テラーノベル
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突然の雨に叩き込まれるように、佐川さなはコンビニに飛び込んだ。
最後の一本だった透明なビニール傘を握りしめ、会社のエントランスで傘を閉じる。
バサバサと水滴を振り落としながら、ふと、いつかの夕方を思い出した。
折り畳み傘を貸してくれた奈良の、濡れた背中。
ふぅ……と小さなため息が漏れた。
エレベーターの上階ボタンを押した指先が、わずかに冷たかった。
「あ、佐川さん。お疲れさん。今戻り?」
「あぁ、木倉くん」
「今日はどうだった?」
「アポイントは取れたわ。明後日もう一度伺うことになった」
「さすがだねぇ」
「たまたまよ」
エレベーターが開くと、木倉がオフィスリュックを肩から下ろしながら近づいてきた。
外ポケットから取り出したのは、折り目が擦り切れて白くなったフルカラーのA5チラシ。
三共保険株式会社 北陸三県合同研修会
「もうすぐだね、研修」
「そうね……」
「奈良、あいつ元気にしてるかな」
「どうかしら」
「あれ、連絡取ってないの?」
「うん……ちょっとね」
「聞いたら不味かったやつ?」
「大丈夫よ」
木倉が軽く手を上げて去っていく後ろ姿を見送りながら、さなは胸の奥が重くなった。
あと一週間で、北陸三県合同研修会。
会場は金沢支店の大集会場。
(……会うのが、怖い)
奈良とのことは、もう終わった。
それでも、満島瑠璃に顔を合わせるのが怖い。
金沢支店の社員たちの視線が怖い。
そして、もう一人――会いたいのに、会いたくない人がいる。
「お先に失礼します」
「はい、ご苦労さん」
エレベーターの扉が閉まる瞬間、佐川さなの心は、雨より冷たく沈んでいった。
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