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《JAXA/ISAS 相模原キャンパス/プラネタリーディフェンス作戦室》
朝の更新は、
いつもより静かに始まった。
画面に映る日本地図。
中心ライン。
格子。
そして——
「……“優先セクター”、
もう一段絞れました。」
若手研究者の声が
少しだけ乾いていた。
白鳥レイナは、
椅子に深く座り直し、
ポインターの動きを追った。
東北南部から関東北部へ伸びる帯の中で、
赤が濃く重なる“塊”がある。
「ここ。」
若手が示すのは、
関東北部から東北南部にかけての内陸。
山と平野の境目あたり。
「誤差楕円が縮んで、
“中心ライン周辺の高確率セクター”が
この領域に集中し始めています。」
別のスタッフが補足する。
「例えるなら、
“日本列島のどこか”から
“東日本のどこか”になって、」
「今は
“東日本のこの辺のどこか”まで来た感じです。」
レイナは、
その塊を見つめたまま
ゆっくりと言った。
「……ここまで来ると、
“県の名前”が
もう頭をよぎる人もいるはず。」
部屋の空気が
固くなる。
「でも、
まだ言わない。言えない。」
若手が口を挟む。
「先生、
でも自治体側は
“どの県ですか”って
絶対聞いてきます。」
「聞くでしょうね。」
レイナは頷いた。
「だから、
自治体向けの“限定資料”としては
今日から“該当県群”を示す。」
「ただし、
国民向け会見では
県名を出さない。」
「理由は単純。」
レイナは、
自分の指先で
机を軽く叩いた。
「県名が出た瞬間、
“そこ”が“終わった場所”にされる。」
「仕事が止まり、
物流が止まり、
差別が起きる。」
「避難のために
人が動く前に、
社会が先に死ぬ。」
誰も反論しなかった。
(科学が言えることと、
政治が言わなきゃいけないことは、
一致しない。)
(でも、
いつかは一致する日が来る。)
レイナは、
官邸向けのスライドの端に
小さく注記を入れた。
〈※“県名”は行政連携上の便宜に限る。
国民向けには“地域帯”で表現を継続〉
(その日までに、
避難の線だけは
先に引いておかなきゃいけない。)
《首相官邸・状況室》
資料の山の中に、
JAXAから届いた
「限定資料」が置かれている。
表紙には、
太字でこう書かれていた。
『高確率セクター:該当県群(限定)』
サクラは
一瞬、目を閉じた。
(来た。)
(“県名を出す前の、
県名が書かれた紙”。)
藤原が
淡々と確認する。
「総理、
これは“政府内・自治体連携用”です。」
「国民向けの会見では
絶対に漏れないように。」
「分かっています。」
サクラは
ゆっくりとページをめくる。
そこには、
いくつかの県境が
薄い赤で囲まれていた。
(…この中のどこかが、
“地図の中心”になる可能性が高い。)
(でも、
今ここで
この県名を口にしたら、
その県の人たちは
今日から“死刑宣告”を受ける。)
サクラは顔を上げた。
「今日は、
“県名は出せない”と
正直に言います。」
中園広報官が頷く。
「“まだ確度が足りないから”だけじゃなく、
“社会が先に壊れるから”という理由も
含める形ですね。」
「ええ。」
サクラは
机の上のペンを握った。
「“言えない”には
理由があるってことを、
ちゃんと説明します。」
《テレビ局・ワイドショーの生放送準備》
スタジオのモニターには
“県名候補”を匂わせる
ネット記事の切り抜きが並んでいた。
ディレクターが言う。
「“関東北部の某県”とか
“東北南部の某県”とか、
もうSNSは勝手に言ってる。」
「だったら、
うちが言っても同じじゃない?」
若いADが
首を振る。
「同じじゃないです。」
「テレビが言った瞬間、
それが“公式っぽい”になっちゃう。」
社会部の記者が
机を叩く。
「今、欲しいのは県名じゃない。」
「“県名が出るまでに
何を準備すべきか”だ。」
「県名を当てるクイズにしたら、
その県の人は
ただの餌食になる。」
ディレクターが
苛立ちを隠さず言う。
「でも数字は…」
プロデューサーが
低い声で切った。
「数字より先に、
人の命がある。」
「今夜は、
“避難シミュレーションの具体例”でいく。」
「“家族で決めることリスト”
“連絡手段”
“持ち物”
そういう現実の話を
ちゃんとやる。」
ディレクターは
しぶしぶ頷いた。
(テレビが火をつけるのは、
隕石だけで十分だ。)
《東日本・ある高校の廊下》
休み時間。
廊下の窓際に
生徒たちが集まっていた。
「“某県がヤバい”ってさ、
うちじゃね?」
「うちじゃないでしょ。
だって山多いし。」
「いや、
山がある方が危ないって
ニュースで言ってたよ。」
誰も、
笑っていない。
ひとりの女子が
スマホを握りしめて言った。
「ねえ、
もし県名出たらさ、」
「私たち、
明日から学校行けるのかな。」
男子が答える。
「分かんない。」
「でもさ、
“行けるうちに行く”って
思うしかなくない?」
その言葉は、
強がりにも聞こえた。
《総理官邸・夜の会見》
サクラは、
いつもより最初に
大事なことを言った。
「――本日の解析で、
落下コリドーの中心が
さらに絞られつつあります。」
「ただし、
私は今夜、
“県名”を申し上げません。」
会見場がざわつく。
記者の手が
一斉に上がる。
サクラは、
視線を正面に固定した。
「理由は二つあります。」
「一つは、
科学的にまだ
“そこに落ちる”と
断定できる段階ではないこと。」
「もう一つは——」
彼女は、
言葉を選びながら
はっきり言った。
「県名が出た瞬間に、
その地域の生活が
先に壊れてしまうからです。」
「仕事が止まり、
物資が止まり、
差別が起き、
必要な医療や支援が届かなくなる。」
「私は、
“避難の前に社会が死ぬ”ことを
絶対に避けたい。」
会見場が静まり返る。
「その代わりに、
政府はすでに
“高リスク帯”の自治体と連携し、」
「避難のシミュレーション、
医療体制、治安対策を
具体的に動かし始めています。」
「県名が出る前に
できる準備はあります。」
「どうか、
“当てるゲーム”にしないでください。」
「“生き残る準備”に
一緒に変えてください。」
質問が飛ぶ。
「総理、
いつ頃になれば
県名を言えるようになりますか!」
サクラは、
逃げずに答えた。
「専門家の見立てでは、
早ければ一週間前後で
“県単位”が見えてくる可能性があります。」
「その時は、
必ずお伝えします。」
「そしてその時こそ、
国として
“守る計画”を同時に出します。」
「名前だけを先に出して、
置き去りにはしません。」
Day13。
オメガ予測落下日まで、あと13日。
地図の線は、
もう“県名”を匂わせるところまで
近づいている。
それでも、
その県の名前は
まだ言えない。
言ってしまえば、
石が落ちる前に
社会が崩れるから。
名前の代わりに、
準備が始まる。
その静かな準備こそが、
地上のプラネタリーディフェンスの
本番になっていく。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.