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目を開けたら、そこには見たこともない景色が広がっていた。 そこは混雑していた。 人がたくさんいた。 そして皆、南極のペンギンのようにただ一箇所に固まっていた。・・・よく、漫画などの効果音に「ざわざわ」というものを目にする。 まさに今の状況だな、と俺は感じた。 人混みを歩いて、ちょっと背伸びして視界を広げる。 黒が視界の全てを制覇していた。 天井、壁、全て真っ黒。 だが目を閉じた時の視界のような、うまく言い表せない黒だった。青や赤、黄色などもまだらに混じっているような気がする。 それに、不思議と「暗い」とも感じない。 そして広さがうまく掴めない部屋だった。見る景色全てに人がいるからかも知れないが、ただ広いことしかわからない。 ここはなんだ? 夢?俺はさっきまで何をしていた?
・・・そう、確か俺は夏期講習の帰りだった。 また模試の結果が悪くて、俯いて帰路を歩いていた。 分厚いテキストが入ったリュックが重たかった。
・・・・その後如何なった? いくら記憶を辿っても、答えが出ない。
自分の身なりを見る。 朝、適当にタンスから引っ張り出してしわがついた厚手のトレーナー。 土がついて汚れた黒い長いズボン。 ペンの跡があるスニーカー。 紺色のリュックサックも背負ったままだった。
手のひらを眺める。 見たこともないくらい白っぽい手だった。 指で頬を撫でた。 指先に冷たくひんやりした感覚。 そして恐ろしく硬かった。 それは俺の指先が麻痺しているからか、単純にここの気温が低いからか。
俺は再び歩き、また背伸びして辺りを見回した。 さっきと違い「俺が今いる場所」じゃなくて、「俺の周りにいる人」を確認する。 ほとんどが老人だった。 六十五くらいの若い老人もいれば、九十後半の老いた老人もいた。 鼻が立派で唇が厚いアフリカ系の人や、金髪で鷲鼻のヨーロッパ系の人もいる。 俺のようなアジア系の人も。 中には歩くのもままならない赤子もいた。 知人はいなかった。 知らない人が、この場所に集められていた。 学校の朝礼で、大勢の頭がずらっと並んでいるのを俺は思い浮かべた。 この人たちの共通点はなんだ? なんでここに集められている? 足が止まらない。
そのまま数分歩いたあたりで、すれ違いざま誰かに肩がぶつかってしまった。 慌てて振り返る。ぶつかってしまった相手は小柄な少女だった。「あ、ごめ_」謝罪の言葉を出す。 しかし途中で切れてしまった。その代わり、別の言葉が出た。「その怪我・・・」そこから先は言葉にできなかった。
「え?ああ、これ?」彼女は俯いていた頭をあげ、俺の目を見た。 ボロボロだった。 俺が言った「怪我」は、彼女の腕についた青紫色のアザだった。 彼女の顔にも、それと似たものがついている。 皮膚が裂けて血が出ているところもあった。彼女は目を逸らした。「大丈夫だよ」
「そうには見えないけど、」俺はそう言った。「ちょっと痛いくらいだから」彼女は小さく早口で言った。「えっ、あ、ちょっと待って!」
背負っていたリュックサックを下ろし、ぐちゃぐちゃになった中から自分の掌くらいある絆創膏を取り出した。 タオルで包んでおいた保冷剤も。 それを彼女の腕にある大きなアザにあてる。 「ちょっとはこれでマシになると思う」出血したところに消毒液をかけ、上から絆創膏をはる。 彼女は抵抗しなかった。
一通り終わった後、彼女は「ありがとう」と言ってくれた。「いやそんな、」と俺は言った。
「あっ、その、体、勝手に触っちゃってごめんね!? いや、その、そういうのじゃっ・・・」彼女は微笑んでくれた。「大丈夫、別に」 「・・・そう?」
口数が少ない子だな、と俺は思った。 ・・・可愛いなとも思った。 傷んでいるけど、まっすぐ伸びた長い黒髪。 伏せられたまつげに縁取られた儚げな瞳。 小さいけど形の整った紅い唇。 あまり見てはいけないと分かっていながら、どうしても彼女に目が向いてしまう。
その整った顔についた、痛々しい傷にも。「ねえ」俺の口が開いた。彼女は再び俺を見た。「あのさ、失礼なことを聞くのは分かってるんだけど」俺は一旦そこで区切った。彼女は少し首をかしげて俺を見つめている。
「その怪我ってさ、誰かにやられたんだよね? 誰にやられたの?」俺は彼女の顔にある打撲痕を眺めた。彼女は俺が眺めていた痕に細い指で触れた。 彼女は言った。「・・・お父さん」俺の口から意図せず声が出た。「えっ、虐待?」彼女は目を閉じ手首を振った。髪が揺れて肩から落ちた。
「違う。私が悪いの。」「だとしても_」「違う。ほんとなの。だから殺されちゃった。」「そんな・・・えっ?『殺された』?」
俺の目が丸くなった。 限界まで開いていると思う。 冷や汗がつる、と頬をつたった。 周りの音が一瞬にしてなくなってしまったような気さえした。 ただ、彼女の声だけが鮮明だった。「でも、君はここで息をして、俺と喋っている」
「ううん、死んだから私はここで息をして、あなたと喋れてるの」彼女は即座に返した。俺の思考は止まってしまった。「お腹が空いてたから、お父さんが寝てる隙に財布からお金をとって、おにぎりを食べたの。 帰ったら、お父さんが起きてて、花びんで私を殴ったの。」彼女は止まらないで、淡々と語る。俺は彼女の言っていることを耳で拾うことしかできない。「頭からまた血が流れて、また頭が痛くなったの。私、そのまま床に倒れて・・・」彼女は俺を見た。また笑った。「死んじゃった。」
「そんな・・・」俺は力無く呟くことしかできなかった。俺たちの間に気まずい沈黙が流れる。 彼女は俺から目を逸らし、また俯いてしまった。俺は動けなかった。 何か彼女に言わなければならない言葉がある気がした。 でも、それはわからない。 思考は動かない。 止まったまま、時間が過ぎた。 ひどく長く感じた。 それは数十秒のことだったのかもしれないし、もしかしたら何時間も経っていたのかも知れない。
再び俺の耳に届いたのは、間が抜けたアナウンス音だった。
まず流れたのは英語だった。その後は多分、中国語。 全部つらつらと俺の耳の上を滑る。かろうじて聞き取れた単語はいくつかあったけど・・・俺にはわからなかった。 俺は語学が苦手だ。 しばらくして、初めてアナウンスから日本語が聞こえた。
『こんにちは!お集まりの皆様にご連絡いたします。 あなたたちは西暦二〇二六年八月十七日に死亡された方々です。 今から“転生先”を決めるので、ご出身の国に分かれて移動してください! 繰り返します! こんにちは!お集まりの皆様にご連絡いたします。 あなたたちは西暦二〇二六年八月十七日に死んだ方々です。 今から“転生先”を決めるので、ご出身の国に分かれて移動してください!』
機械で作られたような、薄っぺらい声だった。 男だと思えば男に聞こえるし、女だと思えば女に聞こえる。 老人だと思えば老人に聞こえるし、子供だと思えば子供に聞こえる。 そんな声だった。 放送が終わったあと、黒かった壁に国旗が出現し、そこに大きなドアが現れた。 上が黄色、下が青のウクライナの国旗、黒赤緑に白い礼拝堂が描かれたアフガニスタンの国旗、その他にも俺が知らない国旗が次々に表示される。 俺の周りにいた人たちも不思議そうな顔をして歩を進める。
俺も辺りを見回した。 とりあえず自分と同じ日系の人の行く方向に進む。彼女も歩き始めていた。 俺たちの行く方向は同じだった。
俺の頭はぼんやりしていた。自分が死んでたことに気づいた。 気づいた途端、自分が死んだ時の記憶がやけに鮮明に思い出せた。 俺は死んだのだ。 死にたくなかったな。 ・・・いや、死んだ方が良かったのか。 死んだ方がマシだったか。
「あのさ」後ろから声が聞こえた。俺は振り向いた。話しかけたのはあの女の子だった。「あなたはなんで死んだの?」今度は俺が俯いた。
「別に。君のことに比べたら全然だよ。」また、ずしんと肩にリュックが食い込んだ。「被害者面して、バカみたいに苦しんで、そのまま道路に飛び出しちゃった。」下を向いて、自分の靴を見た。 地面がやけに近く感じた。
そう。俺が死んだのは最高速度五十キロメートルの国道だった。 いつもは通らないけど、俺が通っている塾のそばにあった。 夏期講習の帰り、いつもみたいに模擬試験の結果が散々だった。俺の気持ちは沈んでた。 顔を上げたら、いつも通らない道路が輝いて見えた。 そのまま飛び出して、引越し会社の大型トラックに引き摺られて俺は死んだ。
「虐待も何もされてないのに。アホみたいだよな。」俺は苦笑した。「じゃあ、なんであなたはその服を来てるの?」彼女は俺のトレーナーを見ている。「え?」「今は夏でしょ。なんで厚手のトレーナーを着ているの?」彼女が俺の服を掴んで、袖を捲った。 その後、彼女の形が整った眉毛の間にしわがついた。
「あなたも同じだったんでしょ。誰かに殴られていて、それで自殺した。」そう言って袖を戻す。俺は何も言えなかった。「アホみたいなんかじゃないよ、あなただって。」
・・・図星だった。 実際、俺はいじめられていた。 なんで始まったのかは覚えていない。 同じ塾の、友達だと思っていたやつに教科書を破られたのがきっかけだった。 そこから、集団にテキストを破られたり、隠されたりするのが当たり前になってしまった。 抵抗したら殴られた。スニーカーに落書きをされることもあった。 まともな勉強もできなくなってしまった。 親に相談することもできなかった。 二人とも忙しくて、家に帰ってくることもなかったから。
彼女は小さな両手で俺の手を包んだ。 柔らかくて暖かい。 俺はありがとうと言った。彼女は笑ってくれた。 俺も顔が綻んだ。 心のうちが暖かかった。
しばらく俺たちは二人並んで歩いた。 日本の国旗が見えた頃、俺たちの周りはほとんど老人になっていた。 分かってはいたが、やっぱり日本は老人の死亡数が高い。 若者は俺たちだけだった。
そのままドアの中に入る。 ドアの中も一面が黒かった。 壁の色は先ほど俺たちがいた場所と大して変わらない。 しかし、先ほどの部屋には俺たち死んだ人以外何もなかったが、この部屋には大きめの箱が置いてあった。直径三十センチ、部屋の色と対照的に真っ白だった。 俺たちが部屋の中に入ると、ドアはしまった。代わりに、その反対側にあった壁が開き、光り輝く外の世界が見えた。 そこで再びアナウンスがはいる。
『 お集まりの皆様にご連絡です。 この部屋に設置された箱からクジを引き、来世の行き先、“転生先”を出してください。来世の家族、容姿、住み場所が決まります。 尚、一度クジを引いたらもう一度引き直すことはできません。クジを引いたら、扉の向こうへ向かってください。ここを通ればあなたの来世が始まります。繰り返します。お集まりの皆様にご連絡です。 この部屋に設置された箱からクジを引き、来世の行き先、“転生先”を出してください。来世の親、家庭、住み場所が決まります。 尚、一度クジを引いたらもう一度引き直すことはできません。クジを引いたら、扉の向こうへ向かってください。ここを通ればあなたの来世が始まります。』
アナウンスが終わり、部屋にいた老人の一人がクジを引いた。 頭の上の部分の毛が抜けた、にこやかな老人だった。 そして、彼をきっかけにどんどんクジの列がなされていった。俺の番が近づくごとに、緊張が増していく。すぐ後ろに並んだ彼女も同じだった。
ついに俺の番が来た。白い箱を持って、俺は中から一枚、紙を取り出した。紙の文字を読む。
『三等
〈家族〉
父:不器用だけど子供を楽しませるのが好き。 看護師。 出産時の年齢:三十二
母:教育熱心で厳しい。手先が器用。 高校教師。 :三十一
弟:人懐っこくて明るい。運動が好き。 あなたとの年の差:二
〈学校〉
小学校:普通の市立の小学校。 成績は普通。
中学校:都内の私立。 学費は高め。 女子バスケ部に入る。 成績は上げていく。
高校:中高一貫。 男子バスケ部のマネージャーになる
大学:国立 父に憧れ看護学部
〈その他〉
最高身長:百五十五
性別:女 』
他にもいろいろなことが書いてあったけど、俺は紙を折ってポケットの中に入れた。 彼女の方を見る。彼女はクジを引き終わったあとだった。
「なあ、クジの内容なんだった?」自分のクジを見せる。彼女を見た。彼女は________
「ハズレ、だった。」
泣いていた。 彼女は俺にクジを見せた。 大きく大きく、小さい紙きれに「ハズレ」と書かれていた。 家族の欄を見る。親は仕事疲れで暴力を振るう、そのままご飯を用意せず眠ってしまう、姉も同じく暴力を振るわれるからストレスで乱暴してくる、______以下、似たような酷いことが綴られていた。
彼女は涙を手の甲でぬぐい、笑うように顔を歪ませた。「はは、ついてないなぁ・・・」そう言って扉の向こうへ行く。
「あなたは幸せになってね。」「え?」彼女は言った。「だから、今回はダメだった分、来世は楽しんでね!」そう言ってまた笑った。俺は俯いた。 また、背中のリュックサックが重くなった。彼女が、また光の扉に向かって足を出す。そのまま、進んでいく。
「待って!」口が勝手に動いた。体が勝手に動いた。俺はそのまま、自分のクジを彼女に押し付け、彼女の手からクジをとった。彼女の涙を溜めた目が、開いていた。
「何して_」「あのさ!!」何か言いかけた彼女の肩を掴む。そのまま口を開く。
「嬉しかったんだ、俺! 誰にも言えないで苦しかった、君に出会って楽になった! だから、幸せになってほしい! 虐待のない家庭で、優しい友達に囲まれて、来世は幸せになってほしい!」
一息に言った。 全部。 彼女の目はびっくりしたように見開かれていた。 俺はそのまま彼女から離れる。 扉に向かって走った。彼女が何か叫んでいた。 俺はそのまま扉の中に入っていった________________