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◆◆◆
「近寄んなよっ、性病!」
「うわ……っ! くっせぇ~!」
「ほんとだ! くせぇー!」
「性病の匂いだ! くっせぇ~!」
「「「せ・い・びょ~! せ・い・びょ~! せ・い・びょ~!」」」
学校からの帰り道。いつまでも続く田んぼ道の真ん中で、同級生達に囲まれた俺は、そんな悪口を浴びせられながらトボトボと歩いてゆく。
ゲラゲラと笑いながら、代わる代わるに俺を小突く智と司と隆史。
人口の少ないこの片田舎では、大抵の者が皆顔見知りで、その狭いコミュニティの中で複数の女性と関係を持っていた俺の父親。それは勿論周知の事実として、大人達は呑んだくれの父の事を悪く噂した。
それを間近で見ていた子供達は大人達を真似、その悪口の対象は父親ではなく、その息子にあたる俺へと向けられた。
悔しさに涙を滲ませた俺は、下唇を噛みしめてグッと堪えると、目の前の智を着き飛ばして一気にその場を駆け出した。
「……あー! 性病が逃げたーっ!」
「っ、……いってぇ。……ふざけんな、公平っ!!」
「待てぇ~! 性病ぉーっ!」
逃げ出した俺を捕まえようと、智達はゲラゲラと笑いながら追いかけてくる。捕まってたまるかと必死に走って逃げるその姿は、まるで獣に狩られる兎のようだ。
そのまま必死に走って逃げ切ると、玄関扉に手を掛けて家の中へと入ろうとした──その時。グンッと軽く宙を浮くような感覚とともに、俺の身体は後ろへと引き戻された。
────!?
驚きに反射して背後を振り返ってみると、俺のランドセルを掴んでいた智が、ゆっくりとした動きで口角を吊り上げた。
俺を見つめて嬉しそうに瞳を細めると、ニヤリと不気味に微笑んだ智。
「つ~かま~えた~」
呆然と、そんな智の姿を見つめたまま硬直した俺は、額から冷んやりとした汗が流れ出るのを感じながら、ゴクリと小さく喉を鳴らした。
────ドサッ
「……っ!」
智に引きずられるようにして裏庭へと連れ込まれると、突然突き飛ばされた俺はその場に尻餅を着いた。
再び三人に囲まれた状況に陥り、それでも負けてたまるかと智達を見上げて鋭く睨みつける。
「性病のくせに、生意気なんだよっ!」
そんな俺の態度が気に食わなかったのか、智は顔を歪ませると右足を大きく振り上げた。
────ドカッ
「っ……!? グッ、うぅ……」
あまりの痛さに、蹴られたお腹を抑えるとその場に倒れ込む。
そんな俺の足元から靴を剥ぎ取った智は、ニヤリと微笑むと口を開いた。
「罰として、これは没収しま〜す! 返して欲しかったら取ってみなー!」
ゲラゲラと高笑いする智は、俺の靴を持ったままおどけてみせる。
「……っ返、せよ!」
蹴られたお腹を抑えたまま、よろけながらにも立ち上がった俺を見て、パンパンと靴を打ち鳴らすと挑発する素振りを見せる智。
「取れるもんなら、取ってみろ〜!」
そう告げるなり、突然駆け出した智達。
俺は裸足のまま智達の後を追いかけると、広い裏庭を懸命に走り回った。
「……返せ……っ! 返せよーっ!」
必死になって追いかける俺を見て、挑発しながら嘲り笑う智達は、草が生い茂った場所へと入って行くと一際大きな声を上げた。
「……あっ! なんか、いいもの発け〜んっ!」
────!?
少し遅れて追いついた俺の目に飛び込んできたのは、智のすぐ傍にある何とも不気味な井戸。
生まれてからずっとここで暮らしているとはいえ、裏庭といってもほぼただの山状態のこの場所。勿論、俺はこんな井戸が存在していただなんて、今の今まで知らなかった。
腐って黒ずんだその井戸は何ともおどろおどろしく、一瞬怯んでしまった俺は、思わず一歩後ずさった。
「お前のきったね〜靴に、ピッタリのゴミ箱だなっ! 俺が処分しといてやるよっ!」
────!!
「あっ!」と思った時には、既に遅かった。
俺の靴を高々と持ち上げた智は、井戸の上でパッとその手を離すと、そのまま井戸の中へと靴を投げ入れた。
「……っ!? 何するんだよっ!!」
声を荒げる俺を見て、ゲラゲラと腹を抱えて笑い始める智達。
悔しさから零れ落ちそうになる涙を必死に堪えると、震える拳をグッと握りしめてその場で俯く。そんな俺の姿に満足したのか、何事もなかったかのようにその場を立ち去っていった智達。
一人、その場に残された俺は、ゆっくりと井戸へと近づくとそっと中を覗いてみた。
長いこと使用されていなかったのか、中には水などなく、すっかりと渇ききっている。そのお陰か、井戸の底までハッキリと目視ができる。想像していたより深さはなかったものの、真っ暗でじめっと湿ったその不気味な雰囲気は、実際の深さ以上のものを俺に感じさせた。
「あれ……?」
目を凝らしてよく見てみるも、先程智に捨てられた靴が見当たらない。
(一体、どこへいったんだ……?)
確かに、この井戸の中へ智は靴を投げ入れた。目の前で見ていたのだから、見間違うわけがない。そう思って必死に目を凝らしてみるも、やっぱりそこには靴らしき物はなかった。
仕方なく諦めることにした俺は、裸足のままトボトボと歩き始めると、沈んだ気持ちのまま自宅へと帰って行った。