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「はるか昔、三人の妖術師と二人の魔術師が居ました。三人の妖術師は二人の魔術師を殺し、『自分達は魔術師だ』と偽り、近くの村に住む人々を鏖殺しました。理由は恐らく、快楽の為」
「その後、重要危険人物として指名手配され、三人の妖術師は悩んだ末、自害する事を選びました。しかし、現場から見つかったのは二人の遺体だけ」
「さて問題です。もう一人の妖術師は何処へ消えたでしょうか」
「正解は―――』
「その妖術師が俺だから」
鴉の鳴き声が四方八方から聴こえる。
その声を識別出来るのは、道路の中央で腕立て伏せをしている少年のみ。
二百十、二百十一、二百十二と一定のテンポで上下に動く。汗が地面に染み込んで行くのがよく見える。
「なァ、そうだろ?呪術師さん、俺の過去を知ってるなら洗いざらい全て話せよ。アンタはもう長くないんだからサ」
絶望の顔が月の光に照らされ、よく見える。
少年はこの顔を待ち望んでいた。目の前の男が泣き叫ぶ声で、五月蝿い鴉達の声が掻き消される感覚。
「”それ以外何も知らない”?10年くらい前の事忘れちゃったのか?まァ……記憶ってのはスグ無くなるからな」
男が逃げ出そうとした刹那、両足が爆ぜ、高速道路の終点まで叫び声が響く。
あまりの苦痛に男は意識を失いかけるが、鴉の羽ばたく音で目を覚ます。
「あ〜………もう良いよ、 これ以上は聞き出せそうに無いし。クソ鴉共、聞こえてンだろ?1回しか言わないからな?」
「『殺せ』」
少年は途中だった腕立て伏せを中断し、柵に掛けられていた服を羽織る。
いつの間にか周囲に居た鴉は姿を消し、最初からいなかったような静けさが残る。
地面は紅く染まり、”ソレ”は上半身だけを残し、ただの肉片と成り果てた。
辺りに鴉は居ないはずなのに、既に死んだはずなのに。鴉の鳴き声が、止まない。
「次は、都市警備中の呪術師を殺る。契約がしてる以上、クソ鴉共には働いて貰うからな 」
少年は誰かと会話しているように見えた。
だが、その相手を視認する事は出来ない。
声が遠くなる、意識が薄れる、視界が狭くなる、命が尽きる。
最後の力を振り絞ってでも、少年に一矢報いてやりたい。男はそう思い、体全体に力を入れる。
だが、肉体はその思いに応えない。
『眠れ、お前の進むべき道は既に閉ざされた。その先には何も無い、ただの深淵だ』
先程とは違う、声が、聴こえる。
耳からでは無く、脳内に直接語りかけられている感覚。
―――もう、眠っても良いのか。
―――もう、進まなくていいのか。
―――もう、楽になろう。
『そうだ、今は眠れ。いつかお前を救う者が現れる。その時まで――― 』
その、時、まで、眠、る。
「あァ、組織と繋がってた呪術師は殺した。俺の過去について少し程度で、組織の情報は吐かなかったな 」
「……………そうか」
「ンな顔してんじゃねェぞ、飯が不味くなるだろうが。まだ組織の人間は大勢居ンだから、待ってりゃ情報は必ず 入る。だろ?」
「……………そうだが、今の私に”待つ”時間すら惜しい。他の者達の歩幅に私は合わせられない 」
「―――偉い人間ってのは、大変なモンなんだな」
咥えていたスプーンを軽く机に叩き付け、合図を送る。その 合図に反応した鴉達が、窓の外に列をなして待機している。
下す命令は勿論、決まっている。
「予定通り、都市に潜む 呪術師を全滅させる。そしたら自ずと魔術師やら秘術師やらが姿を現す」
「俺が誘き出した連中を全員、 『殺せ』 」
鴉は命令を聴いたと同時に羽ばたいて行く。
男は有り得ない状況を目の当たりにし、困惑していた。
「……どんな手品を使って呪術師を殺したのかずっと知りたかったが、まさか鴉を使役していたとは」
「使役?それはちと違ェな、俺はクソ鴉共と”契約”をした。『片方が利用される』ンじゃねェ、『互いに互いを利用する』ってヤツだ」
「………その”契約”の内容って聞いても大丈夫か?」
一瞬、少年の顔が強ばる。
“何か不味い事を聞いたか”と不安になったが、少年は直ぐにニヤリと笑って口を開いた。
「あんま言いたくねェけど、アンタは信用出来るから教えてやるよ」
「”契約”内容は『俺の愛刀を貸す代わりに、クソ鴉共の力を借りる』ってだけサ」
「…………愛刀…刀、か。鴉達はお前の刀を借りてどうするんだ?人間じゃあるまいし、振ることすら出来ないだろう? 」
「さァな、それは俺も知らねェ。もしかしら振るのはクソ鴉共じゃなくて『別の誰か』かもな」
少年は珈琲の入ったコップをひっくり返して中身を全て地面に垂らす。 だが、液体は広がらずにスライム状の”何か”に変化する。
暫くするとスライム状の”何か”は少年の影の中へ入り、姿を消した。
「―――さてと、そろそろ都内に行くとしますか。何か情報が入れば連絡する、じゃあナ」
椅子に掛けられていた服を回収し、玄関から外へ出る。
辺りは木々に囲まれ、自然の音がよく聞こえる。 だが、少年の耳には自然の音では無く、鴉の鳴き声だけが永遠と残り続けている。
「………待ってくれ、 最後に聞きたい事がある! お前の、愛刀の名前は?!」
少年は振り返り、ニヤリと笑う。
「『鬼丸国綱』」
男が一度瞬きをした後には、もう誰も居なかった。辺りに鴉の姿も見えない。
鴉の声だけは、五月蝿い程に聴こえているのに。