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私は汽車に揺られて、蜜柑を食べていた。
婦人たちの笑う声、幼い子の泣き声、色んな音が交錯している。
その蜜柑は他より随分酸っぱく、これはしくじった、あちらの蜜柑を買うべきであった、というように、じわり後悔を感じていた。顔を思わずしかめ、吐き出すか否か迷っていた。
「ねぇ、おじさま」と小さな声が聞こえた気がした。人違いほど恥ずかしいものはない、と思い、いちどは無視を決め込んだ。
「その、蜜柑を持っているおじさま」
私だ。ちらと顔を上げると、お世辞にも可愛いとは言えない小娘が、私の前に佇んでいた。
私は、おじさんにみえるかい、と聞くと娘は深く頷いた。うむ…。
「私に、その蜜柑を下さいませんか」
いやな娘だ。これ、乞食はよくない、お金がないのかね、お金をやるからそれで何か買いなさい、と言い聞かせたが、娘は首を縦に振ろうとはしなかった。
「それが良いのです、今、すぐ欲しいのです」
いやはやそれはいけない、これはとんでもなく不味いのだ、お金をやるから…。
そういったが、いやです、それが良いのです、不味いのなら、尚良いのです、と一点張りであった。
私は折れて、半分やった。娘は嬉しそうに蜜柑を抱えて反対車両へ走っていった。
私はすこし気になって、娘を目で追った。
娘は、まだ年端もいかぬ男の子へ、蜜柑を渡していた。
泣きじゃくった後なのだろう、涙の跡がうっすら頬に残っていた。
男の子は嬉しそうに蜜柑へ齧り付いた。
途端に顔をきゅうと縮めたので、思わず吹いてしまった。
娘が、いやだ、なんて顔、面白いのねぇ、私にも、ひとつお願い、といって娘も頬張る。
またもや、きゅう、と顔を縮めたのがあまりにおかしくて、愛おしくて、
なんて奇麗なんだと、感動した。
私も、残った蜜柑を口に全部頬張った。
顔が、きゅう、となるような感じがして、なんとも可笑しくて、また、蜜柑を買おう、きっと買おう、そう決めて、微笑ましい姉弟を眺めていた。
この愛が、いつまでも続きませんように。
もう二度と、焼き尽くされませんように。
どうか、尊いまま、美しいまま、平和の中で、生きてゆけますように。