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私は泣いた。
オリバーの前で幼子のように大泣きした。涙がボロボロと流れ落ちる。
主人の前ではしたない姿を見せていると思っている。
すぐに泣き止まなきゃ、オリバーの優しさに甘えず仕事に戻らなきゃ。
頭ではそう思っているけれど、溢れ出した感情を抑えるのは難しかった。
「だ、大丈夫!?」
「オリバーさまあ、ごめんなさいい」
「よしよーし、エレノア、まずは深呼吸しようねえ」
オリバーは大泣きする私に狼狽えていたものの、私の頭を優しく撫で子供のようにあやしてくれた。
私はオリバーの合図とともに息を吸い、吐く。
何度か続けてゆくうちに、普通の呼吸になり、涙も止まった。
「……ありがとうございます。お恥ずかしい所をお見せしてしまいました」
「ブルーノに虐められて辛かっただろう。エレノアはよく耐えてくれた」
「はい……」
「泣きつかれただろう、ちょっとついておいで」
「え?」
オリバーはちょいちょいと私をどこかへ誘い出す。
私は行く先が分らぬまま、オリバーの後ろをついて行った。
廊下を抜け、広間に入り、踊り階段を上る。
(あれ? その先はもう――)
二階へと上がった。
そこは、オリバーたち、ソルテラ伯爵家の人たちの私室。客間などない。
オリバーが私をどこへ連れてゆくか分かった。
けれど、そこは誰も入ってはいけない部屋のはずでは。
「さあ、どうぞ」
オリバーはドアを開け、私を中に招く。
そこはオリバーの私室、隠し部屋がある部屋だった。
☆
私はオリバーに招かれるまま、部屋の中に入った。
チェアにちょこんと座り、キャビネット前でなにかをしているオリバーの後姿をじっと見ていた。
(ずっと難関だと思ってた、オリバーさまの部屋にすんなり入れてしまったわ)
オリバーの私室。
そこは、誰も入ってはいけない部屋とされ、無断で入れば懲罰を受けると教え込まれている場所。
私はここの遺品整理を何度もしているから、見慣れた部屋となっているが、生前のオリバーがいる状態で、中に入るのは初めてだ。
同じ規則になっている庭園の小屋は、オリバーの警戒心が強く、全然入れてもらえないのに。どうしてここはすんなり招待してもらえたのだろうか。
「はい、気持ちが落ち着くハーブティとお菓子だよ」
「えっ、頂けません! これはオリバーさまの――」
「いいんだ。これでエレノアの気持ちが落ち着くなら」
「……」
ぼーっと考えている間に、私の目の前に高価なティーカップに注がれたハーブティと、高価な菓子が乗った皿が現れた。
ハーブティのほうは、庭園で採れた香草を使っているかもしれない。けれど、菓子の方は戦争をしている現在希少とされている”カカニブ”という果実のタネを加工し、それに砂糖を練って造られた”チョコレ”という茶色く四角に形成されたものである。
マジル王国にいた頃の私であれば気にせずに食べただろうが、この菓子は平民にとってご馳走、祝い事に食べる高価な菓子とされている。メイドの私が口に出来るようなものではない。
「ほ、本当によろしいのですか?」
「うん。さあ、召し上がれ」
私は念を押して、オリバーに訊く。
オリバーは満面の笑みで私の発言を肯定した。
私はチョコレに手を伸ばす。それを摘み、口の中に入れた。
チョコレが舌の温度で溶かされ、どろっとした食感へ変わる。それと同時にカカニブの苦みと砂糖の甘味を同時に感じ、至福の感情に至る。
久しぶりに口にしたが、やはりチョコレは美味しい。口にすると幸福な気持ちになる。
「美味しいんだね、よかったあ」
オリバーはハーブティを飲みながら、私のうっとりしているだろう表情を見て微笑んでいた。
「幸せな気持ちになりました。とても美味しい菓子ですね」
「あれ、チョコレっていうんだけど……」
「そうなのですね。私、初めて食べました」
本当は食べたことがあるのだが、今の私は平民出身のメイドという設定でここにいる。
チョコレを初めて食べたと演技しないと。
私の嘘を聴き、オリバーの表情が陰る。
「……ごめん。エレノアは屋敷に来たばかりだったね。戦争前は給与を配る時にチョコレを渡していたんだ。だけど、手に入りずらくなってね」
「いいのです、お気遣いなく!」
その話を聞き、オリバーは本当に従者を大切に想っているのだと再確認した。
月一回とはいえ、従者全員に高級菓子を配る主人など聞いたことが無い。
私が暮らしていた実家でもそんなことはなかった。
「今は僕たちしか食べられないんだよ」
「そうなのですか……」
「戦争が終わって、皆に配れるようになったらいいなあ」
戦時中ではオリバーたち、つまりはオリバー、ブルーノ、スティナしか口に出来ないほどになったということ。
(戦争が終わって――)
私もそんな日常が来たらいいなと思う。
オリバーが戦後に生き残り、屋敷に戻ってくる日常を私も見てみたい。
「……私も、そう思います」
だから、ここで伝えるんだ。
戦争を終わらせるカギ、秘術の内容が書かれた手記の存在、隠し部屋の存在を。