TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

私は汽車に揺られて、蜜柑を食べていた。

婦人たちの笑う声、幼い子の泣き声、色んな音が交錯している。



その蜜柑は他より随分酸っぱく、これはしくじった、あちらの蜜柑を買うべきであった、というように、じわり後悔を感じていた。顔を思わずしかめ、吐き出すか否か迷っていた。

「ねぇ、おじさま」と小さな声が聞こえた気がした。人違いほど恥ずかしいものはない、と思い、いちどは無視を決め込んだ。

「その、蜜柑を持っているおじさま」

私だ。ちらと顔を上げると、お世辞にも可愛いとは言えない小娘が、私の前に佇んでいた。

私は、おじさんにみえるかい、と聞くと娘は深く頷いた。うむ…。

「私に、その蜜柑を下さいませんか」

いやな娘だ。これ、乞食はよくない、お金がないのかね、お金をやるからそれで何か買いなさい、と言い聞かせたが、娘は首を縦に振ろうとはしなかった。

「それが良いのです、今、すぐ欲しいのです」

いやはやそれはいけない、これはとんでもなく不味いのだ、お金をやるから…。

そういったが、いやです、それが良いのです、不味いのなら、尚良いのです、と一点張りであった。

私は折れて、半分やった。娘は嬉しそうに蜜柑を抱えて反対車両へ走っていった。

私はすこし気になって、娘を目で追った。

娘は、まだ年端もいかぬ男の子へ、蜜柑を渡していた。

泣きじゃくった後なのだろう、涙の跡がうっすら頬に残っていた。

男の子は嬉しそうに蜜柑へ齧り付いた。

途端に顔をきゅうと縮めたので、思わず吹いてしまった。

娘が、いやだ、なんて顔、面白いのねぇ、私にも、ひとつお願い、といって娘も頬張る。

またもや、きゅう、と顔を縮めたのがあまりにおかしくて、愛おしくて、

なんて奇麗なんだと、感動した。


私も、残った蜜柑を口に全部頬張った。

顔が、きゅう、となるような感じがして、なんとも可笑しくて、また、蜜柑を買おう、きっと買おう、そう決めて、微笑ましい姉弟を眺めていた。


この愛が、いつまでも続きませんように。

もう二度と、焼き尽くされませんように。

どうか、尊いまま、美しいまま、平和の中で、生きてゆけますように。

この作品はいかがでしたか?

0

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚