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#恋愛
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正午を回り、ようやく私に出されていた『歩行禁止令』が解除された午後のこと。
蒼さんの腕の中でたっぷりと休息と栄養をとった私は、筋肉の気だるさもすっかり消え、ヴィラの窓から見えるエメラルドグリーンの海に目を輝かせていた。
「蒼さん、海がすごく綺麗です! 波も穏やかですし、少しだけ白い砂浜を歩いてみてもいいですか?」
私がおずおずと伺うと、テラスでエスプレッソを飲んでいた蒼さんがゆっくりと立ち上がった。
「いいだろう。バイタルデータ上も筋肉の修復は完了している。これからプライベートクルーザーを出して、干潮の時だけ海の真ん中に現れる幻の砂州――『サンドバンク』へ連れていってやる。……ただし、外に出るならこれに着替えなさい」
蒼さんがクローゼットから取り出したのは、昨日の大胆な黒ビキニとは正反対の、純白の長袖ラッシュガードと、足首まで覆うスイムレギンス、さらに広いつばのついたサンバイザーとUVカットサングラスのセットだった。
「えっ……? これ、頭の先から足首まで完全に隠れてますけど……」
「当然だ。洋上のサンドバンクは遮るものがなく、海面からの紫外線反射率が極めて高い。昨日のビキニは屋根のあるプールサイド限定だ。君の透き通るような白い肌を、赤道の太陽にすら一ミリも焼かせるつもりはないからな」
過保護すぎる夫によって『完全防備モード』に着替えさせられた私は、蒼さんが自ら操縦する白い大型クルーザーに乗り込み、エメラルド色の沖合へと向かった。
◆
クルーザーで波を切って進むこと十五分。
目の前に現れたのは、三百六十度をクリスタルブルーの海に囲まれた、三日月形の純白の砂州――サンドバンクだった。
地球上に私たち二人しか存在しないかのような神秘的な絶景だったが、蒼さんは上陸するなり、あっという間に砂州の中央へUVカット仕様の白いシルクの天蓋付きカバナ(日除けテント)を設営し、その中にふかふかのデイベッドと静音冷風機をセッティングしてしまった。
「さあ、琴音。このカバナの影から一歩も出るなよ。これが本日の『完全日陰隔離令』だ」
「えええっ!? せっかく絶海のサンドバンクに来たのに、テントの中から一歩も出ちゃダメなんですか!?」
「どうしても波打ち際に触れたいなら、三分間だけ許可する。……ただし、珊瑚の欠片で君の足の裏に傷がつくといけないから、俺が抱えていく」
蒼さんは私を軽々とお姫様抱っこで掬い上げると、透き通った浅瀬の波打ち際まで歩いていき、私の素足のつま先だけをちゃぷちゃぷと心地よい海水に触れさせてくれた。
「わぁ……っ、お水がひんやりして気持ちいいです! 見てください蒼さん、小さな青いお魚が足のすぐ近くを泳いでますよ!」
「ああ、綺麗だな。……よし、三分経ったぞ。これ以上は潮風で肌の水分が奪われる」
「えっ、もう三分ですか!? 早すぎます〜っ!」
きっちり秒単位でカバナのデイベッドへと回収された私は、蒼さんが保冷バッグから取り出した冷たい完熟パパイヤとライチ、そして特製の電解質ゼリーを口移しで食べさせられながら、一滴の汗もかくことなく絶海のパノラマを堪能したのだった。
◆
夕暮れ時、ヴィラへと帰還した私たちを待っていたのは、ウッドテラスに用意された無煙ロースターでの『星空バーベキュー』だった。
テーブルの上には、美しいサシの入った最高級黒毛和牛のフィレ肉、手のひらよりも大きな活アワビ、そして新鮮な伊勢海老と彩り豊かな南国野菜がずらりと並んでいる。
「わぁ、すごいご馳走……! あの、蒼さん、バーベキューなら私もお肉を焼くお手伝いをします! 先日おじやを作って少しだけお料理の自信もつきましたし……」
私が張り切って銀のトングに手を伸ばそうとした瞬間、蒼さんが私の手首を優しく掴んで制した。
「却下だ。炭火やプレートの周りでは、微細な油跳ねのリスクがある。もし君の白い指先に一ミリでも火傷の跡がついたら、俺が立ち直れないだろう」
「うぅ……そこまでの過保護は初めて聞きました……」
「君はそこで、潮風に当たりながら俺が焼くのを待っていればいい」
黒いリネンシャツの袖を肘までまくり上げた蒼さんは、鮮やかな手つきでアワビに白ワインを振りかけ、和牛フィレ肉をミディアムレアの絶妙な火加減で焼き上げていく。
一口サイズに切り分けられたお肉をフォークで「あーん」と差し出され、口に含むと、芳醇な肉汁とトリュフ塩の旨味が口いっぱいに広がって思わず頬が緩んだ。
「んんっ……お肉がとろけるみたいに柔らかいです……!」
「鉄分と良質なタンパク質がたっぷり摂れるよう、牧草飼育のフィレ肉を厳選して熟成させておいた。アワビのタウリンは肝機能と眼精疲労の回復にも効くぞ。……ほら、次はこの伊勢海老だ」
親鳥から餌をもらう雛鳥のように次々と最高級の食材を食べさせてもらい、私のお腹が幸せいっぱいに満たされた頃。
私たちは食後のリラックスタイムとして、ヴィラの地下にある防音のプライベート・シアタールームへと移動した。
革張りのワイドソファで蒼さんの腕の中にすっぽりと収まりながら、大スクリーンでハリウッドの王道恋愛映画を鑑賞していた時のことだ。
画面の中で、タキシード姿のハンサムな若手俳優がヒロインを救い出す名シーンが流れ、私が「わぁ、素敵な演出……」と小さく感嘆した、次の瞬間。
――ピッ。
突然、リモコンが操作され、スクリーンが真っ暗に一時停止された。
「えっ……? あ、蒼さん、映画が止まっちゃいましたけど……」
「……琴音。今、画面の俳優が映った瞬間に、君のスマートウォッチの心拍数が八十二から八十五へ、三拍上がったな」
「えええっ!? さ、三拍くらい誤差ですよ! 音楽が盛り上がって少しドキッとしただけで……っ!」
「誤差ではない。ハネムーンの最中に、俺の腕の中で俺以外の男を見て交感神経を反応させるとは、どういう了見だ?」
薄暗いシアタールームの中で、蒼さんが私をソファへと押し倒し、嫉妬に揺れる琥珀色の瞳で至近距離から見下ろしてくる。
「君の視覚も、聴覚も、心臓の鼓動も、一拍残らず俺だけのものだと思い知らせてやる必要があるな」
「ひゃっ、あ、蒼さん、映画の続きが……んんっ……!」
結局、ハリウッド映画の結末は一秒も見ることができないまま、私は嫉妬深い魔王様の甘く執拗なキスの嵐によって、心拍数を百三十オーバーまで跳ね上げさせられたのだった。
◆
その後、バスルームで汗と潮風を洗い流した私を待っていたのは、蒼さん直伝の『極上ヘアケア&アフターサンケア』だった。
ドレッサーの椅子に座らされた私の後ろに立った蒼さんは、まず私の肩から背中にかけて、冷やしておいたオーガニックのアロエベラとラベンダーの保湿ジェルを優しく塗り込んでいく。
「今日一日、カバナの中にいたとはいえ、潮風と空気中の塩分で髪と肌に微細なストレスがかかっている。俺の手で完全に修復しておく」
蒼さんはサロン仕様のマイナスイオンドライヤーを巧みに操りながら、椿油とアルガンオイルをブレンドした特製ヘアセラムを、私の長い黒髪の毛先一本一本にまで丁寧に馴染ませていく。
彼の温かい指先が頭皮をゆっくりとマッサージするたび、目の奥の疲れまでじんわりと溶け出し、鏡の中の私の髪はまるで黒いシルクの滝のように艶やかな輝きを取り戻していった。
「……すごい。私の髪じゃないみたいにサラサラで、いい香りがします……」
「当然だ。君の髪の先から爪先まで、すべて俺が磨き上げた作品であり、俺が一生守るべき宝だからな」
鏡越しに目を細め、私の艶やかな黒髪に愛おしそうに口づける蒼さんの姿に、私は胸の奥まで甘い幸福感で満たされるのを感じていた。
コメント
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サンドバンクの絶景、星空BBQ、ヘアケア……どのシーンも蒼さんの“過保護極まりない”愛が滲んでて、読んでて頬が緩みっぱなしでした。特に「心拍数が3拍上がった」で映画を止める嫉妬深さ、ああいう執着の描写がロマンスとしてすごく刺さります。ラストの髪に口づける仕草も、細部へのこだわりがキャラの深みになってて好きです。