テラーノベル
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「……完売だと? ボタンを押してから、コンマ二秒だぞ。ふざけるな、神を、いや神職を敬え!!」烏丸神社の拝殿に、蓮の絶望的な叫びがこだました。
手元のスマホには、
【在庫切れ:現在お取り扱いできません】
の無慈悲な文字。蓮が数ヶ月前から狙っていた、超人気スマホゲームの「一周年記念・純金製ガチャ券キーホルダー(シリアルコード付)」が、ボットによる秒速の買い占めに敗れたのだ。
「蓮、お前の指が加齢で衰えただけではないのか。神への祈りが足りんのじゃ」
「うるせぇ、祈りで在庫が湧くなら毎日徹夜で祝詞(のりと)あげてやるよ! クソッ、フリマアプリを見ろ。もう定価の五倍で出されてやがる。転売ヤーめ、地獄の業火でアカウントが焼け落ちろ!」
蓮が般若のような顔でスマホを睨みつけていると、境内に一人の老人、田中がヨロヨロと入ってきた。近所で小さな模型店を営んでいる田中だが、その背後には異常な光景が広がっていた。
田中の背中から、無数の「段ボール箱」と「値札」が積み重なった巨大な多頭の蛇が這い出ていたのだ。それは、商品を買い占められ、本当に必要とする子供たちの涙と、田中の「売りたくない相手に売らされる」苦悩が生んだ怪異――『買い占めのヒュドラ』だ。
ヒュドラの頭からは、不快な電子音が鳴り響いている。
『在庫確保』『即購入可』『相場より安いです』
「(……最悪だ。俺の欲しいキーホルダーを奪った連中の匂いと同じ、薄汚い紙の匂いがしやがる)」
蓮が立ち上がり、冷徹な目で怪異を見据える。
「助けて、神主さん……。ボットだか何だか知らんが、ネットで予約が始まった途端に、うちの店の在庫が全部、顔も見えない連中に奪われていくんだ。本当に欲しがっている近所の子たちに、何も売ってやれない……っ!」
田中が泣き崩れると、ヒュドラが威圧するように鎌首をもたげた。
「ひえぇ! 欲の塊が段ボールの鱗を鳴らしておる! 蓮、こやつらを成敗せよ!」
「言われなくてもやってやるよ。……あー、田中さん。お祓い代は、今回に限り特別だ。手数料込みで15万。その代わり、アンタの店に群がってる『害虫』、一匹残らず駆除してやる」
蓮は懐から、怒りに震える手でロゴ入りタッチペンを抜いた。
「田中さん、アンタは悪くない。悪いのは、他人の情熱を横流しして小銭を稼ぐ、想像力の欠けたゴミクズ共だ」
「な、なんだこの若造は! 商売を邪魔するな!」
怪異が田中の口を借りて叫び、段ボールの触手を叩きつけてくる。
「コマ、神力を絞り出せ! 転売ボットの回線ごと、奈落に突き落としてやる!」
「おう! 拙者の神力、存分に使うが良い! 欲望の蛇め、神罰を喰らえ!」
コマが純白の光を放ち、蓮のタッチペンに「強制執行」の青い稲妻が宿る。
蓮は飛来する値札の礫を鮮やかに回避し、ヒュドラの心臓部――偽造された大量のアカウントデータが渦巻く「偽りの住所」のコアを捉えた。
「自分の手で何も生み出せないなら、せめて在庫の海に沈んでろ。――返品不可だ」
蓮がタッチペンをコアのど真ん中に突き立てる。
「――全注文取消・在庫返還(オール・オーダーキャンセル)!!」
ドゴォォォォォン!!!
凄まじい衝撃波と共に、ヒュドラを構成していた段ボール箱が次々と弾け飛んだ。怪異は「取引がキャンセルされました」という無機質なシステム音を上げながら、今度はシュレッダーにかけられた「大量の配送伝票」に変わり、境内の空に舞い散った。
同時に、田中の店に群がっていた数万のボット予約がすべて強制キャンセルされ、在庫は本来の場所へと戻っていった。
「あ、ああ……消えた。肩が軽い……! ありがとう、神主さん!」
田中は晴れやかな顔で何度も頭を下げ、現金の封筒を蓮に手渡して帰っていった。
夜。社務所で蓮は封筒を眺めながら、どこか遠い目をしていた。
「……なぁコマ。田中さんの呪いは晴れたけど、俺のキーホルダーは戻ってこないんだよな」
「まあ、そうなるな。……しかし蓮、見ろ。田中の店のホームページだ」
コマが差し出したスマホには、田中の模型店の最新告知が出ていた。
【転売対策のため、シリアル付キーホルダーは店頭で『神主への愚痴』を言えた方にのみ販売します】
「……は?」
「さっき田中が言っておったぞ。『恩人の神主さんに、唯一の在庫を差し上げたい』とな。ただし、転売ヤーではない証明として、アンタに文句を言うのが条件だそうだ。……よかったな、嫌われ者のクズで!」
「……褒められてんのか貶されてんのか分かんねぇが、背に腹は代えられねぇ」
蓮は苦笑いしながら、明日、田中の店に行って自分への悪口を大声で叫ぶ計画を立て始めた。
拝金主義のクズ神主。その執念が、たまには自分自身を救うこともあるようだった。
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