「私は煌めきの恩寵で、お茶やお菓子をたくさんいただいてしまったから、ちっともおなかは空いていないけど、皆は大丈夫? コンスタンツェさんと激論を交わしていたようだったから……」
「あ! 主を無視していたわけじゃないよ! ただこう……コンスタンツェが、無茶な支払いを要求することは絶対ないんだけどね……そのまま支払ったりすると、うん。負けた気がしちゃうからさぁ」
「少々熱くなってしまって申し訳なかったのぅ。商品説明の聞き漏らしなどがあると、後々ねちねちとやられたりもするのじゃ。それを回避せねば主の恥にも繋がると、つい……すまぬ」
「一癖も二癖もありそうな方だから、我を忘れがちになるのも理解できますし。謝罪は不要ですよ」
「少し喉は渇いたが、森の木陰ではあのような状況にはならぬので、問題はないぞぇ」
ランディーニが頬に頭をすり寄せてきた。
ふわふわ加減がとっても気持ちいい。
思わず微笑を浮かべてしまった。
どこかで『尊い……』という声が聞こえた気もしたが、無反応を通しておいた。
「ようこそ、おいでくださいました」
森の木陰に到着すれば、結局名前を聞かずじまいだった後妻が入り口で佇んでいた。
それだけで絵になってしまう花のある美しさが、ようやく発揮された……そんなふうに思うのは、闇を抱えて壊れかけていた澱みがすっかり消え失せていたからだ。
本来の人の目を惹いてやまない金色に輝く美しい瞳には、瑞々しい生気が宿っていた。
「森の木陰店主が妻、ヴィルマと申します。先日は御挨拶すらできずに、大変な不調法をいたしましたこと、深くお詫び申し上げます。また当店閉店の危機を救っていただきましたこと、厚く御礼申し上げます」
貴族にも劣らぬカーテシー。
敬意と感謝に満ち溢れた正しいカーテシーは、言葉では表しきれない感情をも表現する所作だ。
「本来の好ましい接客ができるようになって、客の一人として嬉しい限りですわ。御主人様もお元気でいらっしゃるかしら?」
「お優しいお言葉、心に染み入ります。私同様、もしくはそれ以上に健康で、健常でございます。最後のお見送りだけは叶いますでしょうか?」
彼女の接客次第ですね。
夫の声がする。
何か不安要素でもあるのだろうか。
「……場合によっては」
「有り難きお言葉を頂戴いたしまして、感謝申し上げます」
即座に肯定しなくても十分だったらしい。
夫もこれを狙っていたのかもしれない。
「まずは皆様で、カタログを御覧くださいませ。本日お探しのお品物はドレッサーとティーテーブルでよろしゅうございましたでしょうか?」
「ええ。ティーテーブルと一緒に椅子もお願いしたいわ。椅子は五脚ね」
「では、ドレッサーがこちらのカタログ。ティーテーブルと椅子はこちらのカタログになります。こちらは皆様で御覧になってくださいませ」
同じ物を人数分揃えて渡してくる心配りがにくい。
従者にはまとめて一冊が一般的な対応なのだ。
「ドレッサーは、お色味、鏡の形、収納性などを押さえてお選びになると、自分の好みがわかりやすく具現化されるようでございます。尚、ホワイト、一面鏡、細かい物が多く入る収納性が人気となっております。お時間をいただきますが、完全オーダーなどもできますので、お申し付けくださいませ」
「椅子が附属になっているものも多かったのぅ?」
「はい。やはりドレッサーと揃いの装飾などが施された物を、好むお客様が多くいらっしゃいます。また長時間お使いになるお客様は、別途疲れない椅子をお求めになるようでございますね」
「うーん。主の場合はそこまで長く座らせるつもりはないけれど、座り心地は追求したいかなぁ」
「揃いの椅子に、クッションをおつけする、背もたれをおつけする……といったように手を加えることも可能でございますよ」
「ふむ。それがよさそうじゃのぅ……まぁ、まずは、それを念頭に置いて選んでしまおうぞ!」
羽先で丁寧にページをめくるランディーニの姿に、ヴィルマも目を細めている。
彼女ももふもふ好きなのかもしれない。
同志だったら、こっそり親交を深めてみたい気もする。
やはり金色の瞳の友人というものに、憧れがあるのだ。
「ティーテーブルの方でございますが、最愛様がお一人でお使いになるものと、御友人とともに楽しまれるものと、二種類お買い求めになっては如何でございましょう? ティーテーブルと、カフェテーブルやローテーブルといった感じに」
ケーキスタンドが二つ並んだ大きいテーブルをイメージして、ティーテーブルと言っていたけれど、私が考えていたものはカフェテーブルが近いようだ。
カタログを捲りながら丁寧に説明してもらって大きく頷く。
「認識違いだったわ。教えてくれてありがとう。二種類選ばせていただくわね。あ! 皆が使うことも多そうだから、大人数用は三人に選んでもらってもいいかしら?」
「まかせるのじゃ!」
ばっさばっさと羽ばたきをするランディーニに、彩絲は苦笑を、雪華は闘争心に溢れた勝ち気な笑みを浮かべる。
「では。お茶などをお持ちいたしますね。本日は甘さ控えめのロイヤルミルクティーを用意する予定でございますが、何かご希望の物はございますでしょうか?」
「私はそれをいただくわ。ロイヤルミルクティーは好きなの」
「妾も同じで」
「私も」
「我は……少し喉が渇いておるので、冷たい水も一緒にもってきてもらえるかのぅ」
「はい。承りました。少々お待ちくださいませ」
ヴィルマが下がっていくのをつい見守ってしまった。
三人も同じだったらしい。
思わず顔を見合わせて破顔する。
美女の笑顔は、男性に限らず女性にだって嬉しいものなのだ。
ましてや笑顔を取り戻すのに一役買えたのだから、喜びは大きかった。
うんうんと息が揃った動きで各自頷いてから、カタログに集中を始める。
ドレッサーはホワイトの一面鏡で収納多めと、人気に乗って選んでしまった。
椅子にはクッションをつけてもらう予定だ。
背もたれは髪の毛を整える最中、邪魔になりそうなのでやめておく。
コンスタンツェが言っていたように、ライトは後付けで選べるようになっていた。
横に広い大きな鏡は、百合の透かし彫りで縁取られている。
そちらにあわせてクッションの柄や、ライトも選んだ。
結構な百合づくし部屋になってしまったが、足を踏み入れた人が鬱陶しいと思うほどではないだろう。
ティーテーブルは一脚の椅子がついたセット物を選んだ。
こちらもやはりホワイトで、百合の透かし彫りによって清楚に飾られている。
純白木《ピュアホワイトツリー》という、異世界情緒満載のどこを切っても真っ白い木材を使って作られているようだ。
偽物を天然物と表記する詐欺が横行しているので、御注意くださいと書かれている。
品質に対する自信の表れがこの文章を書かせるのだろう。
なかなかに安価で良質な物が選べたのではないかしら? と一人自画自賛している横で三人が懲りもせずに、カフェテーブルをどれにするかで激論を交わしていた。
結局三人は激論してしまう運命《さだめ》にあるのだろうか?
私は自分が決めたものをヴィルマに伝えて、ロイヤルミルクティーのお代わりを楽しんでいる。
ロイヤルミルクティーは、濃厚すぎないタイプのもので、お代わりをしてもおなかが膨らまない気がした。
「うむ。いいか? 譲れぬ点を整理するぞ?」
続く激論に疲れたのか挫けたのか、ランディーニが深い溜め息を吐いた。
羽でカップを抱え込み水を飲んでいる。
これもまた愛らしい所作だ。
普通の梟と同様の飲み方もできるのだが、本人曰く『空気を読んでおるのじゃよ!』とのことだった。
「総純白木製であること。これはよいじゃろ?」
「まぁ、一人用とあわせたいしね」
「装飾などに他の素材を使ってもいいとは思うが、基本は問題なかろうて」
「テーブルと椅子も揃いのもの。これはどうじゃ?」
「そこまで揃いに拘らなくてもいいでしょ!」
「揃いよりも、座り心地を優先すべきじゃろう? 親しい友人との語らいは時間を忘れると、相場が決まっておるからのぅ」
既に二個目で意見が分かれていた。
これでは激論にもなるだろう。
「恐れながらよろしゅうございましょうか?」
三人が深い溜め息を吐いたタイミングで、ヴィルマが口を挟んだ。
「いっそ、お三方のお好みの物、全てをお買い上げになっては如何でしょう?」
「全て、じゃと?」
「はい。シーズンに合わせて家具を入れ替える高貴な方々も多うございます。お三方それぞれ一つずつお好みの物を選ばれては?」
「うむ。無難な提案じゃ」
いいですね!
夫の声も聞こえた。
庶民感覚だと勿体ない! と考えてしまうが、季節を感じさせる物を取り入れるのは新鮮で好ましい。
向こうでは夫が、あれこれと細やかなところにまで気を配って整えてくれたものだ。
「それでもいい?」
雪華が心配そうに尋ねてくる。
三人の中では彼女が一番、私の庶民感覚を理解してくれそうだ。
「ええ、いいわ。素敵な提案をありがとう、ヴィルマさん」
「お心に叶いましたこと、大変嬉しゅうございます」
ノワールに届かずとも満足できる優美な所作で、お代わりのロイヤルミルクティーを淹れたヴィルマが艶やかに微笑んだ。
「……季節で替えるならば、純白木に拘らなくてもよいのぅ……」
「だね」
「それでも我は、純白木に拘るぞぇ! 背もたれはしっかりと、テーブルは長方形。木目を生かして、装飾なしのシンプル仕上げじゃ!」
「ほうほう。じゃあ私は丸形の陶器製モザイク柄テーブルで。椅子は重いけど同じく陶器製でモザイクなし。んーワンポイントで、同じモザイクを入れるのもいいかも?」
そこで雪華が私に意見を求めてくる。
任せると言った以上、そこまで私に気を遣わなくてもいいのにと思いつつ、答えた。
「そうね。ワンポイントのモザイク柄ならお揃い感もでるし、鬱陶しくないし、賛成です。あとはあれね。お掃除が楽そう」
「ふふふ。ノワールに褒められちゃうかもね?」
「……妾はアイアンとエルダートレント材の組み合わせに挑戦してみたいのぅ」
「まぁ! ちょうど本日届いた新鮮なエルダートレント素材がございますわ。よろしければ御覧になりますか?」
「新鮮なら、アイアンを嫌がりそうなものじゃが?」
「寿命を迎えたエルダートレントでございましたので、その辺りは頓着されないかと思われますわ。少々お待ちくださいませ!」
ヴィルマが軽やかなスキップで素材を取りに消える。
「随分と喜んでおるのぅ。よほどの素材じゃったのか?」
「そうなんじゃないの? 古老のエルダートレントなら木材になっても存分に意思を残しているんじゃないかな?」
「それじゃと……アリッサの好みを語ってもらうのが最適かもしれぬなぁ」
「んんん? それって……木材になっても意思が残っていて、こちらの指示通りのテーブルや椅子になってくれるってこと?」
「うん。ヴィルマがあそこまで喜ぶのは、特別な素材をアリッサに提供できるからだと思うよ」
驚きだ。
さすがはエルダートレントというべきか。
「お待たせいたしました! こちらが、その素材でございま!」
ヴィルマの説明は途中で終わってしまった。
なんとヴィルマが抱えていた素材が、腕から飛び出したのだ。
『時空制御師ニ、関ワリガアル者カ?』
しかも話しかけられた。
「はい。時空制御師は私の大切な夫です」
『ソウカ! デハ、オ主ガ最愛ジャナ?』
「ええ、時空制御師最愛の称号を持っております」
『アヤツニハ世話ニナッテノウ……ココニキテ恩返シガデキルトハ、思ワナンダ!』
エルダートレントが感じる恩とはどんなものだろうか。
たいしたことはしていないんですけどねぇ……。
夫の返事は聞き慣れたものだった。
そして私は実際たいしたことなのだと知っている。
そうと意識せず、末孫に至るまでこの御恩は絶対にお返しいたします! という誓いを立てるほどの何かを、いとも容易く与えてしまう夫なのだ。
「それでは、私の家でカフェテーブルと椅子になっていただけますか?」
『光栄ジャ! 何ゾ、希望ハアルカノゥ?』
「色が素敵じゃてな。アイアンとの融合を考えたのじゃよ」
『フゥム。確カニ調和スルガ……』
木材が思案する姿。
なかなかに貴重な絵だ。
しかも見本にとヴィルマが抱えてきた木材以外にも現れた数多くの木材たちが、揃って体を傾がせるのだ。
首を傾げているといったところだろう。
『マァ、セッカクナノデ、我ダケデ……フム……コレデ、ドウジャ?』
目の前に楕円形のテーブルと肩までを支える背もたれのある椅子が現れた。
まさしく瞬間芸だ。
『ホレホレ。座ルガヨイ!』
「では、遠慮なく」
座りやすいように椅子がさっと引かれる。
まぁ、便利。
執事いらず、エスコートいらず。
「うわぁ……凄い癒やされる感じ……」
これが生きている木の温もりなのか! と思わせる、仄かな温かさが何とも気持ちいいのだ。
微かに鼻を擽る木の香りもいい。
目を閉じればそのまま寝入ってしまいそうな心地よさだ。
皆が使える揺り椅子も、エルダートレント素材で作りたいと思う。
「何とも見事じゃのぅ! 足元のみアイアン風に見せているのじゃな?」
『コノ僅カナ風合イノ差異ト、アイアンノ強サヲ望ンダノデアロウ? 色ハ御覧ノ通リ、強サハ、アイアンニモ負ケヌゾ!』
そう、椅子の脚とテーブルの脚は、専門家でも判断しかねるレベルで、アイアンにそっくりな擬態をしているのだ。
エルダートレントの素材が高値で取り引きされるのも、欲しがる者が後を絶たないのも理解できるというもの。
「双方満足いくやり取りで何よりでございます」
『ウム、感謝スルゾ、店主夫人』
「勿体なきお言葉でございます。配送は如何いたしましょう?」
「……もしかして、エルダートレントは一緒に歩ける、とか?」
『可能ジャガ、驚カレルシ、疲レルノジャ』
しょんぼりされてしまった。
基本、老人は労らねばなるまい。
椅子とテーブル姿で歩くわけではないが、木材で歩くのならば、驚愕は同程度だろう。 しかも見る者が見ればすぐにわかってしまう、希少なエルダートレント素材。
ここは素直に発送手配をお願いしたい。
「あ、そうだ。あんまりにも素敵な素材だったので、揺り椅子も作ってもらいたいのですが、可能でしょうか」
『無論可能ジャ。我ハ全テヲ時空制御師ノ最愛ニ任セタイ。ヨイナ? 店主夫人』
「はい。当店としましても、得がたい提案にございます。揺り椅子のデザインに関しましては、専門店を御紹介できますが、如何いたしましょう?」
『我ガ屋敷ノ者タチト考エルカラ不要ジャナ』
木材なのにやる気に満ちていらっしゃる。
有り難い。
私は笑顔で二人に向かって頷いた。
「そういえば、代金の合計って、いくらぐらいになるのかしら?」
「店主より、危機を救っていただきましたお礼と、御迷惑をおかけしたお詫びに、全て無料で手配するようにと言付かっております」
「それはさすがに申し訳ないわ。特にエルダートレントの素材。しかも最上級の素材ともなれば、結構な金額になると思います。今回はきちんとお支払いいたします。どうしてもというのであれば、今後当屋敷の関係者が訪れた際には、良心的な価格でお願いできればと思います」
「奥方は奴隷にも心を傾けておるのじゃよ」
「了解いたしました。お屋敷の皆様には身内価格で御提供させていただきます」
奴隷に対して良心的な手配をと伝えても、その表情に変化は見られない。
私が身内認定したのならば、私にするのと同じ最上の接客をしてくれるのだろう。
本当にヴィルマが復活してくれてよかった。
それでも手心が加えられている気がしてしまう、全ての代金は50500ギルだった。
ここにきて初めて金貨の出番があったのだ。
エルダートレントの木材が支払いの際、ヴィルマのそばで満足そうに頷いていたのは、この店の行く末と自分の終着地点に納得ができたからなのかもしれない。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!