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#夢
凪川 彩絵
「瑠璃香、新沼……課ちょ……じゃなくて新沼社長補佐と仲良かったもんね。そんな人がいきなり雲上の人になっちゃった上に……あんな姿見せられたんじゃ、びっくりするの、当然かぁ」
「うん……」
「ホントに大丈夫?」
「大丈夫。……行こっか」
そう言って、視線を逸らす。
そのまま、何も見なかったことにするみたいに。
背を向けたあとも、さっきの親密そうな二人の会話が、ずっと耳の奥に残っていた。
***
家に帰り着いたとき、玄関の中は朝と同じままだった。
当たり前のはずなのに、それをうまく〝いつも通り〟だと思えなかった。
(……ダメだな……私。どうかしてる……)
靴を脱いで家に上がると、無意識に足がリビングへ向かう。
「……なまこ」
つぶやくと、瑠璃香の気配を感じたらしいなまこが、ちょっとだけ動きを止めて、つぶらな瞳でこちらを見つめてきた。
だが、すぐさま何事もなかったみたいに回し車を回し始める。その姿を見ていると、胸の奥のざわつきが、ほんの少しだけ和らいだ気がした。
指先でそっとケージに触れる。回し車を降りたなまこが鼻を寄せてきた。
(……大丈夫)
指先をくすぐるひげの感触に小さく息を吐いて、瑠璃香は立ち上がった。
いつもなら、もう少し長く見ていたはずなのに――。
何かに急かれるみたいな違和感を抱えたまま、瑠璃香はキッチンへ向かった。
米を研いで、炊飯器のスイッチを入れる。
野菜を切って、鍋に火をかけると、ほどなくして醤油と砂糖の甘い匂いが、ゆっくりと立ちのぼり始めた。
ぼんやり見つめているうちに、煮汁の中でじゃがいもとにんじんがやわらかく色づいていく。
「あ……」
煮詰まる前に味見をして、ほんの少しだけ砂糖を足した。
市販のものより、少しだけ甘めの味。
――それが、いつの間にか当たり前になっていた。
気づけば、いつもと同じ――肉じゃがができあがっていた。
盛り付ける前に温め直してから、絹さやで彩りを加えたらきっと見栄えが良くなるはずだ。
(このままお鍋の中で冷まして、味をしみこませよう……)
肉じゃがの入った鍋を脇へよける。
普段なら煮物を作りながらほかの作業も並行してするのに、今日は鍋の中が煮立っていく様をぼんやり眺めてしまった。
(しっかりしなきゃ)
そう自分を鼓舞して、次に何をするべきか考えながら身体を動かす。
ほうれん草を洗って、ざくりと切る。
鍋に湯を沸かして、さっとくぐらせる。
冷水に取って、水気をしぼって、だし醤油を回しかけてから削り節をふわりとひとつまみ。
それだけのはずなのに、その一連の動作が妙に長く感じられた。
続けて、味噌汁の準備に取りかかる。
いつもなら出汁の素で済ませるところを、今日はなぜか鰹節で出汁を取っていた。
温まっただし汁の中へ豆腐を切って落とし、乾燥わかめとお麩を適量。
味噌を溶き入れると、ふわりとやさしい香りが立ちのぼった。
「できた……」
つぶやくと同時、ほんの少しだけ息を吐く。
手を止めることなく、器を並べていく。
ほうれん草のおひたしは小鉢に移して、ラップをかける。
肉じゃがはそのまま鍋に置いたまま、味を含ませる。
味噌汁は火を止めて、蓋をした。
鍋の中のものは皆、食べる前に温め直せばいい。
ひと通りの準備を終えて、ようやく手を止める。
――いつもと同じように、夕食の支度は整っていた。
それなのに。
コメント
1件
るりかちゃん😢