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金沢駅東口のヤカンオブジェの前で、瑠璃と寿は並んで携帯の画面を眺めていた。
金曜の夜。
二人は「仲直りの会」を兼ねた夕食の約束をしていたはずだった。
しかし、寿が大型商業施設最上階の回転寿司店から戻ってきた顔は、すでに不機嫌そのものだった。
「瑠璃」
「なに」
「やっぱり満席だって」
「でしょうね……」
「じゃあ、輝らり! 駅西の輝らりに行こう!」
「おんなじじゃない?」
「違うよ! 観光客は来ないから空いてるの。寿さまの言うことに間違いはない!」
寿はそう言い切ると、迷う瑠璃の手を引っ張り、金沢駅の人混みを掻き分けて西口へ急いだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「遅い! 満席になっちゃうでしょ!」
「言ってる事とやってることが違うじゃんーーー!」
輝らり店内は、予想通りほどほどに混んでいた。三組待てば着席できる。
寿の予言は大当たりだった。自動扉をくぐった寿が順番待ちのレシートを受け取り、ふと顔を上げた瞬間――
「よっ!」
同じ営業部の田中が、にこやかに片手を挙げていた。
四人掛けのテーブルで、日本酒を酌み交わしている。
向かいの顔はまだ見えない。
「なに、あんたもいたの!」
「一緒に飲む!?」
「え、いいの!?」
そのとき、待合の椅子に座る瑠璃の姿に気づいた田中の表情が、ぴたりと固まった。
寿が田中の向かい側を覗き込み、「あちゃー……」と額に手を当てた。
そこにいたのは、奈良建だった。
奈良は寿の顔を見て「あ」と小さく声を漏らし、店の出口に視線を走らせた。
瑠璃と目が合った瞬間、瑠璃の口がポカンと開いた。
田中は困ったように襟元を掻いたが、寿だけがニヤリと笑った。
「奈良、あんた、瑠璃と会社の外で会ったでしょ?」
「そりゃ会うだろ。デスクだって目の前だし」
「いいや、違うね。寿さまにはお見通しよ」
寿は手に持っていた順番待ちのレシートをくしゃくしゃに丸め、奈良の隣にドカッと座った。
そして振り返り、出口近くの瑠璃に向かって両手を振り上げた。
「あんたも来なさいよ!」
「え!? 私!?」
瑠璃が自分の鼻先に指を当てて固まっていると、寿は立ち上がって大声を上げた。
「良いから来い!」
(こ、寿……あんた、何考えてんの!?)
瑠璃は寿に腕を引っ張られ、結局奈良の対角線上に座らされてしまった。
寿は迷わず右手を高く挙げ、カウンターに向かって叫んだ。
「お兄さん! 生ビール、ジョッキで四つ!」
あっという間に運ばれてきた四杯のジョッキを、寿は手際よく配った。
自分のジョッキを握りしめ、にやりと笑う。
「はい、乾杯!」
「な、なんの……?」
「私と瑠璃の仲直りに乾杯!」
「お、俺らはなんの乾杯なんだよ」
寿は瑠璃と奈良の顔を交互に見ながら、悪戯っぽく続けた。
「お別れの乾杯!」
「え、なんだよそれ」
「なに、奈良。あんたまだ瑠璃に未練あんの!?」
「そ、そんなもん……」
「じゃあ乾杯! 瑠璃はもうじき黒木瑠璃になるんだから、諦めな!」
そこへ田中が、おずおずと口を挟んだ。
「奈良、お前、言っとけよ」
「なに」
「あれだよ、あれ」
「あ、あぁ……俺、10月末で会社辞めるんだ」
「え、そうなの!? マジ!?」
「マジ」
奈良の退職を祝う微妙な乾杯のあと、寿がもう一本、勢いよく音頭を取った。
「私の失恋にかんぱーーーーい!」
「なに、お前、奈良が好きなん?」
「な訳あるか! こんな二股男!」
「ちょ、寿!」
「わ・た・しが好きだったのは黒木!」
「マジか!」
「マジよ。二年間の片思いが、こんな草食動物にハムハムされて可哀想じゃない!? ね、田中、そう思うでしょ!?」
「そ、そりゃ……ご愁傷さま」
「ご、ごめん」
すると今度は田中が、勇気を振り絞るように腕を伸ばした。
「俺も……失恋の乾杯」
「なに、あんた誰に失恋したのよ」
「……お前だよ」
「はぁ!?」
寿は対角線上の田中の顔をまじまじと見つめ、「試しに付き合ってみる?」と、あっさり交際宣言を発令した。
瓢箪から駒。
灯台下暗し。この夜、寿の彼氏いない歴は、唐突にストップした。
寿は揚げたイカゲソを半分口から出したまま、奈良の額を親指と人差し指でパチンと弾いた。
かなり痛そうだ。
「奈良、いい!?」
「なんだよ、酔っ払い」
「恋なんて回転寿司なのよ。ネタの活きが良いうちに取っときな!」
「お、おう」
「同時に二皿は御法度よ!」
「お、おう」
「瑠璃はもう売約済み、ざーーんねん!」
「お、おう」
「私も売約済み、ざーーーーんねん!」
「お、おう……おめでとう」
「あ・り・が・と」
味噌汁を運んできた店員さんに頼んで、四人で記念撮影。
寿と田中はハートマークを作り、瑠璃はおずおずとピースサイン、奈良は気まずい笑顔を浮かべた。
「送信!」
寿はすぐにその写真を営業部グループLINEに投稿した。
なにこれ!
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マジか!嘘だろ!
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私たち付き合いました♡
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誰がだよ!
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田中とでーーーす♡
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信じられん、てか、なんで奈良!
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富山湾と七尾湾の活きの良いネタがぐるぐる回る回転寿司店で、それぞれの人生が、静かに新しい回転を始めていた。