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#一次創作
鬼霧宗作
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凹凸のない無機質な部屋。白とも灰ともつかない空間に、漂うのは濃密な死の匂い。
生者は――ふたり。
けれど、そう遠からずどちらか”ひとり”になる。
それはもはや、避けようのない必然だった。
「×××にとって、恐怖とは何だ」
「………」
恐怖。
その感情を最後に抱いたのは、一体いつのことだったろうか。
そもそも、そんな感情が自分の中に存在していたのかすら、今となっては定かではない。
×××にとって恐怖とは、ある種の概念に過ぎなかった。
生き延びるために便宜上定義された、古びた反応様式の名残。
危険に晒された生物が、本能的に示す自然な情動。
心拍数の増加。
痙攣。
硬直。
発汗。
それは多くの動物に見られる、極めて普遍的な反応らしい。
だが、それらはあくまで外から観測できる対外的な反応に過ぎない。
内側に秘めたる“本物の恐怖”とは、きっとそんな単純なものではないはずだ。
ならば――。
記憶も、自我も、存在の輪郭さえ曖昧な私が、今この胸の奥に抱く違和感《かんじょう》は何なのか。
死への怯えか。
それとも、もっと深く、もっと根源的な――言葉にできない“ナニカ”なのか。
その問いに、私は答えられなかった。
ゆっくりと銃口を向け、指先を引き金にかける。
その瞬間、誰かが静かに呟いた。
「合格――」
ばんっ。
ぱんっぱんっ。
記憶はここで途切れている。
20XX.04.30
✳︎ ✳︎ ✳︎
「ん……」
瞼越しにも分かるほどの眩しい光。
一体どれほど眠っていたのだろう。
いや、眠っていた――という表現は少し違うかもしれない。
休んでいたというよりは、眠らされていたような感覚。
肩が痛い。
首も痛い。
背中も、腰も脚も、どこもかしこも自分のものではないような。全身が長時間同じ姿勢で放置されたことに対して、無言の抗議をしていた。要するに、凄まじく気だるい。
端的に言えば最悪だ。
私は目元を擦りながら、ゆっくりと上半身を起こす。
「っ――」
そこは、見知らぬ病室のような空間だった。
真っ白い部屋には、窓も扉の類いも一切見当たらない。
壁は継ぎ目すら曖昧なほど滑らかで、天井も床も、まるで同じ素材から削り出されたかのように、不気味なほどの清潔感が漂っていた。
その空間に溶け込むように、真っ白なベッドが一、二、三……どのベッドも同じ形、同じ大きさ、同じ高さで、寸分違わぬ間隔を保ったまま一直線に配置されている。
全部で十二床。
そのうちのひとつに私は寝かされていたらしい。
「……?」
目を覚ましてからずっと、かすかに鼻先をくすぐっていた香り。
その正体はすぐに知れた。
私の寝かされていたベッドの上には、隙間を埋めるように所狭しと花が敷き詰められていた。鮮やかな、深い青色の花弁。
数輪どころではない。まるで私の身体を囲い込むように、頭の先から足元に至るまでびっしりと散りばめられている。
甘いような、それでいてどこか青臭さを含んだ濃密な香りは、それらすべてから立ちのぼっていた。
視線を移すと、他のベッドも同様に、それぞれ別の花が置かれていた。赤、黄、緑、紫、橙――ひとつひとつ異なる花々が散りばめられている。種類までは分からない。
けれど、道端に生えている雑草の類いではないことくらいは、知識のない私にも理解できた。どれも不自然なほど鮮やかで、妙に手が込んでいる。
整然とベッドが並ぶ列の、その先。
そこには白い横長のテーブルがぽつりと設置されていた。
食事をとる為のものなのか、それとも別の用途があるのか。
なにより私にとって重要なのは、そのテーブルの周りに、私以外の人達がいたこと。
年齢も、性別も、服装もばらばらの見知らぬ男女。
距離があるせいで、一人ひとりの顔立ちまでは判別できない。
けれど、それでもはっきりと分かることがひとつだけ。
全員の視線がこちらを向いている。私が目を覚ますその瞬間を今か今かと待ち侘びていたように。
いくつもの視線が、無言のまま真っ直ぐ私に注がれていた。
「――残念だ。キミの寝顔、もう少し拝んでいたかったのに」
「誰っ!?」
思わず反射的に振り返る。私のベッドの横に立っていたのは、真っ白な長髪に、白衣をだらしなく纏った痩せ型の男だった。
「ごめんごめん、驚かせるつもりはなかったんだ。だからさ――そんな”人殺し”みたいな目つきはやめてよ」
人殺し――?それはあまりにも人聞きが悪い。仮に私の目つきが多少鋭かったとしても、初対面の相手に向ける言葉ではないだろう。私は返事の代わりに、さっきよりもいっそう強く男を睨みつけてやった。
年の頃は二十代後半ほど。生気の薄い虚ろな目に、目の下には隈取のように濃いクマがありありと染み付いている。日頃から何本もの栄養ドリンクで無理やり眠気を押し殺し、徹夜を重ね続けた――そんな生活がそのまま顔に刻まれているようだった。
白衣の下から漂う印象まで含めると、私は勝手に”ダウナー系ひょろガリドクター”と名付けた。
「僕の名前は百千切《ちぎり》 究《きわむ》。歳は二十七歳、しがない闇医者だよ」
闇医者……?さらりと、とんでもない肩書きを口にした。
聞き間違いであってほしい単語だったが、男の表情は妙に真面目で、冗談を言っているようには見えない。
ひとまず私は、深く追及しないことにした。
今はとにかくそれどころではない。
「君は服装を見る限り…女子高生かな?名前は?」
言われて初めて、自分が制服を着ていることに気がつく。
白を基調に、淡い水色のリボンが結ばれたセーラー服。見覚えがあって当然のはずなのに、なぜだか不思議としっくりこない。
ここに来てからずっとそうだ。記憶が曖昧で、ところどころ欠け落ちているような感覚がある。
「……瑠璃《るり》。年齢は十七歳です。ここに来るまでのことはすみません。あまりよく覚えてなくて」
「瑠璃ちゃんね。いい名だ、覚えておくよ。それじゃ目覚めて早々悪いけど、みんな待ちくたびれてるんだ。ついてきて」
「ちょ、ちょっと……!」
百千切はそう言うや否や、私の手を掴み半ば強引にテーブルの方へと引っ張っていった。白い長テーブルの向こう側には、これまた真っ白な椅子が十二脚、寸分違わぬ間隔で並べられている。
その光景は、さながらダ・ヴィンチの『最後の晩餐』を想起させた。実際、この場にいるのも私を含めて十二人。
もっとも、最後の晩餐と呼ぶには、どうしたって一人足りないのだけれど。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「それじゃ――瑠璃ちゃんも揃ったところで、始めようか」
「ちょっと!なんで急にアンタが仕切ってんのよ!」
声を荒らげながら椅子を蹴るように立ち上がり、ばしん、とテーブルを叩いた一人の少女。
暗い紫がかった髪を、少々高い位置でツインテールに結んだ彼女は、山吹色のブレザーを纏った制服姿で、見たところ小柄な体つきながら気の強さがひと目で伝わってくる。
年齢は私と同じくらいだろうか。
「ハハハ、ここが病室に近いからかな。これは医者の悪いクセだね。それじゃ、進行は痣花《あざか》ちゃんに任せるよ」
「……ッ」
痣花と呼ばれた少女は、露骨に顔をしかめ下唇を強く噛む。この二人仲悪いのかな。
「ンン゛……えーっと、それじゃあ何から説明すればいいかしら……」
そう言って、彼女はこの場にいる全員をゆっくり見渡した。
「この部屋がどういう場所で、何の目的で集められたか理解してる人はいる?いたらショージキ!に挙手して」
案の定、誰一人として口を開く人物はいなかった。
「この中に知り合いがいる人は?それと、連れてこられる直前の記憶を覚えてる人はいるかしら?」
案の定、誰一人として(割愛
「……もう!これじゃ話がまっったく進まないじゃない!出口どころか窓までないなんて、どう考えたって異常でしょ?どこの誰かが仕組んだのか知らないけど、こんなの完全に“犯罪《ハンザイ》”よ!」
癇癪を起こしたように声を荒らげる|痣花《あざか》の肩を、後ろからがしりと誰かが抑える。
「はーいっ、一旦落ち着きましょう!深呼吸、深呼吸っ!」
そう言って|痣花《あざか》の背後から現れたのは、長いサラサラの赤髪を揺らした一人の女性だった。
年齢は二十代前半くらいだろうか。
なぜかフリフリのメイド服を着ており、胸元のポケットには、使いかけのケチャップがすっぽり収まっている。
彼女は終始にこにこと笑みを浮かべたまま、|痣花《あざか》の肩に手を置くと、慣れた手つきで揉みほぐし始める。
「ほら〜、カリカリしちゃだめですよ〜。痣花さんは可愛いんですから、あんまりツンツンしないっ!」
「ちょ、ちょっと、烈々子!さっき少し喋っただけで何が分か――る……の」
言い返しかけた痣花の勢いが、そこでふっと途切れる。不思議なことに、さっきまであれほど苛立っていた彼女の表情が、みるみるうちに緩んでいった。強張っていた肩から力が抜け、険しかった眉間の皺もほどけていく。
一体、あの揉みほぐしにはどんな力が隠されているのだろう。
気づけば痣花はすっかり大人しくなり、何事もなかったかのように椅子へちょこんと座らせれていた。
というか、よくよく見渡してみれば、この場にいる全員がどこかおかしかった。メイド服姿の彼女も十分に異質だがそれだけではない。身体に張りつくほどきついタンクトップに、両手にはなぜかボクシンググローブをはめた男や、警察官の格好をした女性。ほかにも、巫女服、黒スーツ、さらにはパジャマ姿のはだけた女子までなんでもござれ……まるで脈絡がない。
誰ひとりとして、この場にふさわしい格好をしていなかった。
いやそれ以前に、全員がそれぞれ別の場所から無理やり切り取られてきたような、ひどくちぐはぐな印象を受ける。
いくら何でも、統一感がなさすぎるというか。
一体、誰が何のために。私を含めこの人達をここに集めたのか。
混乱する思考をなんとか整理しようと思っていた矢先。
「それでは、ここからは私が進行を務めさせていただきます! 私の名前は――荊棘《はいばら》 烈々子《れつこ》っ!キャッチコピーは『苛烈で可憐な情熱の赤担当』!れつこちゃんと一緒に、レッツゴー!ですよ皆さん!」
あまりにも勢いのいい自己紹介に、その場の全員が一瞬で気押される。
「もしかして……烈々子はアイドルをやってたりするのかしら?」
真っ先に口を開いたのは、先ほど烈々子にほぐされたばかりの痣花だった。
「えへへ、お恥ずかしながらですね。今は秋葉原のメイド喫茶で働きながら、地下アイドルグループ『めいどりーむす!』のメンバーとして活動してますっ!」
きゅるりんっ――☆
ううぅ……確かに凄まじいオーラだ。
整った容姿に華のある立ち振る舞い。
常人離れしたグラマラスなそのスタイルは、清純派アイドルというよりは、むしろグラビアアイドルに近いが、ほとばしる陽のエネルギーと、烈々子の圧倒的な“場慣れ感”を鑑みるに、職業がアイドルである事はすんなりと腑に落ちる。
「私思ったんです!もしかしたら、これってテレビか何かの”企画”なんじゃないかなって!」
「お、それってもしや”〇〇しないと出られない部屋”ってヤツかっ!?」
パーカー姿にサングラスをかけた若い男が、身を乗り出して叫ぶ。
「はいっ!よく分からないですけど多分そういうヤツです!」
烈々子はにっこり明るく答えると、続けてテーブルの中央を指差す。そこには、黒い十字架が描かれた大きな救急箱のような長方形の物体が、ぽつりと置かれていた。
「皆さんも薄々はお気づきかもしれませんが……私はこれが怪しいと踏んでいますっ!」
「…中はもう見たんですか?」
興味本位で、私は烈々子に問いかける。
「あ、えとその、あなたは……?」
「あ、ごめんなさい。突然名乗らずに話しかけてしまって。私の名前は瑠璃《るり》と言います」
「いや、全然いいんですよ!瑠璃ちゃんですねっ!うわ〜、べっぴんさんですね〜!もしかして有名なモデルさんだったり?」
「いえ、違うと思います……」
たぶん。
自分のことなのに断言できないのが、少しだけ気持ち悪い。
そんな簡素な自己紹介を挟んだあと。
「あ、そうそう!箱の中身の話でしたね!それが、まだ見れていないというか〜そもそも開かないというか…」
「開かないんですか?」
「はいっ、ひっくり返してもらったりもしてみたんですけど、鍵穴とか、こじ開けられそうな継ぎ目も見当たらなくて……」
「…そうだったんですね」
改めてよく見てみると、それは一般的な救急箱よりひと回りどころかふた回りは大きかった。
長方形の形状に、正面へ描かれた十字の印。
その特徴だけを抜き出せば救急箱に見えなくもない。
だが、こうして無言のままテーブルの中央に置かれていると、むしろ小ぶりな棺桶のようにも思えた。
中から物音は聞こえない。さすがに生き物が潜んでいて、開けた途端に飛びかかってくる――そんなことはないと思いたい。
「で、でも!開け方はなんとなく分かります!きっとこのボタンが関係してるんですよ!」
烈々子はそう言うと、救急箱の上面を指差した。
そこには、色とりどりのボタンがずらりと並んでいる。
数は全部で十一個。
形も大きさも微妙に異なっていて、まるで何かの仕掛けのように見える。
「さっき私、試しにひとつ押してみたんです。そしたらぴかっと光ったんですよ!」
「え、もう!?」
思わず驚いて変な声を出してしまう。
この人には、警戒心というものがないのだろうか。
「はい! でも、どうやらこのボタン、“一人一つまで”みたいなんです。私が一人でいくつかまとめて押してみても、光ったのは一つだけだったんですよね……」
「なるほど」
一人につき、押せるボタンは一つだけ。
タイミングが関係しているのか、それとも押す強さか。
あるいは、指紋や体温のような何らかの生体認証で判別しているのかもしれない。
「なので!みんなでこれを一つずつ押しましょう!そしたらきっと、この箱が開いて、出口もばばーんと出てくるはずです!」
「そんなに単純ですかね……」
あまりに楽観的というか、短絡的すぎる気もする。
そう思いながらも、烈々子の自信満々な瞳にまっすぐ見つめられると、不思議と強く否定しきれなかった。
「……分かりました、私は協力します」
「やったー!瑠璃ちゃんさっすがー!」
そう言って、烈々子は私の頭をよしよしと撫でてきた。まるで、テストで満点を取って帰ってきた我が子を褒める母親のように。
たったそれだけのはずなのに。
一瞬、全身からふっと力が抜けそうになった。
やはり、この人の手には何か特殊な能力が備わっている。
きっとそうに違いない。
疑念が確信へと変わった瞬間だった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
結局、それ以外に代案が出ることはなく、私たちは救急箱を囲むように集まった。
痣花《あざか》一人を除いて。
「ボタンは十一個。つまり、一人は押さなくていいってことでしょ?何が起こるかも分からないボタンなんて、ちょっと気味悪いし。私は後ろで見てるから、あとは貴方達でやってちょうだい」
そう言い切ると、痣花はさっさと壁際へ移動し、壁にもたれかかるように腕を組んだ。
あまりにもあっさりとした離脱だったが、特に反論する者はいない。結局、私たちは特に反論することもなく、再び目の前のボタンへと向き直る。
「それじゃあ、せーのっで押しますよ?」
「はい」
烈々子の合図に合わせて、各々のボタンへと手をかざす。
「せーのっ!」
カチャリ。「ぎぃあ」
意外にも、救急箱はあっさりと素直に口を開けた。
あまりにも呆気ない。我ながらドキドキしていたのが少し気恥ずかしく思えてくる。
「注射器……?」
私がそう呟いた、その時だった。
ガタンッ! 隣にいたタンクトップ姿の大柄な男が、不意に膝から崩れ落ちる。床に両手をつき、肩を大きく上下させながら呼吸を乱すその姿は、明らかに尋常ではなかった。
「だ、大丈夫ですか!」
私はすぐさましゃがみ込み、男の顔を覗き込む。
「あ、あ……あ……なんじゃありゃあッ!!!?」
男の震える指先が示す先を、私は反射的に振り返った。
そこにいたのは――額からおびただしい血を流す痣花の姿だった。
顔は青ざめ、虚ろに開かれた双眸は、もはやこちらを見ているのかすら判然としない。
「きゃあああああああああああぁぁぁぁっ!!」
烈々子の裂けるような絶叫が、部屋中に響き渡る。
「し、し、しし……死んでる…のか………?」
震えきった誰かの声がそれに重なる。
「う、おええええええっ……!」
また別の誰かが、耐えきれずその場で胃の中身をぶちまけた。
悲鳴に嗚咽、誰かの啜り泣く声。
嘆きの連鎖は止まらない。
それらが一斉に入り乱れ、辺りの空気は瞬く間に塗り替えられていく。
さっきまで辛うじて保たれていた理性も、秩序も、もはやここには存在しない。
この場を支配していたのは、ただ純粋な恐怖と狂気だけだった。