マッドハッター 〜 クルデン 宿にて 〜
私達が今夜寝泊まりできる宿を探していたところ、巫女ウルのこねによって少し豪華な宿に泊まらせてもらうことになった。
「しかし、いいのか。安易に巫女としての権力を使って。」
「いいんですよ。こんな時こそ、私の立場を利用しなければ。」
宿には、食堂がついていて、私達はそこで食事をしている。別に金には困っていないのだが。この食費も巫女の権力を持ってタダにしてくれた。なんだか、視線が痛い。
「私達はあんまり目立つことを好まない。嬉しいが、あまりこういう特別扱いされるとなあ。」
「あら、ペスト医師やエクソシスト、魔女狩りの心配ならいらないわ。」
コールスローを口一杯に含みながらエヴァンが言う。顔だけでなく、自慢の純白の羽根にまでドレッシングがついていた。
「行儀が悪いぞ、エヴァン! それに、テーブルに乗るんじゃない! この礼儀知らずの梟め!」
「そういうあんたこそ、食事中に大声を出すなんて、礼儀が悪んじゃなくて?」
足を器用に使って、白身魚の水煮料理をフォークで食べていたクロウはエヴァンに怒鳴る。なんでこいつらはすぐに喧嘩に発展するのだろうか。
「ハッター、これ美味しいよ!」
「モッツァレラだ。トマトと一緒にお食べ。」
スパイキー達を横目に呆れた顔を手で覆ってため息をつくと、アルマロスが私のパスタに首を伸ばしてちゃっかり食べていた。食欲も失せてパスタはアルマロスにあげた。
「ふふ、仲が宜しいのですね?」
「そっちこそ、エヴァンと随分仲が宜しいじゃないか。」
私はスパイキー達の食べていたモッツァレラとトマトをフォークで差して、一口いただく。ウルは食べる手を止めて静かに首を振った。
「私とエヴァンはそういう関係ではありません。あくまでこの町にいる間だけ私の相談相手として接しているだけです。」
「相談役?」
「言ったでしょ?」
エヴァンは軽く羽ばたいて、ウルの前に着地する。
「私は、過去、現在、未来が視えるって。この子の過去、母親の死を視てからこの町にはなんかあるとは思って滞在していたの。」
「エヴァンがこの町にきてから、未来を当てる占い師として噂になっていたので、半信半疑でしたが私の過去を言い当てたこと、そして、イドーラ様への疑念を抱いていることを当てたので、相談していたんです。」
「なるほど。しかし、この町の巫女様が今住民が崇めてる邪神の退治を手引をしてることを知られたらまずいんじゃないのか。」
「確かに…住民の人々の反感を買うかもしれません。しかし、イドーラ様への信仰を疑っている人も多いはず。邪神退治が終わった後のことは、私に任せてください。」
何か考えでもあるのだろうか。彼女の目の奥には不安と恐怖がある。しかし、そのうえで自信と希望も捨てていない目もしている。人間同士の争いに首を突っ込むことも、手を差し伸べることもない。彼女がどんな目に合い、どんな結末が待っていようとも私は最後まで見届けようと思った。
「…わかった。人間同士の争いだとかは私には関係ない。そっちは同じ人間のあんたに任せるよ。」
「はい…!」
「さて、問題はイドーラについてだが。」
夢の中では、彼女のほうが絶対的な強さを誇る。しかし、仮に私がやつと夢の中であっていたとして多分ただでは済まないはず。
過去に私と(主に)クロッカーにこてんぱんにされたのだ。殺したいほど憎いのはまず確定だろう。
そして、私はどうやってやつに攻撃ができたのだろうか。そこが思い出せないからもどかしい。
「夢の中で対抗しようにも、やつは夢の魔女。夢を自由に操れるのだから、当然私の魔法は使えない。」
椅子の背に寄りかかり、必死に思い出そうとする。
「駄目だ。思い出せん。」
「今日はもう、遅いですし。明日また考えましょう?」
「そうだな、よし。そろそろ部屋に戻ろう。」
ウルが勘定を済ませ、私達とウル、エヴァンは別れて各部屋に戻った。窓を打ち付ける雨音を子守唄に、私達は目を閉じて眠りについた。
マッドハッター 〜 夢の中にて 〜
気がつくと、古びた神殿のような場所に立っていた。意識がはっきりしてくると私はすべてを思い出した。
「また会ったわね? ハッター?」
「イドーラ!!」
崩壊した柱に巻き付きこちらをみていたイドーラ。前回攻撃した箇所からは黒い煙のようなものが出ていた。
「あんたのせいで供物を食しても、人間の魂をいくら食らっても回復しないわ。ほんとに、師弟共々忌々しいわ…!」
黄金色の瞳がヘビのような瞳孔になると、イドーラは体をうねらせ高速で迫ってきたのだ。
私は、ステッキを構えてイドーラを迎え打つ準備をした。
イドーラは距離を詰めると、尾を鞭のように振り回してきた。ヒュンっと風を切るような音とともに尾に当たった柱が木っ端微塵に砕けたのが見えた。
流石にアレを受け止めるのは無理と判断した私は間一髪のところで尾を避けた。
「うおっ!? すっごい威力。」
床に強く打ち付けられた尾。その周りのタイルが跡形もなく粉々になっていた。あんなものに当たったら、起きた時全身の骨が砕けてしまうかもしれない。
「動くんじゃないよ! ぐちゃぐちゃのミンチにしてハンバーグにしてやるんだから!」
怒りで髪がボサボサになり、爪も伸び、皮膚が黒くなっていた。とぐろを巻いて次の攻撃態勢に入ったイドーラ。
私はステッキをくるくると回して持ち直す。
「その前に、蛇皮の財布にしてやるよ。」
手のひらをくいくいと曲げて挑発すると、また体をうねらせて近づいてきた。ある程度の距離になるとまた、さっきの尾を今度は縦に振ってきた。尾はキレイな弧を描いて私めがけて振り下ろされた。
「っ!」
カンフーの達人のように攻撃を受け流し、振り下ろされきった尾に杖を突き立てた。
しかし、杖はイドーラの体に刺さることはなかった。
「!?」
前回と感触が全く違った。まるで、小枝で鉄板を突っついているかのような感覚だった。
私はすぐにイドーラから距離をおいた。彼女の長ったらしい爪が迫っていたからだ。
鱗が、硬い!
そう言えば、供物と人間の魂を食らったと言っていたことを思い出した。前回の体の回復はせずとも、力は一段と上がったようだ。
「ッチ、逃げんじゃないわよ!」
「更年期か?」
「だまらっしゃい!」
連続で振り下ろされる尾の回避に専念する。がむしゃらに振り回すのでまるで爆発でも起こっているかのような光景だ。
すべての尾をかわしきり、今度は長い爪に杖を振り下ろすと、簡単にポキンっとキレイな音を立てて折れた。
「お!」
「きゃあああああああ!? 爪がぁ、あたしの美しい爪がぁ!」
「やっぱり、硬いのは胴体だけか。そうと分かればこっちのもn」
「お? なんだ、ここは?」
背後から複数人の気配を感じ、声が聞こえた。よく見ると像の前で祈っていた町の住民達だった。その中にはウル達もいた。
「こ、ここは?」
「あれ!? ハッターがいる!」
スパイキー達と町の住民達はまだ状況を理解しておらず、ポカンとしていた。
刹那。嫌な予感がした。
「…まずい。」
「フフッ!」
イドーラは舌なめずりをすると、真っ先にウル達と町の住民達の方へ凄い速さで向かっていったのだ。
「逃げろ! ウル!」
「!?」
ウルは身の危険を察し、スパイキー達を抱えて向かってきたイドーラから逃げる。町の住民たちは、向かってくるイドーラを見て歓喜の声をあげる。
「おお、アレがイドーラ様の真のお姿d」
住民の一人が近づいてきたイドーラの姿に見惚れていると、イドーラは一瞬でその住民の頭部の一部を食いちぎったのだ。食いちぎられた住民が自分に起きたことを理解するまもなく、二口目で完全に食われた。
キャアアアアア!?!?
神からの祝福の対象にでも選ばれたとでも思ったのか、浮かれていた住民たちはここにきてようやく自分達の立場を理解したようで歓喜に満ちていた声は恐怖へ変わった。
「ったく、これだから人間は。」
帽子のつばを直して、逃げ惑う人の中からウル達を探し出すことに。幸いにも、イドーラは夢の世界に迷い込んだ住民達、もとい、餌に気を取られている。その隙にウル達を見つけることは簡単だった。
柱の影にウル達が隠れていた。
「ハッター!」
「やあ、無事か?」
「はい。ま、まさかアレが…。」
餌を貪るその背中を見て怯えるウルとスパイキー達。
「アレがイドーラだ。やつは供物と人間の魂を食うことで強くなる。唯一攻撃が効いてたクロッカーの杖ももうあまり攻撃が通らない。」
「えー!? ど、どうするの! ハッター!!」
ウルの腕の中で慌てるスパイキー達。夢の中だとアルマロスの防御壁も出せない。ましてや、今この瞬間でもイドーラは人間達を食らい、力をつけている。このままだと全員胃袋に収まってしまうだろう。
「とにかく、やつの捕食をやめさせなければ!」
「そうだな。これ以上ぶくぶく太られたら困る。スパイキー・スパイク、アルマロス。ウルを守れ。」
クロウが羽根を広げて飛び出した。それに続くように私も杖を持ち直して、イドーラのところへ向かった。
「私も行くわ!」
「エヴァン!」
ウルの静止の呼び声を振り切って、エヴァンも翼を広げてイドーラに突撃した。ウルはスパイキー達とここで隠れているしかなかった。
ある程度の餌を食らったイドーラは、さらに体を変化させていた。下半身の巨大なヘビのような体はより大きくなり、鱗の強度が増した。
「ああん! 素晴らしいわあ。とても気分がいい、今ならこの夢の世界の女王にでもなれそうだわあぁぁ!!」
「そいつはどうかな?」
杖をくるくると回し、先端をイドーラに向けた。クロウとエヴァンも自前の鋭い爪を尖らせる。
「夢の女王? お前は女王なんて大層な身分じゃないだろう?」
「せいぜい、娼婦ってところじゃない?」
「はっ、笑えるね。さぁ、殺ろうか。いいこはねんねの時間だ!」
イドーラは獣のような雄叫びをあげると、また尾を鞭のように振るう。周りの建物が次々に破壊されていく。私は上半身を反らして、クロウとエヴァンは空中を舞って、鞭を交わした。
二羽は、イドーラの顔めがけて爪を立てた。
ばしっと引っ叩く音がした。イドーラは首をぶんぶん振り、クロウとエヴァンを睨みつけた。
「いった!? この忌々しい鳥公!!」
「前主クロッカーより、授かったこの爪の威力を味わうがいい!」
「貴方、いちいちめんどくさい人ねえ…。」
クロウとエヴァンは爪による攻撃を続ける。その様子を観察していた私は、あの二羽のお陰でわかったことがあった。どうやら、丈夫になったのは下半身だけのようで、生身の体である上半身は脆いらしい。ならば、攻撃が通るのは上半身のみという事になる。
「そうと分かれば、後は簡単だ!」
私は杖を持ち直し、イドーラの体を駆けていく。クロウ達に気を取られている今なら。
「!? お前、いつの間に!」
「夢はここで終わりだ!」
私は杖を突き刺すように構えて力強く、腹に突き立てた。しかし、突き立てたのはイドーラではなく、その抜け殻だったのだ。
「な!?」
「脱皮…!?」
「…残念。終わるのはお前だ!」
私の目の前に振り下ろされる鋭い爪。回避しようも間に合わない。背後でウル達の叫び声が聞こえる。大丈夫だ。どうせ死にはしない。一瞬だから大丈夫だ。
私は受け入れるように目を瞑ったのだった。
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