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帝都でパーティーが開催されている頃、帝国南部最大の港町シェルドハーフェン。帝国有数の物流拠点であり、そして無法者達が蔓延る暗黒街である。
その郊外にある町、黄昏。暁の拠点であるこの町は急速な発展を続けていた。象徴である巨大な大樹を中心に広大な農園が広がり、また広い牧場と酪農施設が揃い日々数百人の人々が労働に汗を流していた。大半がもと奴隷の身分ではあるが、衣食住がしっかり保証された上に給金まで出されているため労働意欲も高い。
町は石畳で舗装された広い道が何本も通り、市街地には上下水道を完備。市街地中心部にある領主の館から見て正面はメインストリートとして黄昏商会を中心に様々な商業施設が軒を連ねて賑わいを見せていた。
町の南側には大きな川がある。生活用水として使われていないこの川沿いには工業区画が整理され、ドワーフ達の工房が集まっている。
そこに大きく近代的な工場が存在し、他にも建設中である。この工場群は暁と正式に提携したライデン社の兵器工場であり、工場長として暁のドワーフ総括ドルマンが就任している。
近くにはライデン社の事務所が建設されており、副社長でありライデン会長の一人娘であるマーガレットが腹心達を引き連れて滞在している。
シャーリィとの軋轢を避けるため、そしてなにより保守的な環境から脱するためにマーガレットは帝都にあった本社機能の大半を黄昏へ移転することを決断。
黄昏と帝都を忙しく往復しながら徐々に必要な機能を移転させている。
このライデン社の動きに報いるため、シャーリィはライデン社の社員達の給金を弾むのはもちろん、衣食住すら用意した。そして日々の食事は貴族御用達である黄昏産の食料を惜しみ無く提供しているため、彼等の心をしっかりと鷲掴みにしていた。
もちろんそれ以外でも新兵器の研究開発のため巨額の投資を躊躇無く行い、黄昏では妨害されることもないので工業技術力を飛躍的に発展させていた。
なによりディーゼルエンジンを初めとした内燃機関の重要な燃料である石油を現地調達できるのが最大の魅力の一つであり、無尽蔵とも言える燃料の供給を約束されているため大型の工作機械を遠慮無く投入していき、生産開発速度も見違えるほど強化された。
本社機能を粗方黄昏へ移転させたマーガレットは、父があちこちで独自に開発して生産している兵器類の情報を集めるように指示を飛ばす。
現在ライデン社の工場は帝国各地にあるが、生産している兵器に関しては完全にバラバラである。これはライデン会長が視察の度に新兵器の設計図などをばら蒔くため、ライデン社として生産の統制が出来ていないことを意味する。
当然生産力は落ちるし、貴重なリソースの無駄遣い以外なにものでもない。そして帝国中に様々な武器、主に銃器が溢れることになってしまった。
この問題を解決するための指示ではあるが、その効果が何処まで現れるかは完全な未知数である。
現代日本ならリアルタイムでの情報伝達も可能だが、ようやく短距離無線の実用化に目処がつき始めたばかり帝国では、連絡を取るだけで下手をすれば月単位の時間を要するのだ。
この諸問題に頭を悩ませながらも、マーガレットは黄昏に建設した工場で新たなる新兵器の開発と既存の兵器の増産を図ることになる。
「はぁ、今ごろ帝都では政争の真っ最中ですわね」
「なんだ?マーガレットさんは貴族様のお遊びが好きなのかよ?」
事務所にて執務に追われながら漏らしたマーガレットの言葉に反応したのは、護衛として付けられたルイスである。
マーガレットの身柄は言うまでもなく暁にとって最重要であり、シャーリィは自分が不在の間の護衛としてルイスとアスカの二人を付けたのである。ルイスは慣れぬ書類仕事を手伝いながら護衛し、アスカはいつものように事務所の屋根の上で過ごしながら護衛を勤めていた。
「そうではありませんが、これまでの根回しの大半が無駄に終わってしまったのが悔やまれるだけです」
「ネチネチ嫌味を言われて、その癖最高級の接待を要求してくるような連中を相手にしなくて良いじゃねぇか」
「貴方、何処でそれを?」
「貴族様が考えること何ざ何処も変わらねぇし、シャーリィの奴がぼやいてたしなぁ。まあ、仲良くなれる気はしねぇよ。で、この後は?」
「工廠を視察します。ドルマンさんから試作品が完成したとの連絡が入りましたから」
「道理で戦車乗りの連中がはしゃいでたわけだ」
事務所を出たマーガレットはルイスを伴って川沿いに建設された工廠へ向かう。それを見てアスカも家屋の屋根を移動しながら付いてきた。
「悪いな、嬢ちゃん。呼び出すような真似をしてよ」
マーガレットを出迎えたのは工廠長に就任したドルマンである。彼はライデン社から提供された設計図をもとに開発を進め、ようやく試作品が完成したので連絡したのである。
「ドルマンの旦那、何と言うか……小さくねぇか?」
「まあ、マークIVを見慣れてるルイ坊にはそう見えるだろうな。だが、中身は遥かに高性能だ。戦車の連中もベタ惚れしててな、存分に乗り回してくれたから試験もスムーズに進んだんだ」
三人の前に鎮座しているのは、これまで採用されていたマークIVやFT-17ルノー戦車より世代を越えた戦車、ドイツが再軍備の際に初めて開発した戦車、一号戦車である。
全長4.02m全幅2.06 m全高1.72 m。重量は5.4 tで速力はオリジナルに劣るがそれでも速度30km/hを実現。武装は機関銃二挺のみであり装甲も13 mmしかない。乗員は二名で、とても実用的とは言えなかった。
この戦車はライデン会長が来るべき次世代戦車の開発のために提示したものであり、事実一号戦車の開発で技術力の飛躍的な向上が果たされたのである。
また一号戦車は軽快な動きと小回りの良い機動性が戦車兵達に気に入られ、少数ではあるが生産することが決定されていた。
「仲間も大勢呼び寄せた。とは言え、完璧な設計図があっても一年以上掛かったのは面目無いがな」
「いいえ、お父様の設計図は複雑怪奇で難解なのです。僅か一年で実用化まで果たしてしまうとは……」
「既に次の二号戦車、そして三号戦車の開発も始めている。三号には時間を貰うが、二号なら半年以内に実用化できると思うぞ」
「予算と人員は好きなだけ投入してくださいな。シャーリィさんからの許可も頂いていますから」
「技術屋冥利に尽きるってもんだ。任せとけ」
斯くして暁は次世代の戦車開発に邁進し、更に軍備を拡張させることとなる。