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ジェンから、一緒に行ったカフェに行こうと誘われた。
嬉しくて、約束の日が待ちきれなかった。
ジェンと向かい合わせに座る。
初めてジェンとここに座った時。ジェンは、髪が今より短くて、肩より少し長いくらいだった。
あの時は、頬を少し染めて、躊躇いがちに微笑んでいた。
『連絡が遅くなってごめんなさい。レポートとか色々忙しかったの』
『気にしないで。会えて嬉しい』
二人で笑い合った。あの日は、昼間だった。
『教授ったら、本当にひどいのよ!』
『どこの先生もそんなものよ』
『いいえ!あの教授は特別!明日もゼミがあるのに、レポート提出が義務なのよ!ほんと、いやになる』
ジェンはすぐに打ち解けて、たくさん話をしてくれた。
今では、もっと多くのジェンを知っているけれど、あの日のジェンを忘れることはできない。
帰る頃には、三日月が空に浮かんでいて、二人で慌てたわね。
―ジェン、覚えてる?
「あの日も、この席だったわね」
ジェンが微笑んだ。
「えぇ。そうね」
ジェンが真っ直ぐに私を見つめた。
真剣に。
1秒、2秒…やけに長く感じた。
―胸騒ぎがした。
ジェンは、ふっと表情を和らげた。
「あたし、結婚するの」
何を言われたのか、理解できなかった。
―ケッコン?ケッコンってなに?
ジェンは、私を見つめていた。
真っ直ぐに。
私の言葉を待ってる。
「……そう…なんだ。おめでとう」
必死で振り絞った声はぎこちなかった。
唇が歪な笑みを作るのが自分でもわかった。
―ケッコンって、何?
ジェンが微笑んだ。
あの日とは違う、大人びた顔で。
あの日とは違う喜びに、嬉しそうに微笑んだ。
「あなたも幸せになってね」
呆然とする私を残して、ジェンは席を立った。
ジェンの後ろ姿が遠ざかっていく。
コツ…コツ…コツ………
――カラン
溶けた氷がグラスに当たる音で、私は目を覚ました。
―夢だよね?
前を見ると、ジェンはいなかった。
飲みかけのコーヒーカップがあるだけ。
カップに、ジェンと同じ口紅がついているだけ…。
窓の外を見ると、空には三日月が浮かんでいた。
慌てて外に出たけれど、そこにもジェンはいなかった。
スマホがメッセージの着信のあったことを告げる。
『タクシーで帰るから、心配しないで。次の日曜日、Gloriaに行くの忘れないでね』
急いで返信する。
『送って行けなくてごめんね。Gloria、楽しみにしているわ。前にジェンが言ってたフレンチのコース、予約しておくわね』
―ジェンとの日曜日があるわ!
口元に笑みが浮かぶのがわかった。
『結婚するの』
ジェンの声が耳にこだまする。
どうやって帰ったのか、覚えていない。
目の前が真っ暗になって、すべての色がなくなってしまった。
―ジェンが、結婚する…
店で一時間かけて整えた爪を噛んでボロボロにしてしまった。
それでも、爪を噛むことを止められない。
「ジェンが結婚する…ジェンが結婚する…」
自分の声が耳に響いた。
部屋を歩き周りながら、ジェンの結婚について考えていた。
考えることをやめられなくなっていた。
―ジェンが奪われる
―ジェンがいなくなる
「いいえ、いなくなったりしない。ほら、次の約束があるじゃない」
―結婚したら?
―私と会うと思う?
「………会うわよ」
その声は弱々しく消えた。
―家庭が忙しくなるわ。
―家庭が楽しくなる。
―ジェンと会えなくなる。
「いいえ!ジェンは会ってくれる」
―私が旦那様より大切だと?
「……………」
―ジェンは離れていく。
「……………」
―ジェンは、いなくなる
鏡の中の自分と目が合った。
―ジェンはいなくなる。
「だめよ!!」
叫び声が家中に響いた。
手に痛みを感じた。
見ると、右手が血で染まり、鏡が割れていた。
ひび割れた鏡の中の自分を見つめた。
―檻の中に閉じ込められたみたい…。
―…檻?
「そうだわ!」
―そうよ!
「ジェンには、ここにいてもらえばいいじゃない」
―私がお世話するの!
「いままでもそうしてきたように!!」