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「寝言?」
「そう、まだしたいの?マリちゃんってハッキリ言ったの」
「マリって名前に思い当たることは?」
「ないんだよね、会社の人にもそんな名前いなかった気がするし」
「他には何かないの?浮気してるっぽいことは」
「領収書もないし、たとえば香水の匂いとかもない。強いて言えば、サービス残業がたまにあるかな?」
千夏は、うーんと腕組みをして何かを考えてる。
さっきまで寝そべっていたのに、いまになったら起きてちゃんと座っている。
「サービス残業?今まではなかったの?」
「なかったと思う。なんかやらかす後輩がいて、その尻拭いしてるとか言ってた」
「他には?」
「あ、証拠かどうかわからないけどね、LINEの書き方が変わった気がして。気のせいかもしれないけどね」
「ちょっと見せてくれる?」
「いいよ」
私は、スマホを取り出してLINEを見せた。
見返してみると、先週の残業の時も理由から先に書いてあった。
「たしかに、理由を先に書いて、で、遅くなるって書いてるのはサービス残業の時くらいだね」
「そうでしょ?私、残業の理由なんていままで問いただしたことなんてないよ。残業?あ、そうって感じだったのに」
「これは、夫婦ならではの違和感ってやつだね。それと、もう一つおしえて」
声をひそめる千夏。
「セックスの手順に何か違いはなかった?」
「ぶっ!!」
思わず飲んでいたオレンジジュースを吹き出した。
「あ、ごめん、ぶしつけなこと聞いちゃったね」
「いいけど、びっくりした。千夏さん、そんなこと言うと思わなくて…」
「くるみちゃんママでいる時は、少しガードしてるからね、私。でも中身はこんなもんよ」
「でも、話しやすくて助かる!えっとね、手順は、雑だったかな?まぁ、横に翔太がいるし、残業で疲れてたみたいだから仕方ないけど…」
「ホントに残業だったのかな?」
「え?」
「マリって女に吸い取られて帰ってきて、綾菜さんには残りカスだったりして…」
「えーーっ!千夏さん、すっごい下品!!」
「あ、ホント、ごめん、素の私を嫌いにならないで」
目を合わせてあはは!と笑い合う。
とんでもないことが起こったような気がしてたけど、誰かに打ち明けただけで幾分か気持ちが軽くなった。
「でも…」
と千夏。
「まだハッキリ決まったわけじゃないから、あんまり騒がないで様子を見たほうがいいかもね。うちみたいに逆ギレされると、ホントに腹が立つし、悩み過ぎて体調くずすよ」
「でも、千夏さん、私がきた時よりだいぶ元気になった気がするけど…」
「あら、ホントだわ。蜜のおかげかしら?」
「蜜?」
「よく言うでしょ?他人の不幸は蜜の味って。なんか違うな。ごめんね、例えが悪かった。なんていうか、同じようなことで悩んでいるのが自分だけじゃないとわかったら、元気が出たの。ありがと」
「ううん、私も、千夏さんに話したら気が楽になったから」
「傷の舐め合い?これも違うな」
「たとえはいいって。これで幸せ自慢とかされたら、思いっきり落ち込むけど似たような話でよかったってことだよね?」
「そうだね、ちょっと元気が出てきたよ」
「でも、うちのはまだ様子見だけど、千夏さんはこれからどうするの?」
「それ!どうしようか考えてるんだ、ずっと」
「子どもがいると、考えちゃうよね。自分だけの人生じゃなくて、子どものこれからにも関わってくるから」
「…でしょ?調査結果があるし、離婚したいと言えば有利に進められるとは思うんだけど」
「だけど?」
千夏は、今度はゆっくりと、ジンジャーエールを飲んでいる。
「浮気イコール即離婚!というのも違う気がするんだよね。そりゃ、まだ大学生の女の子に手を出したっていうのは頭にきたよ、だって若さを求めていたとしたら、私には絶対太刀打ちできないもの」
「でも、お茶碗投げるほど頭にきたってことは、それだけご主人のことを好きだからでしょ?」
「あ、それちょっと違うかも。お茶碗投げたというか、テーブルのお茶碗を落としたのよ、ちゃぶ台ひっくり返す、みたいな感じ。いま思うと、浮気されたことが頭にきたというより、誰のおかげで飯が食えてると思ってるんだ発言が頭にきたのかも?」
「あー、なるほど…」
「それも、浮気のことを追及されての逆ギレだからね。ある意味、認めてるようなもんでしょ?」
「そうだね、ごまかそうとして反対にバレてるみたいな」
「それとね、ちょっとこれ見て」
そういうと、食器棚の上からA4サイズの茶封筒を取り出した。
「これ、この報告書にある相手の女子大生のことを読んでみて…」
[斎藤圭佑・調査報告書]
と書いてある封筒からA4の書類を取り出した。
相手の女子大生は、お嬢様が集まることで有名な大学だった。
この調査報告書によると、千夏のご主人の他にも何人かお付き合いしている男性がいるようだ。
食事やデートをして、いくらかのお小遣いをもらうというパパ活で、毎月結構な額のお金を集めているらしい。
「え?パパ活なの?」
「そうみたい。だから浮気というのとはちょっと違うような気がして」
「ご主人はそれをわかってるのかな?」
「どうだろ?わかっててお小遣いをあげてデートしてるのか、それとも騙されているのか?」
「それにしても、興信所の調査ってすごいね。結構な額を集めてるとか、どうやって調べるんだろ?」
「簡単みたいよ、SNSから探るのと、それから友人から情報を集めてるみたい。あ、そうそう、もう少し下の方を見て」
言われて報告書の下の方を読む。
[まだ、体の関係、いわゆる不貞行為には至ってないもよう]
「え?どういうこと?」
「そういうこと」
「清い関係ってこと?」
「多分ね、一緒に外泊したことはまちがいないみたいだけど」
「これって、浮気じゃないってこと?なんていうか、主婦がホストに入れ上げて貢いでるみたいなこと?」
「相手からしたらそう。でもね、ちょっと違うのはアイツ。なんか浮かれてるのよ、隠しきれてないの、恋してます感が!それがまた腹立たしくて」
ボン!とクッションを一発殴る。
千夏は感情が昂ると、モノにあたってしまうタイプなんだと思った。
「千夏さん、ちょっと落ち着こう、ね。えっと、整理すると…。ご主人は若い女にお金を貢いでる、相手はパパ活してるだけなのに、ご主人のほうはもしかすると好きになってるかもしれない、俺が稼いでるんだから文句言うなとか言われた…かな?」
「ま、そんなとこ」
「でも、多分、体の関係はない、まだ…」
「そこまでの関係になるためには、相当なお金が必要みたい。あ、これはネットで相場を調べたから」
「ということは、離婚を訴えるとしても。パパ活して若い子にお金を貢いでるから、ってだけになっちゃうね」
「あ、なんか理由が弱くなってきた。でも私はなんでこんなに許せないんだろ?ずっと腹が立ってるんだよ、なんでだろ?」
千夏さんの立場になったと想像してみる…。
「あ、もしかして?」
「ん?」
「今、自分が千夏さんの立場だったらって想像したんだけど」
「何かわかった?」
「ご主人のバカさに腹が立ってるんじゃない?」
「……」
「ごめん、よそんちのご主人をバカだなんて言っちゃって」
「ううん、いいの、そうだ、それよ!まともに相手にされてないのに、パパ活のカモでしかないのに、お金使って浮かれて私を見下したことに腹が立ってるんだ、そうそう。アイツに、パパ活の話してもきっと信じない気がするんだよね、それがまた腹立たしくて」
そうそう、とやたらにうなづく千夏。
そこに翔太と胡桃がやってきた。
「おかあちゃん、ねむたくなった」
「ママ、くるみもおひるねする」
「じゃあ、こっちでお昼寝しようか?二人ともおいで」
和室に布団を敷いて、二人を寝かしつけた。
遊び疲れたのか、すっと寝てしまった子どもたち。
「この子たちには、両親がいたほうがいいよね?」
千夏がポツリと言う。
「そうだね、シングルママの大変さは、私よくわかってるんだ、うちがそうだったから」
「離婚は、思いとどまるかな?でも、このままじゃなんだかスッキリしなくて、精神的にまいりそう…」
「じゃ、ご主人の目を覚まさせる?私に考えがあるんだけど」
「え?どうやって?」
「さっきの報告書に、相手の女子大生のアルバイト先が書いてあったでしょ?だから……」
私は思いついたことを千夏に伝えた。
「綾菜ちゃん、頭いい!」
私の計画を聞いた千夏は、ますます元気になった。