(二)
蛍光灯は光っておらず、その薄暗い教室に外から差し込む旭光が眩しい。窓の外では雀たちが飛び回ったり、歩いたりなどをしている。彼らは小雨に降られながら何をしているのだろうと、考えても答えが分かるはずもないが、考えてしまう。大人になればこういったことも考えなくなるのだろうか。
樹林から伸びる夏雨の染みた小道を、涼風に吹かれながら自転車がやってくる。読んでいた小説に栞を挟み、パタンと閉じた。
『おはよ。やっぱり凄く早いんだね。』
誰もいるはずのない教室に私が居ることに驚いた石川君はおはようと返し、席に着いた。教科書類は教室に置いておく人も多い中、彼の鞄には沢山の本が入っている。
彼の前の席にに腰掛け、彼に問う。
「こんなに早く来ていつも何してるの?」
「朝苦手だから、早めに来てるだけだよ」
「嘘だ。他にもあるでしょ。」
私は自信満々でそういった。嘘をついていると彼の顔に出ていたわけでもないし、なんの根拠もないけれど、何故か自信がある。彼は少し微笑んで、
「朝の学校が小学生の時から好きで、特に冬は。朝の空気って澄んでる気がして、好きなんだよね。」
あまりにも大人びていて、このクラスでは彼は受け入れられず、彼もまた、受け入れる余地がないのだなと思う。
「石川君って部活何入ってるの?」
「何も入ってない。帰宅部。」
「私も」
朝の教室で二人きり。何気ない会話をして、時間を潰す。山々の後ろに広がる灰色の空で、朝陽がきらきらと煌めく。
朝の教室に通い始めて何回か経った頃、石川君と二人で一緒に黒板を消した。石川君がまず縦方向で消し、続いて私が、残りのチョークを横方向で拭き直す。
私の届かないところは石川君が消してくれた。私の手に彼が被せて、なんてことは無なかったけれど、二人で何かをするということが十分に嬉しかった。
「こうやって綺麗にした後に、先生や誰かが褒めてくれるのは嬉しいよ。」
と石川君は言った。
私はそれを見ていただろうか。彼の些細な優しさを。私は気づいていたのだろうか。
「私の友達に石川君がやってくれたって伝えたら、皆もっと褒めてくれるかもしれないよ。」
贖罪のつもりでそう言ったけれど、恥ずかしいからと止められてしまった。何も恥ずかしくないじゃない。と言おうと思ったが、彼はもう私を見ていなかったので諦めた。
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