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「……あ、徹さん!お待たせしました」
日曜日
快晴の公園の入り口で、私は少し緊張しながら声をかけた。
今日は、演技でも写真撮影でもない、正真正銘「本物の初デート」だ。
「待つ時間も楽しいから気にしないで。今日も、可愛いね」
徹さんは私の顔を見るなり、そう言って優しく微笑んだ。
何度言われても慣れない直球の褒め言葉に、顔が熱くなる。
でも、以前と違うのは
その言葉を信じていいんだという安心感が、胸の奥にあること。
二人でゆっくりと、色づき始めた公園の並木道を歩く。
自然と繋がれた手。
徹さんの指が、私の指の間に滑り込み、ぎゅっと絡められる。
あの時、カフェで練習した「恋人繋ぎ」が、今は当たり前の温度としてそこにある。
「……ねえ、結衣。俺、謝らなきゃいけないことがあるんだ」
芝生に敷いたシートに座り、お弁当を食べ終えた頃。
徹さんが、少しだけ真面目な顔をして切り出した。
「えっ…謝らなきゃいけないこと、ですか?」
「うん。……あのエレベーターの事故の日、俺が君を介抱して、そのあと偽装彼女を頼んだだろ」
「…は、はい」
「俺、この間も言ったけど…だいぶ前から好きだったんだ、結衣のこと」
徹さんは少し照れくさそうに、視線を遠くの噴水へ向けた。
「入社式の時、緊張して資料を逆さまに持ってた君とか。誰も見てないところで、給湯室の掃除をしてた君とか。……一生懸命で、どこか危なっかしくて。いつの間にか、目が離せなくなってた」
「……でも、職場での立ち位置とか、変なプライドが邪魔して、きっかけが掴めなかったんだ」
風が、徹さんの髪を揺らす。
私は、驚きのあまり言葉が出なかった。
徹さんに好きだと言われたときはもちろん驚いたけど、そんな前から想われていたなんて。
「あの日、エレベーターで震える君を抱きしめた時…本当は、離したくないって思った。だから、『偽装彼女』っていう最低な口実を使ってでも、君を俺だけのものにしたかったんだ…カッコ悪くてごめん」
「……そんなこと、ありません」
私は、繋がれた手に力を込めた。
胸の奥から、温かいものが込み上げてくる。
「私も……ずっと、徹さんのことが好きだったって言いましたよね?私、徹さんに好かれてるなんて思わなかったから…とても嬉しいです」
「……結衣」
徹さんが私の肩に手を回し、ゆっくりと引き寄せる。
お互いの鼓動が、静かな公園の風に混ざり合っていく。
「これからは、嘘なんて一つもいらない。……最初から、やり直そう」
「……はい、よろしくお願いしますね……徹さん」
偽装から始まったこの恋は、過去の全ての「嘘」を飲み込んで、本物の輝きへと変わっていく。
もう、演技はいらない。
目の前にいる大好きな人の瞳には、私だけの姿が映っていた。
#ワンナイトラブ
おまる
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