月。クリニックのシフトと並行して、夜に勉強すればいけそう。資格取ったら、YouTubeで「ネットセラピストになったよ」って報告動画出して、チャンネル登録者にも「いつでも話聞くよ」って言えるかも。
想像しただけで、胸がわくわくする。その時、坂道から自転車のベルが鳴って、拓也さんが上がってきた。白衣じゃなくて、今日はオフの日らしくカジュアルなパーカー。
「里奈、何してるの? 真剣な顔して」
「拓也さん! あの……ネットセラピストの資格、取ろうかなって思って」
私はパソコンを拓也さんに見せて、検索結果をスクロールする。拓也さんが隣に座って、画面を覗き込む。
「へえ……傾聴スキルとか、心理カウンセリングの基礎とか。里奈にぴったりじゃん」
「拓也さんが前に言ってくれたこと、思い出しちゃって……」
「俺の言葉?」
「『里奈は人の話を聞くのが上手だから』って」
拓也さんが少し照れたみたいに笑って、私の頭を軽く撫でる。
「本当のことだからな。クリニックでも、患者さんが里奈に話すと顔が柔らかくなるよ」
「……嬉しい」
干し柿の残りを一緒に食べて、甘さを噛みしめながら、拓也さんが言う。
「資格取ったら、クリニックの待合室で『里奈の傾聴タイム』とかやってみたら? 患者さん喜ぶと思う」
「え、そんな……!」
「冗談半分、本気半分。里奈の声、癒し効果高いから」
顔が熱くなって、干し柿を慌てて口に詰め込む。でも、心の中では決まってる。通信講座、申し込もう。YouTubeで「社畜OLからネットセラピストへ」ってシリーズ始めよう。
村の日常、クリニックの小さなエピソード、傾聴の練習動画……。
誰かの心を少しでも軽くできるなら、こんなに嬉しいことない。拓也さんが私の手を握って、静かに言う。
「里奈なら、絶対いいセラピストになれるよ。一緒にがんばろう」
指が絡まって、温かい。秋の風が縁側を通り抜けて、白山が遠くに微笑んでるみたい。私はYouTuberで、クリニックの受付で、これからはネットセラピストにもなる。
最高じゃん。
本当に、楽しいんですけど、もう夢みたい。