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周囲が線の様に流れ続けるアヴォイダンスの空間の中で、ゆっくりと手に掴んだスズメバチの体を二つに分けたコユキは、残骸を左の掌(てのひら)に乗せた儘(まま)でじっと見つめ続けていた。
周りに気を付けていなくても、障害物を避けられているのは、ここ半年の間に修練を積んできた成果と言って良いだろう。
見つめていたコユキの前で、オオスズメバチの亡骸は光りの粒子へと姿を変えて霧散し、次の瞬間に元の姿に戻った健康その物の完全体スズメバチになり、羽ばたきを始めようとしていたのであった。
グシャ!
コユキは理解した。
これってシヴァ君の『幻影(ミラージュ)』みたいな幻の類だと…… 気が付いてしまったのである。
どうせ直(すぐ)に元に戻る無駄な行為だと理解しつつ、コユキは左手の中で復活を遂げた個体を勢い良く握り潰し粉々にせずにいられなかったのだ。
コユキの心はいつに無く怒りに、そう、激怒に満ち溢れてしまっていたのだった。
コユキは声に出して言ったのであった。
「食べ物を粗末にするのは駄目、絶対だけど…… それよりも遥かに深刻な罪、捕食行為(ゴハン)を嘲笑い翻弄(ほんろう)するとは…… 天を裂き地を抉(えぐ)ろうとも決して許しはしない! 喰らうが良い我が怒りを! そして地獄の間断無き責め苦によって怯え震え続けるが良い、最高位の魔神の食を汚した矮小(わいしょう)なる己の愚かさを噛み締めながらぁ! 羽虫の主よ、うぬは魔神の業(ゴハン)に汚らわしい恥を刻んだ忌々しき存在として未来永劫焼かれ砕かれ磨り潰され、残忍で冷酷な全ての獄卒から忌避(きひ)され続けるのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! っっっ!!!!!!!!」
コユキの怒りも当然だといえるのでは無いだろうか?
いただきます! パンッ! を経たというのにいただかせて貰っていなかったのだからっ! 怒りを向けられた相手も多少の自覚があったのだろう? コユキの怒りに反応してしまったのである。
ビックッゥ!!!!!!
「そこかっ! 『加速(アクセル)』ぅ!」
反応した瞬間、残像も残さず姿を消したコユキは、次の瞬間数十メートル離れたイチイの大木の陰に隠れていた、羽虫の主、一際大きい個体、女王だろうか? 五十センチ位の蜂? 的な物の頭をムンズと掴み込んでいたのである。
怒りに血走った目で見つめるコユキに映った物は、ウニウニと諦め悪く蠢く醜悪な異形の姿形であった。
スズメバチ処か、オオベッコウバチの女王と比べても十倍近くあるその蜂(?)には端整な女性の顔、誰が見ても息を飲んでしまう程美しい長髪の貌、それがチ~ンと納まっていたのである。
転じてその肉体は、美しい蜂の様な羽を除いて、顔面同様、こちらも蜂のそれとは似ても似つかない…… 具体的には首までしか外皮も肉も無い、剥き出しの哺乳類っぽい、はっきり言えば人間の臓腑がビクビクと脈打って赤黒く明滅し続けている、醜怪極まりない姿であったのである。
「うげぇっ! まんまホルモンじゃん、んまあ放らないけどねん!」(ギラッ!)
内臓丸出し超露出狂のホルモン見せ付け女の頭をガシッと掴んだ瞬間から、周囲のオオスズメバチの攻撃が一斉に停止した事に気が付いたコユキは、掴んだコメカミに指を食い込ませながら、大きく持ち上げて残忍そうな声を上げたのであった。
「親玉捕らえたりー! ねっ! こいつが女王なんでしょっ! どうだろう…… こいつなら少しは腹の足しになるのかな? んま、どっちでも良いわね♪ いただきます!」
『ちょちょちょちょ、チョット待って待ってぇ! お願い、食べないでぇ!』
頭の中に直接響く声、やはりこいつが元凶の悪魔だったようだ、そう確信したコユキは手にした内臓美人に顔を近付けて問い質すのである。
「うん、待ってあげるよ♪ じゃあ話してね! お前が何者で、誰に言われてこんな事をしたのか! んで、そいつの書いた絵図まで知ってる限り話してねん♪」
『う、うう、私の名は、ペナンガラン…… 蜂の友にして吸血の王、赤子の生を祝福する助産婦でもある…… そ、それ以上は答える事は、 出来ない……』
「あ、そうなんだ! んで、それは知らないって事? じゃないよね! 知ってるけど答えられないって事なんだよね? でしょ?」
……コクリ プスっ!
ペナンガランが頷いた瞬間、コユキが刺し込んだかぎ棒によって、ホルモン丸出しの彼女の肉体は消失した。
周囲に充満していたオオスズメバチ達も掻き消えて、コユキの前には依り代にされたのだろうか? 五センチほどの女王蜂の亡骸と、半分に割れてしまった大きな蜂の巣とスプラタ・マンユに比べて一回り小さな赤い石、魔核が残されていただけであったのだ。
巣の中にびっしりと詰まった蜂の子達が元気に動いている事だけが唯一の救いであろうか……