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新興住宅地の高台にある、くるみちゃんママのおうちは、建売の4軒分以上の面積があった。
[斎藤 圭佑 千夏 胡桃]
表札には3人の名前があった。
門のインターホンを鳴らす。
『いらっしゃい、鍵は開いてるから入って!』
「お邪魔します」
門を開けて中へ入る。
玄関までのアプローチもS字型に歩道が作ってあり両側には花が植えられていた。
「こんにちは!」
「いらっしゃいませ、どうぞ。しょうちゃんはこのスリッパだよ」
ドアを開けて招き入れてくれたのは、胡桃ちゃん。
スリッパを二つ並べてくれた。
ツインテールの柔らかそうな巻き髪が揺れて可愛い。
普段スリッパを履かない翔太はとても歩きにくそうだ。
リビングに入ると、くるみちゃんママこと、千夏さんがソファに寝そべっていた。
いつも外で会うきちんとした千夏さんとは、少しイメージが違う。
ホントに体調が悪そうだ。
「こんにちは、具合どう?」
「うーん、どう言えばいいんだろ?ダルいしやる気が出ないし、食欲もねぇ…」
「すぐに食べれるもの買ってきたけど、ピザじゃくどいかな?サラダとケーキもあるよ」
「あ、サラダいただこうかな?胡桃、お皿とフォーク出してちょうだい」
「はーい」
「あ、よければ私やるから。胡桃ちゃん、私に教えてくれるかな?」
「ごめんなさいね、お願いします。冷蔵庫にある飲み物も、適当に出して」
うちの3倍くらいはありそうな冷蔵庫から、ジンジャーエールと、オレンジジュースと、牛乳を出した。
食器棚から、取り分け用の皿、フォークにお箸にスプーン、それからグラス。
「ね、子供用のコップって?」
「うちね、そういうのないの。大人と同じのを使わせてるの」
「すごいね、割ってしまいそうだけど」
コップやお皿を上手に並べていく胡桃ちゃんを見ていると、そっと大事そうに扱っているから大丈夫そうだ。
「最初は危ないからプラスチックのやつを使わせてたけど、3歳過ぎてからはわざと同じものよ。そうすることで、食器は丁寧に扱わないと割れるものだとおぼえるから、後々食事の時の所作が綺麗になる…らしいわ」
「所作かぁ。うちは男の子だから考えたことなかったなぁ、胡桃ちゃんにはしっかり躾を始めてるんだね」
「まぁね、夫の実家がそういうことうるさいのよ。たいした家柄でもないくせにね。でも今までに何個も食器は割れてるから」
「ママがね、パパにおちゃわんなげたからパリーンてわれたの、パリーンて」
胡桃ちゃんがあどけない顔で説明してくれる。
「それって、例の件で?」
「そう、最初にリゾートホテルの領収書が出てきた時にね、問い詰めたの。立て替えた接待費も振り込まれてないのは、どういうこと?って」
「でも、なんか言い訳されたって言ってたね」
「そう。私の勘違いだし、振り込まれてないのは会社の手違いだって」
「それでお皿を投げたの?パリーンて」
「違う、その時のアイツの言葉にカチンときたの」
「なんて言われたの?」
「お前は子どもの世話と俺の世話をしてればいいんだ、働かなくても食べていけるのは俺がしっかり働いてるせいなんだぞ、ごちゃごちゃ文句言うなって」
「えーっ、そんなこと言われたの?」
「私のこと、なんだと思ってるんだって感じでしょ?家政婦で乳母?冗談じゃないわよね?」
「ま、そうだけど。こんな立派な家に住んでいられるのはうらやましいよ」
「家?家はアイツの両親が、結婚と同時に建ててくれたのよ。アイツがお金出してるわけじゃないの。もともとあった土地に、いずれは同居する予定でと、こんな大きな家になったの」
「そうなんだ。いつかは同居?それはちょっと考えちゃうな」
「でしょ?考えちゃうよね。でも結婚する時は、そんなこと特別深く考えなかったんだよね。家族にも友達にも、玉の輿だねとか言われて。今になったらこれが一番の足枷だわ」
ヒタヒタにかけたドレッシングで取り分けたサラダは、くたっとしていた。
フォークでつつきすぎてる、千夏。
「足枷?」
「うん。あちらのご両親に強気ででれないのよ。家も建ててもらったしって思うとつい、いい嫁になろうとしちゃう。子どものこともね、次は男の子ね!とか言われちゃうし。こんなんじゃ次はないかもしれないのに…」
話終わると一気にジンジャーエールのグラスを空にする。
「あっ!そうそう、うちもその話、二人目の話で千夏さんに話を聞いてもらおうと思って来たんだった」
わざわざここにきた理由を思い出した。
「おかあちゃん、あっちでくるみちゃんとあそんでもいい?」
翔太が、ご馳走様をして胡桃ちゃんと遊ぼうとしていた。
「いいよ、仲良くね」
「あ、ちょっと待って、胡桃、歯磨きしてからね」
「はーい」
胡桃ちゃんは、洗面所から歯ブラシを持ってきて歯磨きを始めた。
「お昼ご飯のあとも歯磨きさせてるの?」
「うん、目と歯は、健康な方がいいからね。翔太くんもやらせるなら、買い置きの歯ブラシあるよ」
「ぼくもはみがきする」
ここにいると、翔太にもいい教育ができそうな気がしてきた。
子どもたちが庭の砂場で遊び始めたのを確認すると、昨夜の健二とのやりとりを千夏に話した。