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ゆうき あきや
4,132
259
#心理描写重視
第167話:ブラックホール化するコタツ
元・陸上自衛隊需品科の技術とミリタリー規格の断熱材をフル動員し、我が古民家の居間に「最強要塞コタツ」を設営してから一夜。
十勝地方の朝は、昨日をさらに上回る容赦のない極寒のシバれ(冷え込み)に見舞われていた。
縁側の外の景色は、鋭い霜の結晶によって完全に白銀の世界へと変えられており、防風林の木々は寒さに耐えるように静まり返っている。
だが、そんな極寒の戦場において、我が家の居間だけは、昨日完成した防寒要塞の熱循環システムによって、信じられないほどの絶対的な熱量を維持していた。
カチッ。
俺――アキヤが、最強要塞コタツの電源スイッチを室温最適化のためにアクティベートした、まさにその直後だった。
居間の大座布団の上で静かに丸くなっていた、我が家の絶対権力者、純白の神獣シロ様が微かに耳をピクリと動かした。
彼女がゆっくりと立ち上がり、こちらを振り返った瞬間。
コタツから漂い始めた至高の輻射熱を捉えて、シロ様の神秘的な『オッドアイ』の瞳が、左右で全く異なる圧倒的な神聖さを伴ってキラリと煌めいた。
左目のサファイアブルーはどこまでも深く澄み切った知性の光を湛え、右目の琥珀色は気高く温かな太陽の生命力を宿している。
その美しい二色の瞳をスッと細めたシロ様は、「ミャウ(ついにこの時が来たわね)」と低く鳴くと、吸い込まれるような優雅な動きでコタツ布団の隙間へと滑り込み、一瞬で姿を消した。
それが、すべての始まりだった。
シロ様に続くようにして、庭からトコトコと入ってきたキタキツネの兄弟、コン吉とコン次郎が、コタツから漏れ出る極上の熱気に目を輝かせた。
二匹は「キュイン!」「コンッ!」と歓声を上げるや否や、ヘッドスライディングの勢いでコタツ布団の中へとドボン! とダイブした。
さらに、縁側のガラス戸がズゴゴゴゴ……と不穏な音を立てて数センチだけ開け放たれる。
隙間からぬっと室内に侵入してきたのは、体長3メートルの巨大ヒグマの、恐ろしく分厚い頭と前足だった。
野生の王たるヒグマも、十勝の厳しい霜には勝てなかったらしい。彼は縁側に巨体を預けたまま、頭と前足だけをコタツ布団の中へと強引に突っ込み、そのまま「グルォォ……(極楽だぜ)」と満足げな地鳴りのような鼻息を漏らして完全にフリーズした。
「あ、アキヤ君、おはようさん。ちょっとお茶飲みに来たべさ……って、あらま!」
そこへ、毎朝の日課としてお茶飲みにやってきた、村長をはじめとする限界集落のおばあちゃん達が数人、居間へと入ってきた。
「皆さん、おはようございます。今コタツの電源を入れたところです。どうぞ入ってください」
「お、コタツかい。ありがたいねぇ、今朝は冷えるから……うわっ!?」
村長が、何気ない動作でコタツへと足を一歩滑り込ませた、その瞬間だった。
村長の顔からすべての緊張感が消え去り、まるで魂を吸い取られたかのように目がトロンと虚ろになった。
「こ、これは……極楽じゃあ……ワシはもう、ここから一歩も動かんぞ……」
村長はそのまま畳の上へとズルズルと崩れ落ち、コタツの重力圏へと沈没した。
「これこれ、村長さん、だらしないねぇ……ひゃあぁぁぁあ!!!」
注意しようとしたトメさんやおばあちゃん達も、コタツ布団に足が触れた瞬間に、全神経の防衛線が完全崩壊。
「何これ、足を入れた瞬間に長年の神経痛が完全に霧散していくわ……」「極楽、まさに極楽じゃあ……」と、次々に目を細めて溶けるように畳へと同化していった。
シロ様の神聖プラチナオーラ(暖房バフ)と、俺が施したミリタリー規格の断熱構造が完全融合した結果。
我が家の要塞コタツは、中に潜り込んだ者すべての行動力と理性を完全に無に帰す、誰も出てくることができない『堕落のブラックホール(絶対重力圏)』へと変貌を遂げてしまったのだ。
頭だけを突っ込んで動かなくなったヒグマ、完全に液状化したキツネ兄弟、そしてお茶を飲むことすら忘れて魂を抜かれた老人たち。
居間には、ただコタツの圧倒的な引力に囚われた者たちの、平和すぎる寝息だけが満ち溢れていた。
最強のルーターを通じて全世界へ生配信されている画面の向こうでは、この「人間も動物もすべてをダメにするブラックホールコタツ」の圧倒的な破壊力を目撃した四千万人を超えるリスナーたちが、完全に腹を抱えて大爆笑の渦へと叩き落とされていた。
『うわあああああ!!! 限界集落の居間が完全な堕落の墓場になってるぞ!!!』
『ヒグマが頭だけコタツに突っ込んで動かないのシュールすぎるだろwwww』
『村のお年寄りたちの魂が完全に吸い取られてるじゃねえかwww』
『シロ様のオッドアイの魔力がコタツの熱と混ざって究極の精神破壊兵器になってるww』
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)二百連発』
『”The Fluffy Black Hole!!! Master, that is a dangerous weapon that destroys human willpower! I’ll pay 2 billion yen to buy that lazy fortress for my royal family!“(モフモフのブラックホールだ!!! 主よ、あれは人間の意志の力を破壊する危険な兵器だぞ! 我が王族のために、あの怠惰の要塞を20億円で買い取る!!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$5,000MeTubeギフト)百五十連発』
『”Wow! That’s the ultimate relaxation! Akiya, your house is a magic sanctuary! Let me dive into that black hole right now!“(ワオ! それこそが究極のリラクゼーションよ! アキヤ、あなたの家は魔法の聖域ね! 私も今すぐそのブラックホールにダイブさせて!)』
世界中から数え切れないほどの億単位の資本が限界集落へ向けて一斉掃射され、画面が光の弾幕によって物理的にホワイトアウトしかける狂乱のド真ん中で。
俺――アキヤは、全員が怠惰の底へと沈没している重力圏には目もくれず、コタツの外で背筋をピンと伸ばし、おもむろに保冷バッグからいつものタッパーを取り出していた。
中に入っているのは、完璧な水加減で炊き上げられた『冷やし玄米』と、この冬の朝の警戒任務に合わせてストイックに仕込んでおいた『大豆ミートと十勝産ゴボウの氷点下味噌炒め』である。
「……よし。前線陣地における、環境誘導型精神弛緩現象(堕落)、および複数ユニットの完全な行動不能状態を確認。これより指揮官は、これからの日中防衛戦(コタツ周辺の片付け)を完全遂行するため、定時エネルギー補給を開始する」
俺は、コタツ布団の隙間から漏れ出るプラチナ色の光に照らされながら、一切の感情を排した元・社畜の顔で、ストイックに大豆ミートを冷やし玄米の上にワンバウンドさせて咀嚼し始めた。
(……ふむ。十勝ゴボウの豊かな食物繊維と、大豆の植物性タンパク質。どれほど周囲の人間が熱源によって魂を抜かれようとも、冷たい戦闘糧食(ロジスティクス)をノーミスで胃の腑へと滑り込ませる。これ以上の兵站はないな)
脳内で完璧な戦術栄養補給を完了し、冷たい玄米を淡々と咀嚼し続ける俺。
「お、お兄さぁぁぁん!!! 目の前にいるシロちゃん達も、お茶飲みに来た村長さんやおばあちゃん達も、全員がコタツの引力に囚われて『堕落のブラックホール』に魂を吸い取られてる歴史的な大崩壊の瞬間に、なんで一人だけコタツに足も入れずに真顔で『ゴボウ大豆ミート』をストイックにモグモグ咀嚼できるんですか!!」
小春ちゃんが完全に理性を消失させ、お茶請けのミカンを入れるために物置から台所へと持ってきていた、樹脂製の頑丈な『特大・プラスチック製みかんカゴ(耐衝撃ヘビーデューティー仕様・容量約三十リットル)』を両手でハンマーのように大上段に構え、凄まじいジト目でツッコミを入れてくる。
だが、俺は玄米の咀嚼を止めない。
「小春ちゃん、取り乱すな。どれほど国際市場のハイパーインフレや怠惰の重力が我が陣地を制圧しにかかってこようとも、元・陸上自衛隊需品科たるもの、定時給食(エネルギー補給)という基本ルーティンを怠ってはならない。いかなる環境の変化の前でも己の血糖値を一定に保ち、コタツの魔力(誘惑)を完全に遮断する。これが需品科の鉄則だ」
俺は湯呑みの熱いほうじ茶で喉を潤すと、四千五百万人を突破して地球上の主要サーバーを物理的に破滅させかけているカメラにキリッとした真顔を向け、いつもの『限界言い訳タイム』を発動した。
「世界中の皆さま。画面の向こうで、需品科の技術によってコタツがブラックホール化し、人間も動物も堕落する奇跡の冬が始まったと感動されているかもしれませんが、冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『全員の魂が抜けて白目剥いてるのに、絶対に認めない男!!!』
『主の限界言い訳タイム・堕落のブラックホール編ww』
『さあ、この最強の怠惰空間をどうやって現実科学で論破するつもりだww』
俺は淀みない口調で、極めてフラットに言い放った。
「これはブラックホールでも何でもありません。先ほど発生した現象は、我が陣地(古民家)の多層断熱構造による『高密度輻射熱の完全密閉』と、アルミシートによる『赤外線のフィードバック効果』が引き起こした、純粋な熱力学的な物理現象に過ぎません。村の老人たちが一瞬で行動不能になったのもオカルトの力ではなく、急激な温熱刺激によって全身の血管が拡張され、副交感神経が劇的に優位に立ったことによる、極めて一般的な『温熱性昏睡(ハイパーサーミア・ソムノレンス)』現象です。ヒグマやキツネたちの捕獲も、ただの暖気に対する生物学的な趨向(寒さからの避難行動)に過ぎないのです。ええ、すべてはただの『輻射熱による副交感神経の優位状態』と『地磁気に拠らない生物の避難行動』ですね」
「お茶飲みに来た村長さん達まで、ただの副交感神経のバグみたいに言うんじゃなーい!!!」
バコォォォォォンッ!!!!
小春ちゃんが、持っていた特大のプラスチック製みかんカゴを全力で振りかぶり、俺の背中に向かってパーフェクトな満塁ホームラン級・みかんカゴスマッシュを見舞った。
容量三十リットルの頑丈なプラスチックが肉体に直撃した、乾いた、しかし骨に響くような凄まじい大爆音が、古民家の高い天井へと虚しく響き渡る。
「温熱性昏睡で、村長さんが『ワシはもうここから一歩も動かん』ってガチの白目剥いてとろけるわけないでしょうが!! 生物学的な趨向じゃなくて、お兄さんが作ったコタツの性能が凄すぎるのと、シロちゃんのあの綺麗なオッドアイの瞳の幸運バフが混ざり合って、世界一幸せな『人間と動物をダメにする聖域』が完成しちゃったんでしょうが!! 自分の作った防寒陣地が、世界中をリアルタイムでとろけさせる最強の怠惰拠点だってことを素直に認めなさいよ!!」
『小春ちゃんのみかんカゴスマッシュ炸裂www(容量がデカくていい音)』
『温熱性昏睡(ただのコタツが気持ちよすぎるだけの状態)』
『生物学的な避難行動(コタツの魔力に完全敗北した野生の王)』
『適応力バグおじさん、ついに村の老人たちを副交感神経のバグで片付けやがったww』
『言い訳が無理矢理すぎて、世界中の医療学会からツッコミが入るレベルww今日も腹痛いわww』
俺の理不尽極まりない医学的な限界言い訳と、小春ちゃんのキレキレのみかんカゴツッコミに、コタツ布団の中から頭だけをちょこんと出したシロ様は「ミャウ(ほんと、相変わらず手桶やカゴで叩かれても治らない特大サイズの屁理屈下僕ね)」と、純白の耳を少しだけ揺らしながら、満足げにその美しいオッドアイの瞳を細めてゴロゴロと喉を鳴らした。
サファイアブルーと琥珀色の二色の瞳は、コタツの温もりの中で優しく輝いており、彼女にとってはこの堕落のブラックホールも、最高の寝床に過ぎないようだった。
縁側から頭を突っ込んでいた巨大ヒグマも、小春ちゃんのツッコミのリズムに合わせて「グゥ……」と楽しそうに鼻息を漏らし、お湯のように温かいコタツの熱を堪能しながら、のんびりと平和な寝息を立て始めていた。
「……まぁ、理由はどうあれ。陣地の冬期防衛線の有用性が完全実証され、村の公金口座が外貨で天文学的に潤い、これからの厳しい冬を乗り切るための完璧な暖房燃料と物資(ロジスティクス)が完全に宇宙の果てまで確保されたなら、作戦としては完全勝利だ」
俺は背中のプラスチックの衝撃を少しだけさすりながら苦笑し、コタツから這い出てきたシロ様の純白の背中を撫で、湯呑みの熱いほうじ茶をゆっくりと飲み干した。
激務に潰されて逃げ込んできた、この限界集落。
最初は一人で静かに暮らすつもりだったが、今では世界一尊いオッドアイの神獣と、最強のモフモフヒグマ、世界一キレのある女子高生、そして世界中から温かい視線を送ってくれる何千万人ものリスナーたちに囲まれた、世界一バグっていて温かい『絶対の聖域』になってしまった。
神獣の魅せる冬の奇跡と、元需品科のブレない大豆ミート咀嚼、そして室内に優しく響き渡るみかんカゴの快音。
限界集落に爆誕した堕落のブラックホールは、要塞コタツの温もりと大爆笑に包まれながら、さらに強固になった絆と共に、明日からの新しい日常の物語へと、どこまでも力強く続いていくのだった。
コメント
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いやもう、ブラックホールコタツ強すぎるだろww シロ様のオッドアイから始まって、ヒグマもおばあちゃん達も全員飲み込まれていくのが面白すぎた。そんな中で一人だけコタツに入らず真顔で大豆ミート食べる主人公と、みかんカゴでツッコむ小春ちゃんのコンビネーションが毎回最高だわ。温熱性昏睡って言い訳も相変わらずの強引さで笑った。このバグった聖域の日常、ずっと見てたいな〜。