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「……………………」
「春ちゃん?」
「ううううわっ! いきなり声かけんなよ」
過剰に反応し、思わず本当無意識に暴言が出てしまい、俺は慌てて口を塞いだ。神津は、フッと苦笑しており、俺の隣に腰を下ろすと、スルッと俺の頬を撫でた。
(何で、何で俺が神津とラブホに――!?)
あの後、高嶺の悪のりもあり、他に泊まる場所を見つけるのも大変だったため、居酒屋から近いラブホに宿泊することになった。確かに、値段の割には居心地が良さそうで良かったのだが、何というか、ラブホ独特の雰囲気に当てられ俺は参ってしまっていた。
高嶺と颯佐の方は慣れているように、部屋を決めて二人でずかずかといってしまったため、お休みの一言も言えなかった。いや、寝ないのかも知れないが……何ては、さすがにあの二人だし無いだろうと思った。歯を磨いたらそのまますぴーと寝てしまうような気もした。
それはいいのだが、悪のりも悪のりで「終電逃しちゃった~の後は、普通、今夜泊まっていかない? じぇねえのかよ」と高嶺は腹を抱えながら爆笑していた。それに便乗するように、颯佐も笑い転げており「帰りたくないな~あそこよろう?」などと、二人でぐだぐだな芝居を展開していた。
俺はそれを怒りを堪えながらみていた。酔っ払いにこれ以上絡むと大変な気もしたし、茶化されるだけだと思った。
高嶺は酔っ払っているから、きっとこの間の話を忘れているのだろうが、俺達はまだ倦怠期……レス期が終わっていない。なのに、「楽しんで~」などと言われ、さらにカチンときた。今度意識があるときに殴ろうかと拳を握った。
そうして、今にいたる。
「春ちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫って何がだよ」
部屋には神津と二人きり。
心臓が煩いほど早打っており、飛び出すんじゃないかと心配になるほどだった。そして、俺達はベッドの上にいるわけだが、俺は、神津の顔を見れずに俯いていた。
(いや、緊張素必要ねえよ。ただ寝るだけだからな。そういう意味で宿泊してるんじゃねえし、それでも、意識しちまうけど……でも、ちげえよこれは、ちげえし)
こんなことなら、颯佐と高嶺について行けばよかったと後悔する。
「春ちゃん?」
「な、何だよ神津」
平常心、平常心と心の中で呟いても収まる気はしなかった。
それどころか余計意識してしまって、顔が見れない。
(こんなウブだったか? 俺は……それに、また期待しちまってて。もし違ったら、また一人で傷つくことになるじゃねえか)
以前、酒に頼って失敗した。だから、もう何も期待しない。彼奴が俺を求めてくるまで何もしないと決めた。
だが、本当にそれでいいのだろうか。
「大丈夫、春ちゃん。僕は何もしないから。ね? 早く寝よう?」
「お、おう……そうだな」
(やっぱ、期待するもんじゃねえな)
俺の頬を愛おしそうに撫でるくせに、神津はそれ以上俺に手を出してこなかった。
俺は出されてもいいと、一応は腹をくくっているというのに、神津には伝わっていないのか。それとも、受け身だと言うことがバレて、失望されているのか。
どっちにしろ、俺の望むものは手に入らない。
「狭くない?」
「ああ、大丈夫、だ……」
時間も時間と言うこともあり、俺達は風呂は帰ってからと話し合い、馬鹿でかいベッドの上に寝転がった。さすがに、顔など見えるはずもなくて、お互いに背を向けている。
これじゃあ本気で、熱の冷めた恋人みたいだと悲しくなってしまう。
「いや、じゃない?」
と、背中の方で消えるような声で神津がそう呟いた。
質問の意味が分からず聞き返そうかと思ったが、俺は向き合う勇気が無くて「嫌じゃねえ」と取り敢えず、そのまま返した。
背中越しに良かった。と安堵感で一杯な声色で神津が返事を返してきたのが聞こえた。
(嫌なわけねえよ。何に対して言ってんのか分かんねえけど……神津にされることで、嫌なこと何て一つもねえし……)
それを口にして言えたらどれだけ楽だっただろうか。
言葉を飲み込んで、俺はギュッとシーツを握る。すぐにしわっとシーツに線が何本もいきわたる。
「春ちゃん」
「んだよ……」
「そっち向いていい?」
そう、神津はまたも消えるような声で尋ねてきた。
何故そんなに不安げなのか、いちいち了承を得ようとするのか分からず、戸惑いながらも俺は「いい」と短く答えた。
すると、少し間があってから神津はゆっくりと寝返りを打ち、こっちを向いてきた。
「抱きしめていい?」
「……おう」
いつもは聞いても来ないくせに、今日に限ってどうして聞くのか。しかも、わざわざ許可を求めてくるなんて……と疑問を抱きつつも、その問いにも肯定した。
ぎゅうっと強く抱き締められ、俺は、腫れ物に触るように腰に回された神津の手にそっと触れた。
神津は、何もしてこないし、求めてもこなかった。
ただ、ただ優しく俺のことを包み込むだけだった。
そして、俺の頭をぽんぽんと、まるで子供をあやすように軽く叩いてきたのだ。
「おやすみ、春ちゃん」
「……ん」
(なんでだよ……お前は俺のことどう思ってんだ? ただの同居人か?)
俺達はただ同じベッドの上で眠るだけ。
それだけのことだったが、何故か俺は酷く泣きたくなってきてしまった。
「神津は……」
「なあに? 春ちゃん」
「いや、何でもねえ……」
俺の事好きか? 何て、怖くて聞けなかった。
きっと好きだよ。とは帰ってくるだろうが、それが恋愛的な意味なのか幼馴染みとしてなのか分かったもんじゃないから。だが、それを察したのか、神津は俺の耳元で「好きだよ」と呟いた。
「好き、春ちゃん。好きだよ」
「おう、分かったから。恥ずかしいから、やめろ」
本当は嬉しい。もっといって欲しい。
そんなこと言えるはずもなかった。
(あー俺、ほんと馬鹿だな)
受け身に回りすぎて、与えられるものに満足して、時々腹を立てて。ほんと、あの二人を子供といったが、自分の方がよっぽどガキじゃないかと。
「……俺も」
―――好きだ。
そう言えたら、良かったのに。
俺は、そう考えながら目を閉じた。