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兎束作哉
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#乙女ゲーム
結愛
40
キーンコーンカーンコーン――。
放課後を告げるチャイムが校舎に響き渡った瞬間、私は机に突っ伏した。
「……終わったぁ。」
思わず漏れた声と一緒に、全身から力が抜ける。
なんとか初日の授業を乗り切った。
中身は二十五歳の元ゲーム開発者オタク。
けれど、如月玲の身体に刻まれた「秀才の記憶」のおかげで、授業で指されても答えは自然と口から出てくる。
数学も英語も歴史も完璧。
(玲のスペック、有能すぎる……)
ほっと息を吐きながら書類をまとめ、私は生徒会室へ向かった。
夕暮れの廊下は茜色に染まり、窓の向こうからは部活動に励む生徒たちの声が遠く聞こえてくる。
ガチャ。
生徒会室の扉を開けた。
その瞬間――
「あ、玲。遅い。」
ソファーに座っていた少年が、こちらを見上げた。
「待ちくたびれちゃった。」
萌え袖の白いカーディガンから、ちょこんとスマホを握る指先が覗いている。
夕日に透けるミルクティーベージュの髪。
長い睫毛が白い頬に影を落とし、少し拗ねたような琥珀色の瞳がこちらを見上げていた。
白砂律。私の欲望という名の愛を詰め込んだ最推し。
(ひゃんっ!! 放課後の生徒会室で推しと二人きりシチュエーション!? 神様ありがとう!! 前世で徳を積んでおいて本当に良かった……!!)
暴れ回る限界オタクを必死に押さえ込みながら、私は玲の極上イケボで微笑んだ。
「ごめんね、律。待たせて悪かった。……どうかした?」
「どうかした? じゃないよ。」
律はソファーから降りると、とことことこちらへ歩み寄ってくる。
そして――
きゅっ。と、制服の裾を掴んだ。
「朝の約束、忘れたの?」
少しだけ不満げな上目遣い。
(は、破壊力ーーっ!! 裾掴み上目遣いは反則だよぉ!!)
「ゲームの勝負、するんでしょ?」
律は小さく首を傾げた。
「負けた方が、勝った方のお願い聞いてあげるってやつ。」
「あ……もちろん覚えてるよ。」
私は笑みを浮かべた。
「何で勝負する?」
すると、律は得意げにスマホを差し出す。
「今、世界中で人気の『アルティメット・バスターズ』」
「俺、オンラインランク国内トップテンなんだよね。」
にやり、と口元を緩める。
「玲、やったことある?」
(やったことある? どころの騒ぎじゃないよ、律くん!!)
それは、私が前世で開発に携わった対戦格闘ゲーム――いわば『我が子』
(まさか異世界転生して、自分のゲームで推しと対戦する日が来るなんて……!!)
開発者魂が、静かに燃え上がる。
「うん。少しだけ。」
「じゃあ決まり。」
律が嬉しそうに笑った。
「ルームマッチで三本勝負ね。」
「いいよ。」
「手加減はしないから。」
「望むところだよ。」
二人並んでソファーに腰掛けた瞬間。
ふわり、と。
甘いお菓子のような香りが鼻先をくすぐった。
肩が触れそうなくらい近い。
(近い近い近い!! 推しの匂いを浴びながらゲームとか、心臓がもたないっ!!)
けれど、今は勝負だ。
バクバクする心臓を落ち着かせるように、大きく深呼吸した。
開発者のプライドにかけて、負けるわけにはいかない。
「レディー……ファイト!」
電子音と共に、キャラクター同士が激突した。
律の指が画面の上を滑る。
普段の気だるげな雰囲気とは別人のような、真剣な眼差し。
律の動きには無駄がない。コンボ精度も完璧。
一瞬の隙も見逃さず、最適解を叩き込んでくる。
強い。さすが国内トップテン。
だが――相手が悪かった。
(ふふん、律。君が使っているその強キャラ、一見隙がないように見えてダッシュ攻撃の後、二フレームだけ穴がある。なぜなら……私がそう設定したからね!!)
「そこっ!」
「えっ!?」
紙一重。
ほんの一瞬の隙を突き、私は最大火力コンボを叩き込んだ。
『K.O!!』
律の体力ゲージが一気に吹き飛んだ。
「……嘘。」
琥珀色の瞳が大きく見開かれる。
「今の……見えたの?」
二本目。
律の動きが変わった。
フェイント、読み合い、高速の崩し。
トップランカーらしい適応力。
けれど――。
(そのハメ技の対策コードを、夜中の三時までデバッグしたのも私なんだよね……!)
「はい、そこも対策済み!」
「あっ、それ、ちょっと待っ――」
『K.O!!』
二対〇。勝負あり。
「……負けた。」
律はスマホを見つめたまま呟いた。
「俺、オンライン以外で負けたの……初めて。」
いつもの気だるげな表情はない。
信じられないものを見るような瞳で、私を見上げていた。
(あっ、やばい……大人げなく本気出しすぎた!! 推し泣かせちゃった!?)
「ごめん、律! ちょっと本気になりすぎちゃって……。」
私は慌てて声をかけた。
「でも、律のコンボの組み立て方、本当に凄かった!」
身振り手振りで必死にフォローする。
「判断も速いし、癖を読むのも上手いし、プロレベルだと思う!」
「………。」
「こんなにワクワクした対戦、初めてだった!」
本心だった。
「律とゲームできて、本当に楽しかった!!」
すると、律の白い頬がじわじわと赤く染まっていく。
「な、なにそれ……。」
萌え袖で口元を隠す。
「負かしておいて……そんなふうに言うの、ずるい……。」
耳まで真っ赤になっていた。
しばらく俯いていた律が、おずおずと顔を上げる。
「……玲のお願い、何でも聞くって言ったよね。」
「う、うん。」
「何がいいの?」
いざそう言われると、逆に困る。
(え、どうしよう!?)
(好きな台詞を囁いてもらう?)
(ツーショット写真を撮る?)
(いやいやいや!! 推しに欲望をぶつけるなんて、解釈違いにも程がある!!)
「えっと……じゃあ。」
私は少し笑った。
「これからも、こうして放課後にゲームして、いっぱいお喋りしてくれる?」
律がぱちぱちと瞬きをする。
「……それだけ?」
「うん。」
推しと笑って、同じ時間を過ごせる。
それ以上のご褒美なんて、私には思いつかなかった。
「そんなの……。お願いじゃなくても、毎日するよ!」
律は身を乗り出し、私の制服の袖をきゅっと掴んだ。
「り、律?」
少しだけ引き寄せられるような感覚に、思わず息を呑む。
熱を帯びた琥珀色の瞳が、真っ直ぐに私を見上げた。
「俺、負けたら……普段はもう絶対やらないのに……。」
「え?」
「今は、負けて悔しいのに……また玲と一緒にやりたいって思ってる。だから……」
ぎゅっと、指先に力がこもる。
「これからも一緒にゲームして? ……いいでしょ?」
少し不安そうに、潤んだ瞳が揺れる。
いつも気だるげで、何にも興味がなさそうだった少年が――。
まるで置いていかれるのを怖がる子どものように、必死な顔で私を見上げている。
(ひぇぇーーっ!! 律くん甘えモード、爆誕!? これ、本当に乙女ゲーム!? なんか別ジャンルの扉が開き始めてない!?)
夕日に染まる静かな生徒会室。
目を潤ませながら見上げてくる最推しに、私はただ呆然と息を呑むことしかできなかった――。
コメント
1件
あーもう、めっちゃ良かった……! 転生先でまさか自分の作ったゲームで推しとガチ対戦する日が来るとはね。開発者としての知識を活かして「そこ、二フレーム隙あるんだよね〜」って冷静に狩る主人公、最高にカッコよかったです。でも一番グッときたのは、対戦後に律くんが徐々に心を開いていく感じ。あの甘えモード、反則ですわ……。続きが気になる!