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「全然わからないわ」
宝石が散りばめられた緑の豪華なドレスを着たキョウカは、魔力操作を教えていた年配の魔術師を睨んだ。
「説明が下手なのよ」
魔力が何なのかよくわからない。
手を見せられたって何にもない。
その手の何を見ればいいのか。
「今日はもうやめるわ」
「えっ? お待ちください」
引き止める魔術師を無視し、キョウカは自分の部屋へと戻る。
「ねぇ、この紅茶マズいんだけど」
侍女が入れたハーブティーをアールグレイに交換させたが、できればカフェオレが飲みたい。
正直、もっといい生活ができると思っていたのに期待外れだ。
ドレスは豪華で綺麗だけれどずっと着ているのは疲れるし、気軽に横になることもできない。
「キョウカ姫? 少し話がしたい」
第一王子クロードの声にキョウカは姿勢を直し、髪も少し整え、どうぞと答える。
「魔術の練習を途中でやめたと聞いたが……」
「先生が言っていることがよくわからなかったの。ごめんなさい」
「あの魔術師は国内でもかなり優秀だけれど……」
「ご本人に才能がありすぎて、魔力がわからない私の気持ちをわかってくださらないんだわ」
キョウカは才能がなくてごめんなさいと手で顔を覆った。
クロードは慌ててキョウカに駆け寄る。
ソファーの前に跪き、キョウカの膝にそっと手を置いた。
「別の魔術師にしよう。もう少し若く、そうだな、まだ学ぶ意欲が高い者を探そう」
キョウカには早く魔力操作を覚えてもらって、聖女だと周りに認めさせなくては。
弟を王太子になどさせるものか。王太子は俺だ。
「他に困ったことはあるか?」
「ありがとうクロード様」
私のことを考えてくれて嬉しいですとキョウカは真っ赤な唇で口角を上げた。
「この手の周りに光は見えますか?」
お爺さんといっても良いほどのベテラン魔術師は、ソファーに腰かけたメイにシワだらけの手を見せた。
「えっと、うっすらと何かがある気がします」
「それが魔力です」
お爺さんに微笑まれたメイは自分の手を見る。
ジッと見続けると、自分の手にもなにかぼんやりと光のようなものが見えた。
「私にも薄くあります」
「そうですね。あります。どんな生き物でも必ず魔力があるのです」
お爺さんが優しく説明するとメイはわかりましたと頷いた。
「メイ! すごいね!」
「でもまだ見えただけですよ?」
「それでもすごいよ」
ハロルドは嬉しそうに笑う。
キョウカ姫はまだ魔力が見えていないと聞いた。
もしかしたらメイだけが聖女なのかもしれない。
メイが聖女なら僕が王太子だ!
「明日も頑張ろうね」
「はい、ハロルド様」
魔力は見えたけれど、それで何ができるのかよくわからない。
聖女と言われてもよくわからない。
みんなが優しくしてくれるけれど、早く家に帰りたい。
メイはクローゼットに掛かった高校の制服を眺めながら溜息をついた。
今日は雨。
斜めに激しく降る雨をヒナはぼんやりとソファーから眺めた。
城から追い出され、ずぶ濡れになったのはもう10日前。
これからどうしようか。
魔力操作を教えてもらって、ギルドへ連れて行ってもらって、身分証を作って。
それから?
どこかで働けるのだろうか?
とりあえず住むところもお金もない。
服もTシャツにGパンだけだ。
住み込みで、制服があったらうれしくて、まかないもついていたら最高だけれど。
そんなに都合のいいバイトなんてないよね。
知らない世界だけれど、雨が降ったり、1日が24時間なのは同じ。
朝は太陽が昇り、夜は月。
アレクサンドロに耳がついていなかったら狼族なんて信じられなかっただろう。
ヒナは自分の手をじっと見た。
どう頑張っても魔力は見えない。
魔力がないから城から追い出されたのかな?
ヒナは溜息をつくと、ボフッとソファーへ倒れ込んだ。
「……具合が悪いですか?」
「ふあっ?」
雨音のせいで扉が開くのも歩く音も聞こえなかったヒナは、急に話しかけられ、心臓が飛び出しそうになった。
ユリウスはアレクサンドロ宛の書類をテーブルに置くと、ヒナの座るソファーに近づく。
「雨はイヤですね」
ユリウスは窓の外を眺めながら狼は雨が嫌いですとヒナに教えた。
「私も……雨が嫌いになりました」
「いろいろ不安ですよね。アレク様を迎えに行く時間なのでまたあとで来ますね」
部屋の扉を閉めたユリウスは溜息をついた。
今日もヒナはシャツにズボン。
ワンピースを着る様子はない。
部屋に誰もいなくても顔を隠すように前髪があり、眼鏡も外さない。
知らない世界、知らない場所、知らない種族。
頼る者がなく、生活方法もわからない。
そんな無知の少女を追い出したチェロヴェ国。
そんな少女を利用しようとしている我々。
ヒナは今のこの状況に戸惑っているように見えた。
なんとか親しくなって不安を取り除けないだろうか?
ユリウスは会議室に向かって廊下を歩き出した。
本人に自覚はなさそうだが、アレク様はヒナを気に入っている。
逃げないようにと言っているが、本当は側に置きたいだけだ。
部屋に閉じ込め、一緒に寝起きし、食事も一緒に取るなんて、つがいでなければ本来はしない。
無意識だろうが時々ヒナに何かを期待するような目を向けている。
あれは何を待っているのだろうか?
聖女か見極めているのだろうか?
ランディとディーンは国王陛下の命令で動いている。
ランディは武官。
ディーンは文官。
お互いに協力してヒナをこの国に引き留めることが彼らの仕事だ。
この国のためにヒナを利用したいと思うのは国を動かす者としては当然の判断。
それでも、彼女の気持ちを無視するのは違うと思う。
見目麗しい男性を側に置き、恋愛を匂わせ、役に立たなければ捨てるような真似はして欲しくない。
仕事ではなく、もっとヒナ自身を大切に思う者が必要だ。
聖女だからではなく。
……少し仕掛けてみるか。
ユリウスは会議室の前でアレクサンドロを待ちながら作戦を考える。
手帳で日付を確認し、サラサラと必要な物を書き出した。
うまくいくと良いけれど。
「おつかれさまでした。次は第5会議室です」
ユリウスは会議が終わったばかりのアレクサンドロに次の予定を告げた。
「ヒナは?」
「雨は嫌いだと言っていました」
「……そうか」
会議の間にヒナを見てこいと言ったのはアレクサンドロ。
逃げていないか見てこいと言ったが、様子が知りたいだけだろう。
「退屈そうなので、ランディとディーンにまず王宮内を案内してもらおうと思います。そのあとは騎士も連れて街へ」
先ほど決めたとユリウスが言うと、アレクサンドロは驚いた顔をした。
「逃げたら……」
「逃げませんよ。彼女はまだ一人で生活する方法を知らないのです。そんなに無謀な性格ではありません」
ニッコリ微笑むユリウスにアレクサンドロは何も言えずに溜息をついた。
◇
「おはよう、ヒナ姫」
「おはようございます、ヒナ嬢」
朝が全く似合わないNo.1ホストのような色気ダダ漏れのランディと、朝が似合いすぎる優等生ディーンが一緒に現れ、ソファーでぼんやりしていたヒナは驚いた。
「おはようございます」
「今日はこの建物内を探険しよう」
仕事が休みだから一日遊んであげるよとランディが手を差し伸べる。
「私も休みなのでご一緒します」
ディーンも手を差し伸べ、右手はランディ、左手はディーンが繋ぐというおかしい状況になった。
「えっ? あの、ちゃんとついていくので迷子にはならないですよ?」
右と左を交互に見上げても、ランディとディーンはニッコリ微笑んだだけ。
ランディもディーンも、150センチのヒナよりだいぶ背が高い。
ランディは190センチ以上、ディーンも180センチはありそうだ。
これは子供を連れたパパとママ?
いや、宇宙人を捕獲した人類かもしれない。
「みんなが注目するね」
普段、武官のランディと文官のディーンが一緒に歩くことはない。
面白いねとランディが笑うと、ディーンも不思議な組み合わせですからねと笑った。
「二人が一緒は珍しいのですか?」
「仕事が全然違うので、普段は会わないのですよ」
ランディは武官で、悪い人を捕まえるのが仕事だから警察官?
ディーンは文官で、書類作成が中心と言っていたから市役所の人?
うん。あまり接点はなさそうだ。
「アレク様は?」
「将来、国の代表になる人かな」
ランディの微妙な回答にヒナが首を傾げる。
国会議員みたいな感じかな?
よくわからないまま、中庭へ到着し、話はそこで途切れてしまった。
「花は好き?」
「好きっていうほど花の名前を知らないです」
花を買う習慣もないし、日々飾る習慣もない。
なんとなく花屋の前を通った時に、薔薇だ、百合だくらいはわかるが、買うことはなかった。
実家の玄関前にアジサイが植えられており、梅雨の時期に咲いているのを見るくらいだった。
「この花、知っていますか?」
「あ! テストにあった花はこれですか?」
テストでは花の大きさがわからなかったが、思っていたよりも小さい花だった。
「リーンワイスです」
「へぇ~」
本当に知らない花を見ている感じのヒナに、ディーンとランディは顔を見合わせた。
「ここを通り抜けると図書室があります」
結構、書物は多いのですよとディーンは中庭の斜め前にある図書室へと案内する。
「あっ! ディーン様よ!」
「えぇぇっ! ランディ様!」
No.1ホストと優等生。
どちらも人気があるのは当然だ。
「ディーン様? あの、その子は?」
「ユリウスの親戚を案内中です」
「ボク、ゆっくり見て行ってね」
優しい笑顔で微笑んでくれる受付嬢。
ヒナはペコリとお辞儀をし、図書室では声を出すのをやめた。
文官たちがいる建物の横を通り、食堂、騎士の訓練施設、その向こうが騎士の寮で、医局、武官たちの建物だと説明される。
「たくさん建物があるんですね」
中には入らず建物の紹介だけ。
まるで大学のオープンキャンパスみたいに自由に見学していく。
「5B30! 5B30!」
ずぶ濡れの男性がバタバタと廊下を大声で番号を言いながら走って行く。
ランディとディーンは足を止め、顔を見合わせた。
『第五棟-B室に30人応援が欲しい』
今日は新月の土曜日。
狼族にとって新月は家族と過ごす日のため休みの者が多い。
30人も応援が集まるほど出勤していないだろう。
「……どうしますか?」
ディーンが尋ねると、ランディは行ってくると溜息をついた。
#子育て
都築七美
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コメント
1件
うわ、一気に三人の聖女候補の立場がハッキリした回でしたね。キョウカの操作術にゾッとしつつ、メイの素直さにホッとし、ヒナの不安に胸が痛みました。何よりユリウスが「仕掛ける」と言い出したのが気になる…! 彼、ただの有能秘書じゃないよね? ランディとディーンのWエスコートは微笑ましかったけど、ヒナが「捕獲された宇宙人」って例えたのが切なかったです。