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「完成」が消える日
その日、
社内のどこにも異変はなかった。
いつも通りの朝礼。
いつも通りの業務指示。
いつも通りの評価指標。
ただ一つだけ、
誰も気づかない異常が起きていた。
1
月影真佐男/業務ログ
月影は、
通知を受け取ってから
一切の態度を変えなかった。
声のトーンも、
報告の間も、
謝罪の角度も。
ただ、
完璧に最適化された。
・質問をしない
・確認を挟まない
・感情の揺れを出さない
・指示を「即時実行」
それだけ。
上司は、
それを「改善」と判断した。
「月影くん、
だいぶ“完成”に近づいてきたね」
月影は、
少しだけ首を下げた。
「ありがとうございます」
それ以上、
何も言わなかった。
だが、
月影の業務ログには
小さな異常が積み上がっていた。
提案:ゼロ
自主判断:ゼロ
想定外対応:ゼロ
完全な提供側。
それは、
本部が求めていたはずの姿だった。
2
花子/業務対応
花子は、
その日も淡々としていた。
ただ、
言葉だけが
少しずつ変わっていた。
「この作業、
完成定義はどこですか?」
上司は一瞬、
言葉に詰まった。
「いや……
そこまで深く考えなくていい」
「了解です。
では“未完成”として進めますね」
花子は、
指示通りに動いた。
ただし、
常に未完成として。
・完了報告をしない
・途中経過を細かく共有
・「完成しました」を言わない
代わりに、
こう言う。
「この状態で、
完成とみなしますか?」
本部システムは、
その言葉を処理できなかった。
完成は、
判定する側が与えるもの
という前提だからだ。
3
交差しない二人
花子と月影は、
同じフロアにいた。
同じ時間に、
同じ資料を扱っていた。
だが、
一度も目を合わせなかった。
月影は、
花子の存在を
「不要な変数」として
無意識に排除していた。
花子は、
月影を
「最適化の終点」として
興味を失っていた。
二人は、
完全に別の動きをしていた。
4
本部/異常検知
異常は、
数値ではなく
意味のレベルで起きていた。
・完成率:算出不能
・改善提案数:低下
・満足度調査:全員「問題なし」
なのに、
成果が伸びない。
会議が開かれた。
「提供側は安定している」
「抵抗もない」
「感情反応も減っている」
なのに、
“前に進んでいない”。
誰かが言った。
「……完成って、
どこで判定してましたっけ?」
沈黙。
5
社内事故
その日の夕方、
システムアップデートが入った。
変更点は一つだけ。
表示仕様変更:
「完成」の文言を
一時的に非表示とする
理由は、
誰も明確に説明できなかった。
ただ、
使えなくなったのだ。
翌日から、
社内文書には
こう書かれるようになった。
・作業状態:進行中
・評価:保留
・完了判定:未設定
「完成」という言葉は、
消えた。
誰かが消したのではない。
使えなくなっただけだった。
6
その後
月影は、
相変わらず静かだった。
ただ、
最適化対象から
外されていた。
理由欄は、
空白。
花子は、
何も変わらなかった。
相変わらず、
「未完成」で仕事を続けている。
二人は、
最後まで
一言も交わさなかった。
共闘もしなかった。
理解し合いもしなかった。
それでも、
構造は壊れた。
完成を前提にした支配だけが、
音もなく、
社内から消えていた。