テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
117
目が覚めた。
未だ早い時間で多少暗いが、それでも闇とは色が違う。カーテンを透かして差し込む陽光に安堵したのと同時に、阿部ちゃんの顔が浮かんで胸が苦しくなった。
全部、全部、夢だったらいいのに。
でも……夢なんかじゃない。
俺の一大事に飛んで来てくれて、優しく元気づけてくれた阿部ちゃんは、絶対に夢じゃない。触れられた体が温もりを覚えているくらい、現実で直近の記憶。交わした言葉が耳にこびり付いてさえいる。
「……あんな事があったのに、朝はちゃんと来るんだな… 」
独り言に期待した返事は勿論なくて、溜息と一緒に俺は起き上がる。
さぁ、仕事に行かないと。
くよくよしている暇がない我が身が、少しばかり有り難かった。
やって来た楽屋からは既に賑やかな話し声が漏れ聞こえる。俺が最後っぽいな…扉を開いた瞬間、七人分の視線を浴びて面食らう。詰まってしまった挨拶をしようと咳払いをしている間に、ピンク色が勢いよく立ち上がった。
「蓮っ!阿部ちゃんは…~じゃないや、えぇっと、おはよ」
「…めめ一人か?」
「おまっ…俺がぼかしたのに直球で聞くなよっ!」
「ぼかしてる場合じゃないだろ、現状確認ちゃんとしないと。…仕事お疲れ。よく踏ん張ったな」
「翔太くん…うん、ありがとう。佐久間くんも心配してくれてたんだよね、ありがと」
「お疲れさんね、めめ。で…阿部ちゃんから連絡は…?」
「……ない。電話も繋がらないまま」
「そっかぁ…俺もしてんだけど、ずっと圏外でさ。海外にでも行っちゃったのかなー」
ピンク髪の佐久間くんに続いて翔太くん、ふっかさんが気遣ってくれる。賑やかだと思った声は多分阿部ちゃんの事を話していたんだろう、皆の真剣な眼差しを肌で感じた。
「めめ、こっち。あ~、阿部ちゃんフラッと海外行くもんね。有り得るかも」
「誰も知らへんでってあったしなぁ。なんか聞いてる人おらへんの?」
「少なくとも俺は聞いてない。…まぁ、目黒が聞いてないんじゃ望み薄かな」
「だよねぇ…めめが一番阿部ちゃんの近くにいるんだし」
「いや、俺もお土産貰って知った時あったから。今回も分からないよ」
手招きするラウールの元へ近寄りながら、輪になっている康二と舘さんと阿部ちゃん情報を交わし合う。…そうだ、フットワークが軽い事が抜けていた。ひょっとしたら今も。
芽生えた希望を冷静かつ慎重な声が摘み取る。岩本くんだ。
「阿部は確かにそういう所あるけど、仕事に穴空ける奴じゃ絶対ない。……ごめん、めめ」
「…謝らないでよ、岩本くんの言ってる事が正しいし。皆も心配掛けてごめん…」
「お前こそ謝んな。…そろそろ時間か。取り敢えず今日阿部は体調不良で収録しよう。終わった後、残れる人で相談する…でいい?」
めいめい了承の返事が上がり、スタジオへ足取り重く向かって行く。一人駆け出したふっかさんは、スタッフさんとの調整か…頼りっぱなしで申し訳ないな。申し訳ないで言えば俺はこの後も仕事で、相談に加われそうにない。阿部ちゃんに関する話し合いなのに。辛くて、どうしようもなくて歪む顔を掌で隠す俺を仲間達が上手くフォローする中、収録は何とか無事に終わった。
疲弊で軋む体をやっと部屋へ戻した時は既に夜半近かった。シャワーを浴びる気力もなく、クローゼットへ背中を預けて座り込む。どんなに疲れていようと汗を流さないなんてなかったのに、心のダメージが思ったより大きいらしい。
スマホを取り出してメッセージを確認する。どれも俺を心配するメンバーのもの。だが一人欠けている。欲しい人からのメッセージはない。拠り所を探して過去のトーク画面を手繰り、阿部ちゃんと書かれた箇所を読み漁る。メッセージの一つ一つが優しい声で再生されて行って…俺は何時の間にか泣きじゃくっていた。
「…あ…べちゃ…阿部ちゃんっ。会いたい…よ…声、聞きた……っ」
……めめが泣いてる。
俺を、呼んでる。
行かなくちゃ。
あれ、でも…此処どこだろう?
真っ暗で……何も見えない。
めめが見えない。
でも、行かないと。
声が聞こえるのは……こっちだ。
トゥルルル。
不意うちの着信音で嗚咽が引っ込む。慌てて涙を袖口で拭い、握ったままのスマホを確かめる。表示されている名前は〝阿部ちゃん〟。
まさか。
一瞬だけ止まった心臓が踊り出した、のに。阿部ちゃんの下に画かれた文字に、また止まった。
『発信中』
トゥルルル。トゥルルル。
鳴り続くコール音。よくよく聞けば俺のスマホじゃない。耳を済ませる。……後ろ、からだ。
寄り掛かっているクローゼットの中から、少し篭った無機質なそれが響いて来る。
トゥルルル。トゥルルル。トゥルルル。
昨日岩本くんと覗いた、あのクローゼットの中から。
コメント
6件

ええええ??続きが気になります! 🖤が辛そうでこっちも悲しくなってきます…😭

え?😳近くにいるの?? 続きが気になります

何…⁇ 凄く気になります。 何処にいるの。