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「おい、速中! 面白い噂を聞いたぞ!」
バタンッ! と、またしても屯所の扉をブチ破らんばかりの勢いで入ってきたのは、戦闘301飛行隊長の菅野大尉だった。
手にはなぜか、どこから仕入れてきたのか、色褪せた古い『台南空・航空日誌』の写しが握られている。
僕は嫌な予感がして、淹れたての珈琲を吹きそうになった。
「な、なんですか菅野先輩。いま夕露飛行隊の作戦を――」
「まぁ待て、これを見ろ!」
菅野先輩は僕の机にドカンと日誌を叩きつけた。そこへ、隣の部屋から「何事だい?」と鴛淵先輩(維新隊長)と林先輩(天誅組長)も面白そうに覗き込んでくる。
日誌のページには、かつてラバウルで坂井一飛曹や宮部一飛曹たちが面白おかしく書き残した、僕の初陣の記録がバッチリ残っていた。
『速中少尉、初陣にて一機撃墜。ただし、恐怖のあまり「わあああああっ!」とラバウル中に響き渡る大悲鳴を伝声管から乱射しながらの、うっかり撃墜なり。さすが秀才、叫びの気合いが違う』
「ぶっ……!?」
僕は今度こそ珈琲を吹き出した。
「おい速中! お前、初陣のとき悲鳴あげながら敵落としたんだってな!? はははは!『わああああ!』ってどんな感じだ、今やってみろよ!」
菅野先輩が僕の肩をガシガシ揺らしながら爆笑する。
「ち、違います! あれは宮部さんたちが大袈裟に書いただけで、僕は必死で――」
「へぇ、速中くんが悲鳴をね……」
林先輩がいつも通りの仏のような笑顔のまま、静かに日誌を読んでいる。
「『恐怖のあまり目を瞑って乱射』か。でも、それで落としてしまうんだから、やっぱり当時から君は天才だったんだね。今度の邀撃戦でも、ぜひその『悲鳴射撃』を見せてほしいな」
「林先輩まで弄らないでください!!」
「いや、待て」
ここで、最も冷静沈着なはずの鴛淵先輩が、ひどく真面目な顔で眼鏡を押し上げた。
「速中、君の率いる『夕露(ゆうつゆ)』という美しい飛行隊名だが……まさか、夜中に『わあああ!』と泣き叫ぶ、赤ん坊の夜泣きの『夜露』から取ったわけじゃないだろうね?」
「違います!!! なんで僕の名前が夜泣き扱いなんですか!!! 奇麗な方の夕方の露です!!!」
僕の必死の抗議も虚しく、3人の先輩隊長たちは
「いや、夜泣き飛行隊だな」
「敵が来たら全員で『わあああ!』って叫びながら紫電改で突撃するか!」
と、完全に中佐の僕をおもちゃにして盛り上がっている。
「隊長ー! 次の出撃に向けて、宮部大先生直伝の『生き残るための筋トレ用ロープ』を持ってきました!」
タイミング悪く、部屋の前に大石がニコニコしながら極太のロープを抱えて現れた。
「大石ィィィ!!! 空気を読め!!!」
「ええっ!? 自分、何か悪いことしましたか!?」
結局その日の夜、僕の「悲鳴撃墜の黒歴史」は斉藤整備主任たち地上員の間にも瞬く間に広がり、夕露飛行隊は松山基地の格好のネタにされてしまった。
いくら階級が「中佐」になろうとも、この3人の先輩たちと頼もしい部下たちの前では、僕は一生、頭の上がらない『可愛い最年少』のままなのだろう。
コメント
1件
わあ、これはもう最高に可愛い回でしたね…!速中さんの黒歴史がまさかの形で掘り起こされて、しかも先輩たち全員が容赦なく弄ってくる、この温かいイジりの空気感が本当に素敵でした。特に鴛淵先輩の「夜泣き飛行隊」、冷静な人ほど斜め上から来るギャップが効いてます。大石の絶妙な空気の読まなさも含めて、「中佐でも末っ子ポジションは変わらない」って構図にほっこりしました。部隊の人間関係の良さが滲み出てるエピソードでした。