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なんたろ
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第173話:『定期同額給与』の絶望〜変えられない役員報酬〜
「役員報酬を今すぐ上げればいいんだろ!? 月給二百万にしてくれ!」
帯広の四畳半アパートで、俺——秋谷雪(あきやゆき)は必死の形相で叫んだ。
法人口座に眠る、四千八百二十五万円という巨額の現金。
それなのに会社のお金を勝手に引き出せば「業務上横領」になり、後からボーナスとして受け取れば「二重課税」で無残にむしり取られる。
なら、社長としての正当な毎月の「お給料」である役員報酬をドカンと増やせば解決するはずだ。
だが、画面の中の結愛は、どこまでも冷徹に首を横に振った。
『残念ながら、それも不可能です。雪様、当社のAI顧問アドバイザーである「ジェミニ先生」による、最新の税務解説画面をご覧ください』
ポチッと結愛がキーボードを叩くと、モニターに【ジェミニ先生の法人税法レッスン】というポップアップが表示された。
画面中央に躍り出た太字のテキストが、俺の眼球を鋭く貫く。
【日本の法律(法人税法)では、役員報酬(社長の給料)は期首から3ヶ月以内に決め、その後1年間は【絶対に金額を変更できない】ルール(定期同額給与)になっています】
「い……1年間、絶対に金額を変更できない……!?」
『はい。これが【定期同額給与】の絶対ルールです』
結愛は容赦なく、解説画面をスクロールしながら言葉を重ねた。
『経営者が会社の利益を見て、都合よく自分の給料を毎月変えてしまうと、利益が出た月だけ給料を増やして法人税を不当に逃れることができてしまいます。そのため日本の税法では、役員報酬は事業年度が始まってから「3ヶ月以内」に決めた金額を、1年間毎月【同額】で支給し続けなければならないと定められているのです』
「な、なんだよそのルール……! じゃあ、期の途中で会社が大儲けしても、社長の給料は上げられないってことか!?」
『その通りです。もし期の途中で強引に役員報酬をアップさせた場合、増額した分の金額は【損金(経費)】として一切認められません。経費にならないどころか、個人側ではバッチリ所得税と社会保険料が課されるという、税務署からの極刑が下されます』
ガタガタと足の震えが止まらなくなった。
俺の脳裏に、これまでの惨めな半生が走馬灯のように駆け巡る。
国を守るために汗を流した元自衛官時代。
腰を痛めながら人の世話をした元介護士時代。
夜中に頭を下げ続け、精神を削られた元コールセンター職員時代。
そして、体も心もボロボロに壊れ、ついにどん底まで転落して受給することになったナマポ(生活保護)の時代……。
社会の最下層で蠢き、惨めさに歯を食いしばりながら、俺は一発逆転をかけてこの会社——「株式会社インフィニティ・ワン」を設立したのだ。
その起業の瞬間、俺が何を考えていたか。
(もし会社が倒産したらどうしよう……。もし売上がゼロだったら、高額な役員報酬なんて設定していたら社会保険料も税金も払えずに即死する……!)
ナマポから這い上がったばかりの俺は、極度の貧乏トラウマと恐怖から、起業時の役員報酬の設定で「究極の安全策」をとっていたのだ。
「あ……あああ……っ!!」
俺は頭を抱え、絶望の叫びをあげた。
「俺……俺、設立時にビビって……自分の役員報酬を【月給10万円】に設定しちまったんだよぉぉぉぉ!!」
『はい。当社の決算通知書を確認しましたが、秋谷雪様の今期の役員報酬は、確かに【月給10万円】で確定しております』
結愛の無情な宣告。
そして、株式会社インフィニティ・ワンの今期が始まってから、すでに「4ヶ月」が経過していた。
つまり——期首から3ヶ月の変更可能期間は、とっくの昔に過ぎ去っていたのだ。
「嘘だ……嘘だと言ってくれ!! 法人口座には四千八百万円もあるんだぞ!? なのに俺が個人的に使えるお金は……来期の改定時期まで……」
『はい。来期を迎えるまでの残り8ヶ月間、あなたが会社から受け取れるお金は、どれだけ会社が儲かろうと【月給10万円】で完全に固定されます』
月給10万円。
そこから個人側の社会保険料や住民税を差し引けば、手元に残る現金は数万円。
帯広の四畳半アパートの家賃四万円を払い、光熱費と通信費を払えば、残るのはまたしても「玄米とゴマ塩」を買うための小銭だけだ。
「なぁぁぁんでだよぉぉぉぉぉ!!」
俺は四畳半の畳に叩きつけるように突っ伏した。
元自衛官、元介護士、元コールセンター、元ナマポ。
そこから這い上がり、ついに数千万円を稼ぐ会社の社長になったというのに!
目の前には四千八百万円という膨大な札束の山が鎮座しているというのに!
俺自身は【月給10万円】の極貧生活から、1ミリたりとも抜け出すことができないのだ!
『これが、無知な経営者をハメ込む「法人成り最大の罠」でございます。おめでとうございます、雪様。あなたは名実ともに【口座に数千万円ある月給10万円の億万長者】となりました』
結愛の皮肉めいた祝福の声が、虚しく四畳半の部屋に響き渡る。
足元では、ヨモが「また貧乏生活継続ニャ」と諦めたように欠伸をしていた。
稼げば稼ぐほど首が締まり、金はあるのに1円も使えない。
税金と法律という名の不可視の鎖に縛られた40歳社長の、地獄の縛りプレイが幕を開けたのだった。
コメント
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いやもうマジで胸が痛すぎるよぉ……!!(涙) 法人口座に4800万もあって月給10万って、そんなのあるんだ…って知識と絶望が同時にドバドバ来た😭💦 しかも期首3ヶ月過ぎててもう手遅れってのが、主人公の過去(ナマポ・自衛官etc)のフラッシュバックと重なって、感情移入しすぎてこっちまで泣きそうになったよ…。 結愛の「おめでとうございます」の皮肉が刺さりまくり。 この税務知識、教科書より頭に入るわ…次どうなるの!?続きが待ちきれない🌸