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#SnowMan
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三階の、監視用のガラスのある部屋まで行くと、そこにはファントムの姿があった。じっと、阿部の姿を見つめている。
「いらしていたのですね」
声をかけるけれど、ファントムはこちらを見ようとしていないので、柊はファントムの隣に立った。
「ええ。状況を確認しようと思いましてね」
「ちょうど、次の段階に移るところですよ」
「おや! 想定よりもかなりお早いですね。では、もう観察はよろしいので?」
「本人の行動については把握できましたから」
「そうですか。では、予定通りに致しましょう」
まるで舞台に立っているかのように大袈裟に頭を下げると、ファントムはエレベーターの方に向かって行った。
その後ろ姿を見ながら、柊はもう一台のタブレットを手に取ると、二つのタブレットを繋ぐのだった。
柊が出て行ってから程なくして、再び開いたスライドドアの方を見て、阿部は眉を顰めた。
入って来たのは柊ではなく、ファントム。ベッドから降りて立つと、睨むようにファントムを見据える。
「いやいや、大変長らくお待たせ致しました」
💚「……待ってませんけど」
「いいえ、待ちわびていた筈ですよ? この時を」
ファントムが持っていた紳士杖を二回トントンと叩くと、背後から伸びてきたゴムが阿部の体に巻き付いた。そのまま後ろに引っ張られたかと思うと、ゴムは形を変え、阿部の体を壁に磔にする。
そのゴムは、手首、足首だけではなく、胴と首にまで巻き付き、壁に固定しているので身動ぎすらできない。
「どうです? 居心地は」
💚「……最悪……」
「動きを封じても尚、余裕が見えますねぇ」
💚「この状況で、動けてた方が想定外なんだけど」
「ずいぶんと、口は回るようで」
💚「お互い様だと思いますよ」
ニコッと、笑ってみせる。次の瞬間、阿部を拘束しているゴムが一段、キツくなったのが分かり、阿部から苦痛の声が漏れる。
「その余裕、どこまで保てるでしょうね」
💚「っ」
骨が軋むような鈍い痛みと、首を圧迫されていることで苦痛に顔を歪めていると、遠くでスライドドアが開く音が聞こえた。
カツ、カツ、と独特な音を立てて歩いて来るのは、柊。その柊を振り返ったファントムが、恭しく頭を下げる。
「さあ、準備は整いましたよ」
「……ここまでのことは頼んでいませんが?」
「これは失敬。いやはや、まだ余裕があるようでしたので、いささか崩してやりたくなりましてね」
「……実験対象が壊れるようなことはしないで下さいね。それはあの方の望みとも反しますから」
「ああ、そうでしたね。加減には気を付けましょう」
トン、とファントムが紳士杖を一度つくと、少しだけ拘束が緩まった。それでも動けはしないのだけれど。
少し俯き、はぁ、はぁ、と短く息をしている阿部。
その阿部に近づいてきた柊は阿部の顎に手をかけていて、上を向かされた。ぼんやりとした目に、眼鏡を取った柊の目が映り込む。目に何かが見えるけれどハッキリとはしない。
「何か秘密にしていることはありますか?」
💚「……?」
「あなたが隠し持っているものを教えてください」
💚「……ないです、けど」
「……おかしいですね」
そこで柊は、角度を変えて阿部を見てくる。けれど阿部の目はまだぼやけて焦点が合っていないので、その姿を目で追うことはない。
柊が息をついた。
「……余計なことをしてくれましたね。これでは上手くいきません」
「おや。何か問題でも?」
「大ありです。直前のあなたの行動で台無しですよ。これでは続けられませんね」
「それは失礼しました。いけませんねぇ、つい、やってしまうのですよ」
「……次からは同行しないでもらえますか?」
「そこに興味はありませんから、どうぞ、ご自由に」
恭しく頭を下げると、ファントムは部屋から出て行った。
それを見届けてから、柊が阿部の方を振り返る。
「……すみませんね、そこまでするつもりではなかったのですが」
💚「大丈夫、です。そもそもさっきまでがちょっと想定外というか、おかしかったので」
「……それもそうですね」
💚「認めちゃうんだ」
「はぁ。その拘束、緩めていってくれたら良かったんですがね。さすがにその異能はどうにもできませんから……タブレット、用意したのに無駄になりそうですね」
💚「……え……ホントに用意してくれたの? 冗談だと思ってた」
「冗談は好みません」
💚「ふはっ……そっか。もし、見れる機会があったらお願いしますね」
「ええ。では、また後程」
そう言って柊も部屋から出て行き、少しの間、阿部はスライドドアから目が離せなかった。
💚「……なんか、変わった人だな」
そしてぽつりと、そう呟いた。
それから阿部は力なく俯き、そっと目を閉じた。
木の記憶を辿り続けているのに、探しても探しても、ファントムを捉えることはできない。もう、何時間になるだろうか。
それでも、足は止めない。今の自分にできることは、これしかないから。
疲れても、倒れそうになっても、それでも踏ん張り続ける。阿部ちゃんの為に。今、目黒の原動力はそこだけだから。
ピコン、とメッセージが届いた音が聞こえた。
ポケットからスマホを取り出して見て、目黒は目を見開いた。
そこに表示されているのは「俺は大丈夫だよ」という、たった一言だけ。差出人の名前のないそれは、緑の文字で書かれている。
目黒は立ち尽くし、顔の前で、両手でスマホを抱えながらその場にしゃがみこんだ。
🖤「……阿部ちゃん……」
無事だった。メッセージを送る余裕さえある。最悪の事態にはなっていないんだと、それだけで分かる。
差出人の名前がないのも、文字が緑色なのも、阿部がスマホではなく電脳空間から接続してきた証拠だから。
阿部が、大丈夫だと言っている。恐らく危険を承知で、それでも知らせてくれた。
だから目黒は立ち上がると、特務調査局の方へ走り出した。
途中でスマホを操作して、耳に当てる。
🖤「……ふっかさん、みんな呼んで! 阿部ちゃんから連絡来た!」
ただ一言、それだけを告げ、目黒は再び走る。
遠くまで捜索に行っていた目黒が事務所に到着した時には、全員がそこで待っていた。入って来た目黒を見るなり立ち上がっていて、向井と佐久間が慌てたように駆け寄って来る。
🩷「蓮! 阿部ちゃんから連絡って!?」
肩で息をして、整えてから目黒は応接間のテーブルの方に行き、そのメッセージを表示したままテーブルの真ん中に置いた。
💜「俺は大丈夫だよ、か……阿部ちゃんらしいね」
🤍「でもこれ、ちゃんといろんなことが分かるようになってる」
🧡「ほんまに?」
🤍「うん。まあ、文面から受け取るなら、阿部ちゃん自身は今の状況を見て、大丈夫だって判断してる。いつもの阿部ちゃんなら無理してるんだろうなって思うところだけど、多分、そうじゃない。隠すんだったらわざわざメッセージなんて送らないだろうし」
💛「だな」
🤍「それにこれ、いつも阿部ちゃんが電脳空間から送ってくるメッセージでしょ? 自分のスマホを介すると、名前も表示されるし文字も黒。だから明確に違う。それを、僕たちなら分かってるっていう狙いだね」
💛「つまり……阿部は電脳空間に入れるってことか」
🤍「うん。電気が封じられてるのは確定でしょ。それはふっかさんが直接見てるから。でも、電子にまで影響はなかった。だから、電脳空間には入れる」
🩷「じゃあ、なんで連絡してこないの? 前に誘拐事件に巻き込まれた時って、ラウールと連絡、取り合ってたんだよね?」
🤍「多分だけど、長時間、電脳空間に入れないんだと思う。あの誘拐の時は阿部ちゃん、気絶したフリして入ってたって言ってたし、あの犯人は異能を警戒してなかったから出来た。でも今回は、阿部ちゃんの異能を知った上で阿部ちゃんを攫ってる。普通に連絡してきたら、話し込んじゃうでしょ。そんなに長く電脳空間に行ってたら怪しまれちゃうよ」
❤️「確かにね。そんな危険なこと、阿部がするとは思えない」
🤍「そう。だから阿部ちゃんにとって、電脳空間に入れるっていうのは絶対、隠したいはずだよ。それと同時に、攻略のカギにもなる。阿部ちゃんなら、数秒あればいろんなことが知れるからね」
🧡「記憶力も凄いもんな。10秒くらいでめっちゃ憶えとる」
🤍「だから、小出しに使ってるんだと思うよ。ほんの数秒、隙を見て入って、情報を得てるんだ。それでも、僕たちに心配かけてるのも分かってるから、このメッセージ。これだけで僕らは、今の阿部ちゃんの状況を察する事ができる。僕にだってこのくらい推測できるんだから、阿部ちゃんはそこまで見越してたと思うよ」
💜「なるほどな。ホント、阿部ちゃんは黙って捕まってはいないね」
💙「そりゃそうだろ。あの阿部ちゃんが、何もしないわけねえって」
💜「だよねー……でも良かった。最悪は避けられてる。電脳空間に入れるなら、阿部ちゃんの方でもいろいろ対策してるだろうから、俺たちは居場所の特定に全力で当たれる」
💛「引き続き、捜索だな。めめ、あまり無茶しすぎんなよ」
🖤「……はい!」
💛「気合い入れてくぞ。阿部を、必ず助ける」
皆が岩本の言葉に頷く。
たった一言のメッセージで、特務調査局の空気が一変した。これで迷わず、立ち止まらずに進み続けられる。
阿部を助ける。ただそれだけを胸に。
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