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ひとしきり笑い合って、話をして、夜更かしも今の身体には毒だろう、と二人は早々に眠ることにした。イルネスは数秒で眠りに落ち、があぐうといびきまで立て始める。一方、ヒルデガルドはどうにも眠れずにいた。


隣のうるさい娘のことは気にならなかったが、今後のことを思えば、中々寝付けず、もそもそと起きて、静かに縁側へ向かった。深夜というのもあり、都といえども流石に静かで、虫の鳴き声がよく聞こえる。


「おう、なんだ。寝てなかったんだね」


「ヤマヒメ? もう帰って来ていたのか」


「ああ、大したことじゃあねえやな」


彼女は手に酒瓶を持ち、じっと月を見上げていた。


「まあ、隣に座んな。てめえの話を聞いてやろう」


「……フ、案外、情に厚いんだな?」


「元が人間だから、感情ってのが作用するんだろうさ」


隣にすとんと座って、池に映った月を見る。魚の影が泳いだ。


「何を飼ってるんだ、この池は」


「鯉だよ。そっちじゃあいないのかい?」


「ああ、このまだら模様は知らないな」


紅白に美しく彩られた大きな鯉が気侭に泳ぐのが、羨ましくなった。冒険者として歩き方を変えたときは楽しいと思えたし、新たな目標を見つけた気がしていたが、飛空艇の騒動が起きて、それも少し遠のいている。


このまま力を取り戻して、そのあとは何事もなく、静かに──それでいて周囲とは騒がしく──過ごせるのなら良いのに。そんな期待が逃げていくようで、もの悲しさからため息が漏れた。


「なんでえ。せっかく良い夜だってのに暗い顔して」


「考えることが多くてね。君は良いな、自由で」


「カッカッカ! そういう生き方しか知らねえもんでよ!」


隣で響く明るい笑い声が、暗くなった気持ちを少しだけ宥めてくれている気がした。


「私はな、ヤマヒメ。大陸では大賢者と呼ばれ、一度はイルネスを葬ったこともある。だが、名誉とは時に重荷になるものでな。全てを捨てて、また一からの出直しが出来ると思っていた矢先、大きな問題が立ちはだかって、気侭に生きるとはどういうものなのか、私には分からなくなってしまった」


零れ落ちる言葉を、ヤマヒメは酒を飲みながら耳を傾ける。ヒルデガルドは、ただぽつぽつと言葉を紡いで、語り続けた。


「自分なら、きっとうまく行くと思っていたことは勘違いだったのかもしれない。……今は記憶に蓋をされ、自分と共に戦ってくれた者たちの顔も思い出せず、力も取り戻せるかも不安なところがある。私の目指していた気侭な生き方とは程遠い」


ここぞとばかりに、ヤマヒメがぷっ、と小さく笑う。


「どこが程遠いんだか。てめえってのは深く考えすぎて、気の抜いた生き方ってのを知らねえ。だからそうやってウジウジと考えちまうんじゃ」


空になった瓶の底をどんっと床にたたきつけて、彼女は立ち上がり──。


「よいか、小娘。気侭な生き方ってなあ、深く考えるもんじゃねえ。理不尽でさえ受け入れながら握り締めて立ち上がれる、クソがつくほど強ええ奴の生き方よ! か細い、触ったら切れちまうほどの糸みてえな心で、力なんか取り戻せるわけがねえ!」


握り拳をヒルデガルドに見せつけ、ぎらりと白い歯を並べ、彼女は力強い言葉で、励ましでもなんでもない、それこそ気侭な想いを並べた。


「何かの上に立つってなあ、気楽なもんじゃねえ。だけどもよ? それすらも糧にしてやれなきゃあ、前には進めねえ。たとえ屍の上だったとしてもだ! 分かったら、悩むな。てめえらしいやり方で、何もかも笑い飛ばせりゃあ最強だろ?」


力強い想いの籠った言葉に勇気づけられ、ヒルデガルドは胸の内に渦巻いていたもやもやとした感情が蕩けて消えていくのを感じる。誰もが簡単に前に進めるわけではない。それでもヤマヒメは突き進むだけの強い精神力を持っていて、憧れさえ抱く|純粋《まっすぐ》さに、彼女も立ち上がって──。


「そうだな。その通りだ。弱さはここで捨てて行こう」


「おうともさ。わちき好みの良い顔になったじゃねえの」


「褒め言葉は心地が良い。ようやく眠れそうだ」


「じゃあ、寝ちまいな。明日は祠に連れてってやるからよ」


部屋に戻ろうとしたヒルデガルドが足を止めた。


「そういえば、君はどこへ行っていたんだ?」


「おう。だからよ、その祠を見に行ってたのさ。連れて行ってやるにしても、わちきは記憶力も良い方じゃあねえ。場所が間違ってないかの下見さ」


彼女が力を取り戻せば、きっと面白いものが見られるかもしれない。そんな感覚がヤマヒメを動かしていた。祠を改めて見てきた感想はいまいちだったが、魔物である自分では理解の及ばないものがある可能性も考慮して、昼前には二人を連れていくつもりだった。だが、道を覚えるのが苦手なので、案内はノキマルがして、自分も同行する形になる、と苦笑いした。


「頼もしいな。なんと礼を言えばいいのか」


「構うな、構うな。てめえには仕事も頼んでるから安いもんだ」


ヤマヒメはまたヒルデガルドの頭をぽんと撫でて言った。


「いいか、小娘。諦めるんじゃねえぞ。前ばっかり見てりゃ疲れるときもあるが、俯いたり、振り向いたりするんじゃなくて、ただ座って休むことも覚えよ」


「……ああ。肝に銘じておくよ、ありがとう」

大賢者ヒルデガルドの気侭な革命譚

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