月に数度、年頃の娘が町長の館に集って行う刺繍の会がありました。
いつもは蚊帳の外にいて、お話を聞くばかりの私でしたが、この日は珍しく話題の中心にいました。
その理由は、皆が公爵様についてあれこれと訊きたがったからでした。
「毎夜いらっしゃる公爵様はどんな方なのかしら」と町長夫人が口火を切りました。
「背は細身で高く、黒髪を束ねておいでです」「宿を出て、町外れの幽霊屋敷に住んでいるという噂は本当なの?」と、イザベラが割り込むように訊いてきました。
「本当に幽霊が出るかは存じませんが、レペットさんのお屋敷を買い取られて、お住まいになられています」
それを訊いた娘たちは、針を持つ手を止めました。
「まぁ、亡くなったレペットばあさんの幽霊が出るというお屋敷に住んでいらっしゃるの? いくらご身分がよくても、こんな田舎町をお気に召して、そのうえ幽霊の出るお屋敷に住むだなんて、やはり変わり者なのかしらね」
町長夫人もどうしたものか考え込んでいるようでした。
「人間嫌いとの噂もありますもの。ねぇ、タマラ、実際の公爵様はどんなご性格なのかしら?」 今度はイザベラの従妹が訊いてきました。
「気難しくみえます。ですが、とてもお優しい方です」
「ほら、ママお優しいお方ですって。タマラが羨ましい。だって毎夜公爵様にお会いできるのですもの」
イザベラは小さな子供のように口を尖らせました。
「イザベラさん、会うといっても、私は食事を運ぶだけですから」
「ねぇタマラさん、公爵様はいつも何を召し上がっているの?」
「父がこしらえるシチューと赤ワインを好んで注文されます」
「ねぇ、お母様、私たちもお会いしてみたいわ、どうしたら私たちも公爵様とお近づきになれるのかしら?」
「そうね……」と言った町長夫人は、少ししてから名案が浮かんだとばかりにポンと手をたたきました。
「そうだわ、こうしましょう。イザベラのお誕生日に公爵様をお招きして、パーティーを開くのはいかがかしら?」
「まぁ、お母様、なんて素敵なのかしら。今から待ち遠しくてならないわ」
羨ましさに娘たちはため息をついた。
「皆さんもご招待いたしますわ。ぜひとも、着飾って、イザベラのお誕生会にいらしてくださいな」
感嘆の声をあげながらはしゃぐ娘たちをよそに、私はひとり疎外感を感じておりました。
なぜなら、宿屋の娘の私には、木綿のドレスはあっても、お嬢様方が着るようなあでやかな絹のドレスは持ち合わせていませんでしたから。
この日の夜、公爵様はいらっしゃいませんでした。お昼間のこともあり、私は一人しょげていると、父は幼いころに亡くなった母のドレスを出してきてきました。
「それなら、母さんのドレスを着たらいい。タマラは死んだ母さんにそっくりだからきっと似合うはず」
えんじ色のドレスは、少々時代遅れではありましたがウエストを詰めたら問題なく着られそうでした。
翌日の夜も公爵様はおみえになりませんでした。
酒場にくる庭師の話によると、王宮からの呼び出しにより、しばらくの間、田舎を離れておいでだったのです。
毎日のように金貨を下さる公爵様が来なくなったうえに、冬の訪れとともに、酒場にくるよそからのお客が減りました。
「困ったものだ。二年続きの不作のせいで田舎町を訪れる客がこうも減っては商売が立ち行かなくなる」
父は二つ月足らずで、公爵様の財力に依存するジレンマを抱いているようでした。
そして、いよいよイザベラのお誕生日がやってきました。母のドレスを身に着けた私は、用意したプレゼントをたずさえて、町長の館を訪れました。
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