テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ギルドを出た俺たちは、そのまま隣町へ向かう街道を歩いていた。
町外れに、以前から借りっぱなしにしている建物がある。
資材置き場として使っていたきりで、半年以上は足を運んでいない。
それでも、今夜の寝床としては十分だろう。
「……どうして、私を買ったんですか?」
しばらく歩いた頃、ミアがぽつりと切り出した。
「聴聞室で言っただろう。安い買い物だった」
「五百万ドゥレは、安くありません」
「おまえの将来性に比べれば、安すぎるさ」
俺の言葉に、ミアの声がわずかに硬くなった。
「シードさんは、それで全部を失いました。ギルドでの立場も、お金も、これまで築いてきたものも」
「金は稼ぎ直せる。人との縁も、必要ならまた作ればいいさ」
「そんなに簡単なことじゃないと思います」
「まあ、簡単ではないな」
あっさり認めたのが意外だったのか、ミアがようやく顔を上げた。
「だが、惜しいとは思っていない。俺の目を信じない連中の下で、働き続ける理由はないからな」
「……私を買わなければ、こんなことにはならなかったんじゃないですか?」
「辞めると決めたのは俺だ。おまえが気にすることじゃない」
「そう……、ですが──」
ミアは腑に落ちない様子で、そう口ごもる。
(本当に気にしなくていいんだけどな。ミアほどの有望株、あそこで手放すなんてどうにかしている)
きっと時間が解決してくれるだろう。
大成した姿を見せてもらえれば、それでいい。
──それこそが、スカウトだけに許された特権なのだから。
日が沈みきる頃には、街道は闇に呑まれていた。
ランタン一つを頼りに、俺たちは森沿いの道を進んでいく。
静寂を破ったのは、低い唸り声だった。
「止まってください」
ミアが俺の前へ出る。
腰の剣を抜き、闇の奥を睨みつけた。
「囲まれています。敵は四体」
「分かるのか?」
「……ある程度は」
ミアは剣を構え直すと、小さく息を吸った。
「……見ていてください」
次の瞬間、灰色の影が茂みから飛び出した。
|灰牙狼《グレイファング》。
成人男性ほどの巨体を持つ、街道でも珍しくない魔物だ。
群れで人を襲い、旅人を骨まで喰らう。
三匹の狼が、一斉にミアに飛びかかる。
ミアは踊るように突進をいなし、返す刃でその胴体を引き裂いた。
静と動が鮮やかな独特の剣技──気がつけばそこには、三匹の魔物の死骸が積み上がっていた。
(さすが──見事な腕だ)
(この年で独自の剣術体系をすでに構築している。将来が楽しみだ)
魔力による身体強化を使った様子はない。
五年間積み上げてきた技術だけで、獣を圧倒しているのだ。
──そのとき、最後の一匹が茂みを割った。
狙いは俺だ。ミアではなく、明らかに弱い方を選んでいる。
その判断は間違いなく正しい。
「……舐められたもんだな」
だが、俺とて鑑定士である前に、十年ギルドで飯を食ってきた男だ。
多少は戦闘の心得もある。
「こいつは俺がやる。下がっていろ」
腰の短剣を抜き、半身に構える。
灰牙狼が地面を蹴った。
飛び込みに合わせて横へ外れ、無防備になった首筋へ刃を滑らせる。
──それで終わるはずだった。
「シードさん!」
だが、俺が踏み出すより早く、ミアが地面を蹴った。
(何のつもりだ!?)
ミアは俺と狼の間へ、まるで身体を盾にするように割り込んでくるではないか。
止める間もなく、灰牙狼の牙が外套ごとミアの左腕に突き刺さった。
「っ……!」
一瞬、ミアの顔が苦痛に歪む。
俺は一歩踏み込み、狼の喉へ短剣を突き刺した。
刃を深く沈めると灰牙狼は短い断末魔を残し、地面へ崩れ落ちる。
「ミア!」
よろめいた身体を抱き止め、その場へ座らせた。
「腕を出せ」
「大した傷ではありません」
「いいから出せと言っている」
強く言うと、ミアはおずおずと左腕を差し出した。
外套の袖が破れ、その下から血が滲んでいる。
俺は荷から傷薬と布を取り出し、傷口を消毒していく
幸い、牙は骨まで達していない。
薬を塗り、数日安静にしていれば塞がるだろう。
──だが、そういう問題ではなかった。
「何を考えている? どうしてあんな危険な真似を──」
「……ごめんなさい。でも、シードさんを確実にお守りしようと思って」
ミアの肩が小さく震えた。
まるで叱られた子犬のようで、こちらが悪いことをしたような気分になる。
「……あんな無茶をしないでも、剣で弾くこともできただろう。なぜ、わざわざ腕を差し出した?」
「シードさんを、確実にお守りするためです」
「それで、おまえが怪我をしたら意味がないだろう」
俺がそう言うと、ミアは理解できないとでも言うように目をパチクリとさせた。
「でも……、もしシードさんが怪我をしたら、きっと私を買ったことを後悔すると思うんです」
「何?」
「だって、五百万ドゥレもしたんですよ? それで護衛すらできないなら──私は、とんだ役立たずです」
掠れた声が、震えていた。
「鑑定の儀の前までは、褒めてもらえていたんです。よくやったって、この調子で頑張ろうって。それが……、スキルが分かった途端……全部、無駄だって言われて」
服の裾を握る指が、白くなっていく。
「私にはもう、剣しか残っていません。これで役に立てなければ、今度こそ、終わりなんです」
俺は、傷口へ薬を塗る手を止めた。
役に立つためなら、自分が傷ついても構わない。
そんな自棄な考えで剣を振り続ければ、いずれ才能が花開く前に潰れてしまうだろう。
「言わせたいやつには言わせておけ」
自分でも驚くほど、低い声が出た。
「おまえの価値を見抜けない節穴の戯言だ。聞く価値もない」
「でも──」
「それともなんだ? おまえは俺の眼より、節穴どもの言う事を信じるのか?」
俺の少しだけ意地悪な言葉に、ミアはふるふると首を横に振った。
「俺は、おまえの将来を確信しているが──それでも不安なら、まずは生きろ。剣を振れ。強くなれ。それでいい」
「でも、もし強くなれなかったら……」
「そのときは、俺が原因を探す。おまえに合うやり方を見つける。それが俺の仕事だからな」
傷口へ布を巻き、きつく結ぶ。
「だいたい灰牙狼を三匹も倒したんだ。今日はそれで十分だろう」
「でも、最後の一匹は失敗して……」
「失敗? むしろ一匹ぐらい残すのは、冒険者の礼儀だぞ? 勝手に得物を横取りした罰として、しばらく安静にしていろ」
ミアは、意味を測りかねたように目を瞬かせたが、
「……横取りした罰なら、仕方ありませんね」
そう言って、くすりと笑う。
「……さてと、消毒終わり。立てるか?」
「はい」
ミアは一瞬だけ躊躇ったあと、差し出した手を遠慮がちに取った。
それからはモンスターに襲われることもなく、順調に歩みを進めていく。
「シードさんは、これからどうするんですか」
街道の先に町の明かりが見え始めた頃、ミアが尋ねてきた。
まだ、形になっているわけではない。
それでも、独立した以上、やることは決まっていた。
「……新しいギルドを作る」
「ギルドを?」
「ああ。俺が見つけた人間を、俺の判断で育てる。そこなら、節穴どもにとやかく言われる心配もないしな」
ミアは驚いたように目を見開いた。
それから、確かめるように俺の顔を見つめてくる。
「……私も、そこにいていいんですか」
「当たり前だろう。ギルドメンバー第一号だ」
「第一号、ですか」
そう言葉を繰り返すミアは、やたらと嬉しそうで、
「私……、必ずお役に立ってみせますから」
「……まあ、まずは怪我を治してからな」
(この気合いが空回りしないといいけどな)
俺はそんなミアを、少しだけ不安に思うのだった。
***
やがて、木々の切れ間に町の外壁が見えてきた。
門を抜け、寝静まった通りを進む。
目当ての建物は、町の端にある。看板もなく、庭は荒れ放題だ。
だが、その姿が見えた瞬間、俺は違和感を覚えて足を止めた。
「シードさん?」
「おかしい」
一階の窓から、暖かな明かりが漏れている。
鍵は俺しか持っていない。
誰かに貸した覚えもなかった。
「誰もいないはずでは?」
「そのはずだ」
俺はミアを背後へ下がらせ、慎重に扉へ近づいた。
鍵穴に鍵を差し込む。
回すまでもなく、扉は開いていた。
(どうなってる……?)
中からは、焼いた肉と香草の匂いが漂ってくる。
扉を押し開けると、暖かな光に照らされたテーブルに、食事が並べられていた。
その奥にいたのは、一人の女だ。
メイド服をまとった女は、こちらを振り返ると、満面の笑みを浮かべ、
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
──そんなことをのたまうのであった。
#成り上がり
aohana
1,520
#元カレ
まぁ
5,651
#政略結婚
常陸之介寛浩
146
コメント
1件
第2話、読み終わりました…!ミアの「役に立てなければ終わり」っていうセリフ、すごく刺さりました。自分を守るために盾になろうとする姿が切なくて。シードさんの「生きろ。剣を振れ。強くなれ」も優しくて、でもちゃんと厳しさもあって、この二人の関係性がじわじわ好きになってきてます。最後のメイドさんの登場、予想外すぎて思わず笑っちゃいました…続きが気になります!