テラーノベル
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公園での穏やかな時間はあっという間に過ぎ、夕暮れ時。
オレンジ色に染まる街を、私たちは名残惜しそうに手を繋いで歩いていた。
「……帰りたくないな」
徹さんがぼそっと呟く。
その子供のような素直な物言いに、胸がキュンとする。
「私もです。……でも、明日も会社で会えますよ?」
「職場だと、こうやって手、繋げないでしょ?…今のうちに充電させて」
そう言って、徹さんは繋いだ手を自分のコートのポケットに引き入れた。
狭いポケットの中で、お互いの体温がじかに伝わってくる。
そんな甘い空気の中、駅の近くまで来たときだった。
「あら、奇遇ね」
凛とした、けれどどこか棘のある声。
振り返ると、そこには完璧な私服姿で、高級ブランドの紙袋を提げた美佐子さんが立っていた。
「……美佐子さん」
徹さんの体が、一瞬だけ警戒するように強張る。
私は反射的に徹さんの腕を掴んだ。
美佐子さんは私たちの繋がれた手と
徹さんのポケットに潜む私の手を見つめ、それから呆れたように溜息をついた。
「会社であんな大立ち回りを演じておいて、休日もベッタリなのね。……本当に、お熱いことだわ」
「……すみません、お騒がせして。でも、俺の気持ちはあのとき言った通りです」
徹さんが一歩前に出て、私を守るように立つ。
美佐子さんはしばらく黙って私たちを見つめていたけれど、やがてフッと鼻で笑った。
「……もういいわよ。馬鹿らしいったらありゃしないわ。あんなに必死な高橋君、初めて見たもの。あんな顔されたら、これ以上追いかけるほど私も枯れてないわ」
「え……?」
驚く私を無視して、美佐子さんは私に鋭い視線を向けた。
「田中さん。あなた、運がいいわね。…くれぐれも浮気されないといいわね?」
「…へっ?!」
「……美佐子さん、変なことを言わないでください、結衣が不安になりますから」
徹さんが苦笑いする。
美佐子さんはフイッと背を向けると、去り際に一言だけ投げかけた。
「……お幸せに。月曜日、遅刻してくるんじゃないわよ」
それは、美佐子さんなりの「降参」であり、「祝福」だった。
嵐のようだったお局様の干渉が、ようやく終わりを告げた瞬間だった。
「……認められたって、ことかな」
徹さんがホッとしたように、私の頭に顎を乗せる。
「はい。……なんだか、不思議です。あんなに怖かった美佐子さんが、今は少しだけ優しく見えました」
「それは、俺たちが本物になったからだよ。……ねえ、結衣」
徹さんが私の肩を抱き寄せ、耳元で囁く。
「明日からの会社、もっと楽しみになった。…もう、誰に遠慮することもなく、君を俺の彼女だって自慢できるから」
夜の帳が下りる街で、私たちはもう一度、深く、長く抱きしめ合った。
偽装恋人という「秘密の箱」を開けた先には
想像もしていなかった温かな光が広がっていた。
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#ワンナイトラブ
おまる