「ドラゴン…か」
靄の先はなだらかな山頂になっており、その中央付近にドラゴンと思われる巨大な生物が丸まっていた。
人間の声がしたからなのか、首を少し動かしてこちらをチラリと見るも、すぐに元に戻して寝てしまった。
「あれって魔物なの?」
「いや、違うと思う。感覚的な話だが、俺にはアレがコンと同じ存在に感じるんだ」
「えっと…それは…何処かの神様の使いということですか?」
「恐らくな…アレが魔物だとすれば、俺達を襲わない理由がないだろう?」
今のところ、魔物という存在は人を認識すると全て襲いかかって来ていた。
サイズこそ違うが、姿形はダンジョンで戦った竜達とそこまで変わらない。
それなのに俺達を見て襲わない。
つまり人を襲わないように突然変異した魔物か、コンと同じく何処かの神の使いかだろう。
前者は考えづらいので、恐らく後者だと思う。感覚からも。
「それにしても大人しいね?攻撃してもいいかな?」
「やめとけ。アレが神の使徒なら、強さは計り知れない」
コンのようにビビリならいいが、どうみても落ち着いている。
俺達を矮小な存在としてしか見ていないんだ。
そんな風に少し眺めていると、後ろから声を掛けられた。
「あら?何もしないの?」
「何もしないのって…別に襲われたわけじゃないしな…」
「じゃあここにはもう用はないのね」
確かに用はない。
仕方ない。刺激しても碌な展開になりそうもないし、害がないなら放置しておくか。
そう思った矢先、ドラゴンに変化が見られた。
ゴゴゴゴゴッ
「えっ!?なに!?地震っ!?」
「違うっ!ドラゴンが動き出したんだっ!」
さっきまで大人しかったのに…何故だ!?
『ギャォォッ』
ビリビリと空気を震わせる咆哮が、俺達を襲う。
翻訳出来ないから、喋った訳ではなさそうだ。
つまり、威嚇……
「何故か知らんが、怒っているようだぞっ!戦闘配置につけ!」
「了解っ!」「はいっ!」
俺を先頭に、トライアングルの布陣を敷いた。
「おいっ!お前!神の使いだろうっ!?話し合わないかっ!?」
一か八かだが、ドラゴンとの会話を試みた。
もし、コンと同じようなぼっち境遇であれば、俺ほどの理解者はいないからなっ!
『……貴様。誰だ?』
「俺は月の神の使い。名はセイと言う。そっちは?」
『余は神竜の使い。名はギータ。その不気味なモノは一体…』
良かった。話が出来るみたいだ。
ギータと名乗る竜は、俺の後方に視線をやり、そう呟いた。
「ああ…えっと…なんて言ったらいいんだ?」
本当の事を言ってもいいのか、言ってもいいのならどう伝えればいいのか?
その両方の意味を込めて、俺はルナ様へと向き直って聞いた。
「いいわ。私が説明してあげる」
そう言うと、ルナ様は一人ドラゴンへと近寄る。
ゴゴゴゴゴッ
スッスッスッ
ゴゴゴゴゴッ
「ちょっとっ!!逃げるなっ!」
『ひぃっ!?何なのだ!?この存在は!?』
ルナ様が近寄ると、その分だけドラゴンは後退し、またルナ様が近寄ると、ドラゴンは後退した。
「はぁ。もうここでいいわ。これ以上追い込むと山から落ちるから」
「ギータ!その方の話を聞いてくれ!お前に害を与えるつもりはないからっ!」
俺の言葉が届いたのか、ドラゴンは山頂の際に留まり、微動だにしなくなった。
「私は月の神よ。勿論本体ではないわ。わかったかしら?」
ブォンブォンッ
ルナ様のテキトウな言葉に、ドラゴンは勢いよく首を上下に振った。
それだけで強風が吹き荒れ、ミランと聖奈は飛んでいってしまいそうになっていたが……
聖奈は日本刀を地面に突き刺し何とか耐え、ミランは俺の陰へと身体を隠した。
「さっ。自己紹介は終わったわ。後はそっちで話し合いなさい」
さっきのが自己紹介?
完全にコミュ症のそれじゃないか……
何処までもポンコツだな…俺の神様は。
「わかった。コンと同じなら身体を小さく出来るだろう。とりあえず、それをしてもらってから話し合おう」
「うん。あのサイズだと、間違えて踏み潰されかねないもんね!」
「ペシャンコにはなりたくないですね」
大は小を兼ねるというが、狭い場所では邪魔なだけだ。
別段、ここは狭くはないのだがな。
俺は一人ドラゴンに近寄り、身体を小さくしてもらうように説得した。
「コモドドラゴンに羽が付いたって感じね」
聖奈がサイズ感を説明しているが、分かりづらい……
ドラゴンは尻尾を含めると全長1.5m程となり、その二足歩行する姿は、コスプレした小学生くらいのサイズ感だ。
俺の感覚だとDBのハイ◯ードラゴンに近いフォルムに思う。
アレよりは細身だが。
そんなドラゴンのギータを含めて、今は三人と一匹で固まって話を始めたところだ。
ルナ様が近くにいると、神の威光に敏感なギータが取り乱すので、ルナ様には少し離れてもらっている。
憐れ…ぼっちよ……
『其方らの所には他にも神の使いがいると』
コンのことを伝えると、ギータはさらに警戒心を解いていった。
「そうだ。それで?何故ここにいるんだ?それに…なんだがやる気が感じられなかったのだが?」
『それは…仕方ないのだ…』
ギータの話は長かった……
あまりにも長い時間を一人で過ごしていた為、時間感覚がわからなくなっているのだろう。
聖奈が上手く聞き手に回らなければ、語るのに数年は掛かっていてもおかしくない語り口だった。
漸くすると、元々コンと同じように信徒を増やすため、彼の地に神界から送られて来たギータだったが、急に人がいなくなってしまった。
そうなると、人がいないダンジョンなど神力の無駄遣いでしかない。
ただでさえ神力を集めていたのに、それを無駄遣いすることなどもっての外。
ギータを遣わせた神は、ここを放棄することに決めた。
そして本当の意味で一人ぼっちになってしまったギータは、自身の存在意義を無くし、ただただ惰眠を貪る日々を過ごしていた。
「じゃあ、今は神の使いじゃないのか?」
『そうだのぅ…情けない話だが、神竜との繋がりは感じられぬな…』
「酷い話だね…いらなくなったら使徒も捨てられるなんて…セイくんも気をつけてね?」
安心しろっ!
俺は元々期待されていなかったから大丈夫だっ!
『其の方らは問題なかろう。神が態々神力を使ってまで見守ってくれているのだからの』
「情けなくはないだろ。ギータにはどうしようもないことだったんだからな。それよりも、その時に何があったのか覚えているか?」
ギータの話はいいんだよ。興味ないから。
それよりも、その時大陸に何があったのか…そっちの方が気になる。
『人がいなくなった時か?それならば覚えておるよ。人は愚かで、弱かった。折角築き上げた文明の終焉を、自らの手によって迎えさせたのだからな』
「つまり、終末戦争を起こしたのか?」
『うむ。醜い争いじゃったわ。殴り合うなら兎も角、同族同士離れた場所から皆を巻き込んだ攻撃をしておった。
老いも若きも関係なく、死んでいったよ』
やはり自業自得か……
天変地異がこの大陸を襲ったのであれば、少しくらいはもう一つの大陸にも影響がありそうなものだが、その記録は無かったからな。
半ば予想はしていたものの、改めて人の愚かさを認識した。
死にたかったら一人で死ねばいいものを。
「その時にギータのダンジョンには人がいなかったのかな?」
『余のダンジョンは何故か不人気でな…それ以前からここは閑散としていたものよ』
「えっ?それはどうしてなの?」
『このダンジョンでは、魔導兵器の使用を禁止していたからだのぅ。奴ら人は便利な物を発明する力がある。それは余も舌を巻くほどの才だとは思うが、こと戦闘に関してはそればかりに頼り、軟弱そのものだった。だから禁止にしたのだ』
ああ…世のニーズに応えられないタイプね……
信者を集めるのなら、そこを曲げてでも応えないと。
使徒を簡単に見捨てる神など、嘘でも崇めたくはないけどな。
「ダンジョンの力はもうないのか?」
『無い。残されている機能は、この世界と切り離しているあの黒靄ぐらいである』
「そうか…ちなみにギータがここを離れても?」
『問題ない。余は何もかも見たくないから、ここに留まっているだけだからのぅ』
目的が完全に失われると、誰でもこうなるのかもな。
なまじ生命力が高過ぎるから、死にたくても死ねないし、コイツらには餓死もないから、最悪だな……
そう考えると…俺も食べなくても死なないのでは?
絶対試さないけどなっ!
そもそも使徒として生まれた奴らと、後天的になった俺とでは全然違うか。
「セイくん?まさか、このおっきな爬虫類を飼うんじゃないよね?」
聖奈はコンを気に入っている。
理由はその見た目だ。
別に使徒だからとか、強いからとかではない。
ミランも最近はずっと一緒にいるからか、聖奈の趣味趣向と似てきている。
そして、聖奈は蛇が苦手だ。
多分カエルも。
そして、俺がギータに問いかけた言葉から、この後の展開を先回りしてきたんだ。
「そのまさかだ!」
俺は高らかに宣言した。
だって…ぼっちは可哀想じゃん?
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