これを何冊読めば目的の部分が見つかるのか、それとも見つからないのか。今はそれすら分からないってのが、なんともキツそうだ。
そうこう言っている間に、戻ってきた女性たちは入浴の準備を始めたらしい。さっきまでのギスギスした雰囲気はどこに行ったのか、サバイバル生活っぽくてドキドキするなんてことを話しながら、はしゃいだ声を上げて外に飛び出していった。
なんだかんだ言って、やっぱり一緒に暮らしている家族ってことだろうか。というか、ギスギスの原因が本人たちの問題じゃないからだろう。
あくまで、味方している相手が反発し合ってるだけで──本人たちのいないところでなら、あんな風に話すことができるんだ。
女性陣がいなくなってから、家の中はさっきよりも険悪な雰囲気に飲まれていた。
協力して布団を敷く中で、一人だけ別部屋に行っていた武さんが戻ってきた。
「さっき連絡があったが、父さんたちは全員火葬されたらしい。しばらく遺骨の引き取りは無理だと伝えたらなにやら喚いていたが、まったく、土砂災害の被災者を労おうという気持ちはないのかな、ああいう連中は」
俺たちに言っているのか、それとも独り言なのか分からない大きな呟きを漏らした武さんに、誰も反応を見せなかった。それが気に食わなかったのか、武さんは不機嫌そうに足を踏み鳴らしてまた廊下に出た。
「武、どこに行くんだい」
「トイレだよ! それくらい一人で行ったっていいだろう!!」
そのまま、ドスドスと廊下の奥へと消えていく。それを横目で見送った孝太さんは、ふんと大きく鼻を鳴らした。
「放っておけ大輔。あいつは自分で相互監視を申し出ておいて、なんて言い草だろうな。まるで駄々をこねる子どもだ。まぁ武がいないほうが、こっちも気が休まる。──母さんたちが無事に火葬されたことは朗報だな。明日には食事をとってもかまわんだろう」
そう言いながらも悲しそうな顔で、布団に胡座を掻いた孝太さんは静かに手を合わせた。
よく考えてみれば、大輔さん以外の大人が悲しんでいる姿を見たのはこれが初めてだったと思う。俺たちの前では落ち込まないようにしていただけかも知れないけど、なんだかそれがとても、人間味のある姿に見えた。
「優斗」
「うん?」
「俺あの人、もっと怖い人かと思ってた」
「孝太おじさんはいい人だよ。跡取りに一番ふさわしいのは自分だと思ってるところはあるけど、色々教えてくれるいい人だ。……ホントは、武おじさんも」
「……そっか。そうだよな。ごめんな、身内の悪口みたいなこと言っちゃって」
「ううん、いいんだ。今のうちの状況見たら、そう思うのは仕方ないよ」
眉毛をハの字にして笑う優斗に、俺はなにも言えなくなっていた。
家族の中で悪口を言い合うことはあるけど、他人に言われると腹が立つ。……そういうことだ。もう少し、ちゃんと優斗の気持ちを考えながら話す癖をつけたい。
その時、シャワーを終えた女性陣が家に戻ってきた。さっぱりした、雨でもちゃんと洗えたと話している声に、次は俺たちの番かとタオルを準備し始めると、トイレから戻った武さんが玄関を不思議そうに見ていた。
「もしかして、救助が来たのか?」
「え?」
「声がするだろう。姉さんたちでも茜さんでもない、誰かの声が」
その言葉に、全員が顔を見合わせた。
武さんの言葉に驚いた孝太さんが、少し戸惑ったあと襖を叩いた。
「桜、桜! そっちに、お前たち以外の誰かがいるのか!?」
「えぇ? なぁに孝太さん、そんなのいるわけないでしょ」
あちら側でも周囲を確認してくれたけど、当然、誰もいないようだ。
そりゃそうだ、裸で体を拭いている女性四人の中に、急に救助の人がまざってるわけがない。それに俺にも、なにも聞こえてはいなかった。
しかしそれでも、武さんは譲らない。
「嘘だ! ほら、はっきり声がするじゃないか! 来たよ来たよと歌って……歌ってるだろう!? なんで聞こえないんだ! 聞こえるだろう!!」
バタバタと襖に駆け寄った武さんが、もがくように手をかける。
「おい、なにしてる! まだあっちは着替えを……!」
「うるさい!! みんなして俺を担ごうとしてるんだろ!? 俺を当主だと認めていないからそんな馬鹿にした態度を続けられるんだ!!」
止めようとした孝太さんを払い除け、大きな音を立てて襖が開かれる。着替え真っ最中の女性陣からは悲鳴が上がったけど、武さんは無視して部屋の中を見回していた。
「どこだ、どこにいる!? 隠してるんだろう!」
「ちょっと、武……?」
「聞こえてるだろ!? なぁほら、こんなにはっきり聞こえてるじゃないか! どこだ、どこから聞こえてるんだ!?」
全員が、武さんを遠巻きに見ていた。
声なんてどこからも聞こえていない。当然、人影もない。
なのにこの時の武さんは、狂ったように母屋の中を探し回った。
玄関だけでなく押し入れの中、家具の下、裏、果ては天井裏まで確認する様子は、とてもじゃないけど普通じゃなかったと思う。
茜さんたちは慌ててタオルと服を掻き集めて体を隠し、俺たちの後ろに退避した。全裸の時にあんな状態の人の近くにいたら、心許なくて仕方ないと思う。武さんの味方だった葵さん、楓さんも、この時ばかりは孝太さんを頼りにしたらしかった。