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第174話:月給10万円の億万長者〜触れられない札束〜
法人口座の画面に鎮座する、四千八百二十五万円という眩しすぎる数字。
そして、俺の個人口座に毎月振り込まれる、惨めすぎる「十万円」という数字。
俺——秋谷雪(あきやゆき)、40歳。
元自衛官、元介護士、元コールセンター職員、そしてどん底のナマポ(生活保護)生活を経て、VTuberになり、一発逆転をかけて設立した「株式会社インフィニティ・ワン」の代表取締役社長である。
だが現在の俺は、帯広の四畳半アパートの畳の上で、頭を抱えて悶絶していた。
「月給10万円……。手取りにしたら、数万円じゃねえかよォォォ!!」
起業した当時の記憶が、惨めなフラグとなって脳裏に蘇る。
ナマポから這い上がり、藁にもすがる思いで立ち上げた自分の会社。
あの頃の俺は、倒産の恐怖にガクガクと震えていた。
(もし売上が出なかったらどうしよう……。役員報酬を高く設定していたら、会社が赤字になっても毎月高額な社会保険料と税金が発生して、あっという間に倒産して破産する……!)
貧乏トラウマに怯えきっていた俺は、司法書士や税理士の書類を前に、震える手でこう記入したのだ。
【役員報酬:月額 100,000 円】
「ビビりすぎただろ過去の俺ぇぇぇ! なんで『俺の給料は月10万円で十分です』なんて聖人君子みたいな設定にしちまったんだよォォォ!」
『雪様、過去の判断を悔やんでも、日本の税法は一歩も譲歩してくれません』
モニターの中から、結愛がどこまでも静かな声で現実を突きつけてくる。
『前話でお伝えした通り、【定期同額給与】のルールにより、来期の改定時期までの残り8ヶ月間、あなたの給与が1円たりとも増えることはありません』
「でも! 会社には四千八百万円もあるんだぞ!? 会社の社長が自分の会社の金で、うまい焼肉食ったり、広い部屋に引っ越したりして何が悪いんだよ!」
『明確に悪いです。法人は独立した別個の存在です。会社のお金で社長個人の生活費や贅沢費を支払う行為は、「役員貸付金」あるいは「私的流用」とみなされ、重加算税や税務調査の対象となります』
「じゃあ……じゃあ……!」
俺は必死の思いで、部屋の隅に置かれた段ボール箱を見つめた。
さっきまでルンルン気分で引っ越し準備を進め、ガムテープで補強していた段ボール箱だ。
「引っ越しは!? タワマンは無理でも、帯広市内のちょっと綺麗な2LDKマンションに引っ越すことくらいはできるだろ! 会社の『オフィス兼自宅』として家賃を経費で落とせば——」
『甘いです、雪様』
結愛の眼鏡がキラーンと冷たく光った。
『法人で自宅兼事務所を借りる場合、経費として認められるのは「業務として使用している面積の割合(社宅家賃の適正負担)」のみです。生活スペースの全額を会社の経費にすることはできません。結局のところ、個人の自己負担分が発生します』
「で、その個人負担分を払うのは……」
『月給10万円(手取り数万円)の、秋谷雪様個人です』
「詰んだぁぁぁぁぁ!!」
俺は四畳半の真ん中で絶叫した。
月給10万円から社会保険料と税金を引かれ、残った手取りは実質6万円程度。
現在の四畳半アパートの家賃が4万円。
残りの2万円で、光熱費、通信費、そして毎日の食費を賄わなければならない。
引っ越し費用どころか、敷金・礼金すら個人口座の残高からは一円も捻出できないのだ。
「四千八百万円もあるのに……! 口座の中に、夢のような札束の山があるのに……! 俺が使えるのは、毎月数万円のおこづかいだけなのかよ……!」
『はい。触れられない札束でございます』
結愛は容赦なく、画面上に「秋谷雪の毎月の収支シミュレーション」を表示させた。
[役員報酬]:100,000円
[社会保険料・税金]:−32,000円
[家賃(四畳半アパート)]:−40,000円
[光熱費・通信費]:−18,000円
[残額(食費・雑費)]: 10,000円
「残金、一万円……!?」
『はい。今月も、そして来月も、来期が来るまでの8ヶ月間、あなたの食費は「一万円」です。1日あたり約333円ですね』
「1日333円……!? ナマポ時代より生活水準低くなってねえか!?」
『ですがご安心ください。会社経営としては極めて健全です。法人のキャッシュフローは潤沢であり、倒産リスクはほぼゼロと言えます』
「会社が健全でも! 社長の俺が栄養失調で死んだら意味ねえだろ!」
足元で丸くなっていた愛猫のヨモが、惨めな俺の顔を「ニャー」と呆れたように見上げてくる。
ヨモの高級キャットフードと病院代は、会社の「広告宣伝費(ヨモチャンネルの維持費)」として合法的に経費処理されているため、ヨモのほうが俺より遥かに贅沢なメシを食っているという皮肉。
「ヨモ……お前、俺より良いもの食べてるな……」
ヨモは「当然ニャ」と言わんばかりに、毛づくろいを始めた。
四千八百万円の札束に囲まれながら、四畳半の畳の上で、1日333円の食費に頭を悩ませる40歳社長。
さっきまでダンボールに詰めていた思い出の品々を、俺は泣く泣く元の押し入れへと戻し始めた。
「撤収だ……引っ越し準備はすべてキャンセルだ……」
バリバリと音を立ててガムテープを剥がす。
タワマンの夢は潰え、高級焼肉の幻影は消え去った。
俺に残されたのは、右に30度傾いた壊れかけのゲーミングチェアと、どんぶりに盛られた冷えた玄米だけだった。
「なんでだよ……なんで俺、億万長者(の会社の社長)になったのに、今日のご飯も玄米なんだよォォォ!!」
帯広の四畳半アパートに、秋谷雪の魂の叫びが虚しく響き渡る。
しかし、これはまだ「地獄の縛りプレイ」の序章に過ぎなかったのだった。
コメント
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うわああああこのタイトルからして最高すぎる!!😭💕「触れられない札束」って表現がもうドンピシャ過ぎて笑ったw 会社に4800万もあるのに社長の懐はスッカラカンで1日333円生活とか、皮肉効きすぎててお腹痛いwww 特に結愛ちゃんの冷徹なツッコミが神!「触れられない札束でございます」の淡々感がたまらん…! 猫のヨモの方が良いもん食ってるってオチも好きすぎる😂 続きめっちゃ気になる!!この地獄の縛りプレイ、どうやって抜け出すんだろう…?