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鳴り響くアラームを止めて、私は大きく深呼吸をした。
鏡に映る自分の顔は、普段と変わらないはずなのに、どうしてか火照っているように見える。
「……やば!は、早く出ないと……!」
自分に言い聞かせて家を出る。
けれど、地下鉄の中でふと思い出すのは、週末の夜、薄暗いバーで交わした甘い約束だ。
私の憧れだった、部署一の「シゴデキ」部長・萩原健人さん。
数日前、彼は私の手を取って、真っ直ぐな瞳で告白してくれた。
────「…日菜子さんさえ良かったら…僕の恋人になってほしい」
あれから、私たちは恋人同士になった。
まさか憧れの健人さんから好意を持たれていたなんてビックリで、正直今もまだ信じ難い。
今日、一緒に帰れるかな
なんて考えて顔を思い出すだけで心臓が跳ねる。
けれど、会社に着けばそこは戦場だ。
私たちは「上司」と「部下」の仮面を被らなければならない。
オフィスに入ると、すでにデスクで資料を広げる健人さんの姿があった。
整えられた髪、引き締まったスーツ姿。
仕事モードの彼は、今日も冷徹なまでに完璧で、凛々しい。
「……おはようございます、けん──」
喉まで出かかった名前を、慌てて飲み込む。
近くにいた同期の女子社員たちが、不思議そうにこちらを向いた。
「日菜子さん?部長に何か用?」
「い、いえ!なんでもないです!」
引きつった笑みを浮かべて、そそくさと自分のデスクへ駆け込む。
健人さんは、そんな私の様子を少しだけ不思議そうに見つめた後、ふっと唇を緩ませた。
私だけにしか見せない、あの優しげな微笑み。
心臓が、破裂しそうだ。
ああ、もう。
会社っていう場所は、どうしてこんなにじれったいんだろう。
午前中の会議中、健人さんが説明を行う間
私は彼の視線が時折こちらを向くことに気づいてしまう。
真面目な顔でプロジェクトの進捗を話しているはずなのに、ふとした瞬間に目が合うと
彼は少しだけ意地悪そうに目を細めた。
(……仕事中ですよ、健人さん…つ)
心の中で抗議するけれど、返事なんてできるはずもない。
机の下で、ギュッとスカートの裾を握りしめる。
この甘い秘密は、今のところ私と彼だけのもの。
誰にもバレてはいけない、スリリングで、とびきり甘い日常が、今この瞬間も刻まれている。
そんなことを考えていたら、健人さんが私のデスクに立ち止まった。
「日菜子さん、午後の資料の件だが……少し、相談がある。会議後に個室へ来てくれないか」
低い声が、耳元でくすぐるように響く。
周囲には「業務の相談」としか聞こえないだろう。
けれど、彼の瞳の奥に宿る熱に、私は息を呑むことしかできなかった。
「……はい、承知いたしました」
努めて冷静に返事をするけれど、顔が熱い。
月曜日の朝
私たちの、恋人としての初めての週が、こうして幕を開けた。