僕の初恋は、高校の入学式だった。体育館に並べられて、一人一人名前を呼ばれて返事をするだけの行事を終えた後、僕達は教室に移動させられた。出席番号順に席が与えられ、その席は一年変わらない。人見知りの僕は、ジャイアンみたいな男子が隣になったらどうしよう……なんて不安に胃を痛めていたが、驚いた。隣に座ったのは、テレビで見る俳優の様な美形だったのだ。健康的な肌色に、黒髪を目の上まで伸ばし、凛とした眉毛の下には丁度狐が化けた色男の様に、大きくて切れ長の二重まぶたがついている。髪と眉の黒々としたのにそぐわず、こちらを向いた瞳は春の日を受けて茶色く透き通っていた。僕は目があった瞬間、無意識に息を止めてしまった。彫刻かの様な造形が、急に動いて目があったので、感動と、そして少しの恐怖に固まってしまったのだ。彼は暫く不審そうな目つきで僕を観察していたが、どうやら悪人ではなさそうな事が分かったのか、少し強面気味の顔には意外な、フニャリとした笑顔を僕に向けた。その瞬間、僕の胸は今までに無い拍動を打ち始めた。バクバクと音が聞こえる程の振動を全身に震わせ、顔が赤くなってきたのが分かった。僕は慌てて全力で口角を上げて愛想笑いをした。彼は僕が真っ赤になってニタニタおかしな笑い方をしているのが面白かった様で、今度はフフフと声に出して笑った後、
「君ってどこ中?」
とにこやかに質問した。よく笑う人だな……と思った。きつい傾斜を描く彼の目の輪郭線が、僕が何か言う度、ゆるやかに曲がり、涙袋を浮かばせてニッコリ僕に笑いかけた。
彼の名前は雪谷春一と言った。
「冬なんか春なんか分からんでしょ」
と春一君は言った。それで僕の緊張はプツリと切れてしまい、フッフフとまた気味の悪い笑い方をしてしまった。自分の話がウケて嬉しいのか、春一君は僕が笑っているのを見て、釣られるように笑い出した。
僕が自己紹介する番になって、僕はなるべく爽やかな表情を作りながら、花岡春夫です、好きに呼んで下さい、と言って春一君の出方を伺った。春一君は暫く僕の顔をぽかんとした顔で見ていたが、顔はそのまま、唇をゆっくり動かして
「春の字一緒じゃん」
と、さもさも珍しそうな顔をして呟いた。その後、ハルオって古風だね、ていうかめちゃくちゃ名前春っぽいね、と暫く僕の名前について評論していたが、急にこちらに向き直ると、彼はトビキリの笑顔を見せた。
「可愛いね」
それが最初、僕について言った物か、名前に対して言った物か判断しかねて、僕は赤くなる事も忘れてぽかんとしてしまった。理解はジワジワと回った。こんなイケメンに可愛いなんて言われて、恋に落ちない女の子はいないんだろうな……きっと春一君は、僕をからかっているんだな……そう決めてしまうと、モテ男は人を馬鹿にしている!という怒った様な気持ちになってしまった。別に可愛くないし、と不器用ヒロインみたいな台詞を言い投げて、僕はスッカリ俯いてしまった。
僕は、十六年も生きてきて、未だ経験しなかった始めての体験に、心底動揺していた様に思う。怒った様なふりをしながら、今まで眠っていた恋心がトクン、トクンと、動き始めていた僕は、照れているのを面白がって、可愛い可愛いと褒める春一君の一言一言に、胸をときめかし、時には手が震える程に嬉しくなってしまうのだった。
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